第192ページ 商業ギルド
季節は春から夏へと変わり、ガイアへと帰ってきた俺とウィリアムは、とりあえずを「牡牛の角亭」で過ごしながら家を持つか悩んでいた。
「長期的に考えますとお持ちになられる方がよろしいと思いますが…」
「だが、家があると冒険者って感じがしなくならないか?」
「それはなんとも…」
言葉を濁しながらもその顔には呆れが見える。
俺の無駄な拘りだろうと思っているのが丸わかりだ。
ウィリアムは俺に忠誠を誓ってくれたが、全てを肯定してくれるわけではないらしい。
あくまで従者として行動するが、忠言もしてくれる。
ウィリアムにはウィリアムの美学があるようだ。
ならばもし、俺の美学とウィリアムの美学が反した場合は…
「シュウ様?」
「ああ、すまん。そうだな…しかし、買うとして空き家あるんだろうか?」
どうせ買うならばそれなりにいいところが欲しい。
書斎や地下室なんか欲しいな。
風呂があると尚よい。
地球ならば不動産屋に行けばいいのだろうがこちらにそういったものがあるのかわからない。
だが、そこはそれ。
俺には先日優秀な執事が付いた。
「こちらでございます」
ウィリアムに聞いて案内されたのは、商業ギルド。
商業・売買に関するあらゆることはここで管理されているらしい。
商業ギルドは、各国がそれぞれで運営しているものでガイアにも王都にもあることは知っていたが、俺は特に用もなかったので来るのは初めてだ。
「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょうか?」
商業ギルド内は、冒険者ギルドよりも整理された印象を受け、窓口も多くある。
訪朝の冒険者ギルドよりも混雑した様子はないが、思っていたよりは人がいる。
窓口から見える内部もなかなか忙しなく動いているようだ。
出迎えてくれた若い男性に、用件を告げると少し待つように言われたんで、置かれていた椅子に座って待つ。
ウィリアムは立ったままだ。
その間に商業ギルド内を見てみるが、どうも役所のような印象を受ける。
事務的というか。
冒険者ギルドのように粗野な印象がない。
待つことしばし。
名前を呼ばれそちらへと向かうと、商業ギルドの制服なのであろう紺色の服を着た女性が担当してくれるようだ。
「お待たせしました。本日シュウ様の担当をさせて頂きますティファナと申します。さて、早速ですが本日は家を購入したいということでよろしかたっでしょうか?」
「ああ、そうだ。条件としてはまずそれなりにしっかりとした建物がいいな。それから風呂が欲しい。地下も欲しいな。書斎なんかもあるといい。冒険者ギルドから近いほうがいいな」
「……」
俺の要望にティファナはポカンとし、後ろに立っているウィリアムから溜息が聞こえてきた。
その音で我に返ったティファナは開いていた資料らしき物をパタンと閉じると、苦笑しながら口を開く。
「大変申し訳ありませんが、ガイアにそういった物件は…」
「ないのか?」
「空き家となりますと…」
俺が出した条件に沿う家となると貴族の別館ということになる。
しかし、ガイアにある貴族の建物はすでに所有者がおり、わざわざ辺境に別館を持っているのであるから商売や、他に何らかの理由があるもので空きが出る可能性は限りなく少ないようだ。
「土地だけならばございますので、どうしてもと仰るのであれば建築業者をご紹介致しますが?」
「どう思う?」
振り返るようにウィリアムに問えば、お任せしますとの言葉。
どうせ金もあるのだから好きにしろということか。
俺が設計に携れるというのはなかなか魅力的だ。
自分の好きにできるということだし。
俺がその案に乗って紹介を頼もうとした時、後ろから声がかかった。
「だったら自分で建てればいいんじゃない?」
聞き覚えのある声に振り返ると、黒い長髪を揺らし、優雅にほほ笑む女性の姿。
この場で会うとは思ってもみなかったが、「魔女」と呼ばれる人生の大先輩がそこにいた。
「誰が大先輩だ」
一瞬にして展開された黒い炎の弾幕に、俺は死を覚悟した。




