裏話 円卓を囲むは
「また一つ、欠片が壊されたようだ」
「なんと…」
「しかし、欠片とはいえあれにはルベルベン様の御力が宿っている筈!早々壊されるものなのですか!?」
「壊したのはまたしてもあの冒険者のようだな」
「おのれ!我らの悲願をどこまで阻めば気が済むのか!!」
世界のどこか。
暗い広間にて蝋燭の灯が怪しく揺れる一室で、闇色のローブを着た者たちが円卓を囲んでいた。
円卓の上には豪勢な晩餐が並んでいるが、誰もそれに手を付けようとはせず、会話が進む。
「これで残りの欠片は9ということですかな?」
「そうだ。3つは既に我々の手にある」
会話を仕切っている人物。
まだ若そうな外見でありながら、この場で最も暗いの高い総主教はついと視線を己の部屋のある方向へ向ける。
そこに在る物を思い浮かべながら。
「二つの在り処はわかっております!」
「…だが、あれらを回収するのは至難の技だ」
声高々に宣言した若者に、少し年配の男が残念そうに答え首を振る。
「ゲイルからの報告はどうなっておられるのですか?」
「一つ、新たに見つけたようだな。回収に向かうと連絡がきた」
「おお!さすが、こういったことは優秀ですな」
今まで沈黙していた女の声に、総主教が答え、年配の男が喜色を浮かべ惜しみない賛辞を告げる。
何人かは余裕な表情で満足そうにうなずく。
また、何人かは焦りと悔しさを顔に上げ、苦々しそうな表情をしていた。
「各々何か報告はないか?」
「懸案人材ですが、その冒険者以外は動きがありません。いえ…一人を除いてですが」
「錬金術師か」
総主教の低いつぶやきに、何人かが反応し感情を顔に出す。
怒り、不安、恐れ、憎しみ。
さまざまな負の感情が揺れ動く。
「あれの監視は難しすぎます。どういった方法を用いているのか、空間魔法でも追うことができません」
「…あやつは目的もいまいちわからん。最も警戒するべき相手ではあるのだが…仕方ない。あやつの監視は解除。その分他に回せ」
「よろしいのですか?」
「構わん。というより監視できぬのならばそうするしかあるまい。他には?」
総主教の言葉に一人の男が挙手し、発言の許可を求める。
まだ年若く20代後半に見えるその男に頷き総主教が許可を出すと男は一礼し、周りを見回しながら口を開く。
「今回の件の処罰はどうなさるおつもりですか?」
男の発した言葉に動揺が奔る。
唯一総主教だけが動じず、ゆっくりその口を開いた。
「処罰とは?」
「簡単なことです。魔族などと手を組み、あのような出自も不明な輩に欠片を与えた上、その殺人鬼の手綱も取れずみすみす逃して欠片消失の重大な損失を引き起こした者をどうされるのですか?」
次いで発せられた言葉には、その場にいたほとんどの者が詳細を知らされていなかったのか一瞬呆け、すぐに顔を赤くし口を開く。
「総主教様!これは本当の話なんですか?!」
「一体誰がそんなことを!?」
「本当ならば確かに重罪ですぞ!」
煩くわめく者達を一瞥し黙らせ、総主教は発言した男をまっすぐに見る。
男の顔には何の感情も浮かんでいない。
総主教をして底が知れないという思いを抱く。
「今回指示を出したのは私だ。ならば裁かれるべきは私か?」
「…総主教様御自らの指示だったとは知らず、差し出がましいことを申し上げました。お忘れを」
実際今回の件は総主教も同意している。
指示を出してはいないが。
発言した男はそこを指摘することもなく、静かに前を向き、もうこの話は終わったと表している。
一体何が目的だったのか。
「…他にないならば解散とする」
総主教が席を立つと同時に、全員が立ち上がり、総主教の退室を礼をしながら見送った。
自室に戻った総主教は、ベルを鳴らして自らの側近を呼ぶ。
「アルデ、ベーゼルのことを調べろ」
「かしこまりまして」
ベーゼルとは先程最後に発言した男の名。
邪教徒として自らの下にいながら自分はあの男を何も知らない。
もちろん経歴などは既に知っているし、おかしなところはなかったが、どうにも気になる。
総主教は自らの頭を過る不安と、これからのことに思いを馳せながら静かにグラスを傾ける。
血のように赤いワインを嚥下し、空に輝く月を見ながら、自らが動く時も近いと、思わずにはいられなかった。




