閑話 弟子の帰郷(ギース視点)
「かーつ!!!」
「いでぇ!?」
久しぶりに故郷へと帰還した俺は、いやいやながらも師匠に挨拶へ向かった。
俺の家族と言える人はもう師匠しかいねぇし、殺しても死ななそうとは言えもう100歳間近であるからその体調も気になった。
だが荷物を置いて一番に来てやったってのに、俺を待ち受けていたのは木刀だった。
「入るぞー」と声をかけて扉を開けた瞬間に、怒声と共に振り下ろされる木刀。
無駄に綺麗な太刀筋を俺は避けきれず、間抜けにも脳天に直撃を許してしまう。
脳が揺れるような感覚を覚えながら、頭を押さえてうずくまった俺は、キッと顔を上げ、こんなことをした犯人を見上げる。
「何しやがるこの糞ジジイ!!」
「こんの馬鹿弟子がぁ!今までどこほっつき歩いておった!」
「うるせぇな!もう子どもじゃねぇんだ!どこにいようと勝手だろう!?」
「勝手なものか!お前は曲がりなりにも一応多分儂の弟子なんじゃぞ!!負けて帰ってくるやつがあるか!」
「うっ…な、なんで知ってやがる」
「ふん!偶々マジェスタに行っておった知人が教えてくれたんじゃよ。お主が格下の冒険者に負けたと」
「格下ねぇ…」
確かにランクだけ見れば俺より下と言えるのだが…
「ふむ…詳しく聞こうか?」
師匠の目がキラリと光る。
それは獲物を見つけた狩人のような目。
この歳であってもまだそんな目ができるとは驚きだ。
もう全盛期は過ぎている筈だが、まだ勝てる気がしないのはなんでだろうな?
俺は俺が負けた相手のことを語る。
最初の出会い、共闘、試験試合。
人柄、年齢、性格、従魔のこと。
俺が知る限りのシュウについて話す。
「くくく」
「あん?どうした師匠、いきなり笑いだしやがって。とうとういかれたか?」
「誰がじゃ!儂はまだまだ現役ぞ!」
「いや…それは流石に…え、ないよな?」
「ふん!それよりじゃ。儂が笑ったのはな、お前が笑っておったからじゃよ」
「ああん?」
「まったく。自分を負かした相手の話なのに、嬉しそうに語りおって。余程そやつのことが気に入ったんじゃな」
そうか。
俺は嬉しそうだったのか。
確かに俺は、嬉しかったのかもしれない。
俺は戦闘狂などでは断じてない。
戦わずして済むのならその方がいいとさえ思っている。
しかし。
しかし、だ。
せっかくここまで力を付けたのだから、その力を思いっきり振るいたいと思うのは当然のことではないだろうか。
けれどここまでの力を付けてしまったが故に、俺が全力を振るう機会などほとんどない。
もちろん、同じSSランクや冒険者以外でも俺に匹敵する実力者はいるが、そんな奴らと戦う機会なんて早々ない。
ましてや相手が剣術や体術を織り交ぜた俺の土俵で戦ってくれるなんて有り得ないと言ってもいい。
そんな中、あの男は俺の土俵で俺を越えていきやがった。
それも軽々と、だ。
初めて会った時から強いとは思っていた。
だが王都で再会し、その強さは更に磨きがかかっているように思えた。
なんというか、今まで使ったことのない技術をどんどん取り入れて、ようやくそれが馴染んだような。
よくわからんが、そんな感覚だ。
「ほほう?それはなかなか面白い小僧じゃのぉ?」
「げ…」
しまった。
師匠の興味を引いてしまった。
もしシュウがここに来るようなことがあれば絶対絡んでいきそうだ。
…シュウと師匠か。
その対決は見物だな。
って違う違う。
俺が師匠を焚きつけたようなものだ。
この状況を知ったら俺がまたブッ飛ばされる。
「おい師匠!言っとくがシュウに」
「おお、そうじゃそうじゃ、そうじゃった。お前のことはどうするかの?」
「は?俺のこと?」
「そうじゃ。それだけ強い相手だったとしても手加減されてやられたのは事実であろう?鍛え方が足りんのじゃないかのぉ」
藪蛇だった。
でも…
「ああ、そうだな」
「ぬ?」
「もっと強くなりてぇ」
ここに帰って来たのは、また修行し直すつもりだったからだ。
もっと力を付けたかったからだ。
せめてあいつに本気を出させるくらいに。
魔法も使わないと勝てないと思わせるくらいには。
「師匠、俺をもっと強くしてくれ」
俺がそう言うと、師匠がこれでもかと言うくらいに目を見開き、次いでにやりと笑った。
「よかろう。ようやく気構えができたようじゃ。ならば其方に、ドーベル流の奥義を授けよう」
「なっ!?そんなのあったのかよ!?なんで教えてくれなかったんだ!?」
「ふん!鍛練嫌いの其方が辿り着ける境地ではないわい!」
「マジかよ…」
俺は前言を撤回しそうになった。
でもま、決めたことだ。
あいつが抱えている何かを助ける為に、俺は今まで以上に力を求める、と。
やっぱり俺は、あいつが気に入っちまったんだな。
もう一度、あいつと肩を並べて戦いたいと思っちまった。
待ってろよ、シュウ。
必ずお前に追いつくからな。




