表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある冒険者の漫遊記  作者: 安芸紅葉
第八章 更なるステージへ「Sランク昇格試験」編
219/358

第189ページ 泡沫の夢

「ようこそ、起こし下さんした。わっちがアリツィアでありんす。以後よしなに」


そう言って優雅に微笑むのは、この遊閣「桜蘭の雫」店主。

一番街の花街(はなまち)と呼ばれる一角で最も大きなこの遊閣、引いては花街そのもののトップに君臨する女性だ。


俺が何故こんな場所にいるかというと答えは簡単。

招待されたのだ。


王城から宿へと戻るのに、出されようとした王家の紋入り馬車を丁重に断った俺は、ついでだからと一番街にあるシュレルン家に顔を出した。

ベンとは先程まで顔を合わせていたし、公爵夫人も先日お会いしたが、公爵やトマスには会えていなかったからだ。


しかし、というかやはりと言うか。

公爵というものは約束無しで行って会える程暇な相手ではなかった。

むしろ公爵家の面々は全員王城にいたらしく、王城でなら会えたかもしれないらしい。


公爵家で俺を出迎えてくれたのは、留守を預かっているというジェームズだった。

中へどうぞと言われ、疑問に思いつつも通された部屋でジェームズとお茶(ジェームズは飲んでいないし、椅子にも座らなかった)をしていると来客があった。


それがどうやら俺の来客らしい。

何故俺がここにいると知っていたのか疑問に思ったが、どうやら偶然らしい。

俺のいる場所を教えてもらおうと公爵家に来たらいたんだそうだ。


無論、応対した公爵家の使用人たちは、主不在であり要望にも応えられないとして俺がここにいることは伏せたが、訪ねてきた相手が相手ということもあり一応俺に話が通された。


そこで俺がジェームズにどういった相手なのか、どうするかを相談したところ、迷惑でないのならば会うだけでもした方がいいと言われる。


そして、俺の宿泊先と夜ならいると思うということを伝えてもらい、どう行った用事なのか考えながら宿に戻って待っていると、その人が訪れた。


引き締まった体型の男は、「桜蘭の雫」で働いていると言い、店主であるアリツィアが今回の街娼連続殺人事件を解決してくれた礼をしたい旨、ついては近いうちに店を訪ねて欲しいと言った。


ジェームズから聞いた話によると「桜蘭の雫」店主のアリツィアは、王都でも指折りの権力者であり、これからのことを考えると繋がりを作っておいて損はない人物である。

俺は二日後に行く言い、今に至るというわけだ。


出迎えたアリツィアは絢爛豪華な和装を見に纏い、まさに花魁。

昔の吉原にいたかのような出で立ちである。

青い瞳と金色の髪はその豪華さを更に引き立てており、挿された簪に着いた黒い宝石がより一層の美しさを現している。


「シュウ・クロバだ」


思わず引き込まれそうになる美しさであったが、俺はその美しさが美術品のようなものだと感じ、難を逃れる。

この美しさの虜になってしまう者は多いだろう。


「この度はほんにありがとうござんした」

「仕事だったからな。貴方に礼を言われることではない」

「評判どおりのお方でありんすな。けんどお礼は言わしておくんなし。今回の事件、わっちら花街の住人に被害はありんせんした」


だからといって、花街の遊女達に不安がなかったわけではない。

いつ、こちらに矛先が向くのかと。


もちろん花街の警備態勢は、一番街の中でも特に万全だ。

酒と女に酔う区画であるから、衛兵隊も念入りに巡回するし、店ごとそれぞれに用心棒を雇ってもいる。


それでも、不安はなくなるわけではなかった。


実際、街娼がいなくなればあの男の次の狙いが花街に行く可能性は十分にあった。

それが事前に防がれたのならば、花街を取りまとめている者として礼を言いもてなすくらいはしたいのだそうだ。


そう言われると、こちらとしては何も言えない。

それで気がすむならと、俺は一夜の飯を愉しむことにした。


アリツィアの酌を受け、遊女達の舞いを眺める。


竜宮城に招かれた浦島太郎はこのような気持ちだったのだろうか、と俺は夢心地で考えていた。

だが、どうにも俺には合わないようで早々と切り上げさせてもらったが。


---


「どうだった?噂の竜殺しは」

「ええ。ぬし様とよう似た()をしておりんした、イーヴァ様」


シュウの帰った後、夜も半ばを過ぎた「桜蘭の雫」に三人の人影があった。


三味線のような楽器を奏でながら、イーヴァと呼ばれた男に答えるのはこの店の主、アリツィア。


イーヴァは、その返答を聞き面白そうに笑う。


「あんたの人を見る目は確かだからな。そう言えばお前も前に会ったことがあるんだったか?


男は隣りにいる舞子のような装束の女に話しかける。


「ええ、あるわね。もう随分昔のことのようにも思えるけれど、私の魅了にかからないばかりか、気付いた人は久しぶりだったわ」

「ほう?あんたはどうだった?」

「わっちはお客様に魅了をかけたりはしません。けんど、わっちを見る目に揺らぎはありんせんした。あの方の精神を揺さぶることはわっちにはできんせん」


アリツィアがそう答えると、男は更に愉快そうに笑う。


「あんたがそこまで言うとはな。傾国とまで謳われるあんたが」

「昔の話でありんす。して、イーヴァ様はあの方をどうなさるおつもりでありんすか?」

「別にどうもしないさ。俺の邪魔をしない限りな」

「…お気をつけなんし。竜の逆鱗に触れぬよう」


夜の一室に弦が奏でる優美な曲と、男の笑い声だけが響く。

一人の男は楽しげに、一人の女はそんな男を呆れた様子で、一人の女は無関心に。


三人はそれぞれの時間を過ごす。


この三人の時間が再びシュウの時間と重なるのは、もう少し後のお話。

アリツィアから金品物品は受け取りませんでした。

最後は露骨な伏線です。


次回はエピローグです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ