第181ページ 助っ人
「まずはどこから行くんすか?」
「宿だな」
日が沈むまではもう少し時間がある。
衛兵隊の巡回はそろそろ始まるようだが犯行時刻はいつも深夜となっていた。
急ぐ必要はないだろう。
「それより何だってお前まで付いてくるんだ?」
「はっ!お前みたいな危ねぇやつとシッケルを一緒にいさせられるかってんだ!」
「…そういうことはもっと近くで言うことだと思うんだが」
「う、うるせぇ!」
「あはは…」
はぁ、と溜息をつき俺とシッケルから少し離れて付いてくるブリッツから目を背ける。
俺を怖がっているのなら付いてこなければいいのにそんなにシッケルが心配なのだろうか?
「すみませんっす。ブリッツは俺が弱いからちょっと過保護になってるんす」
「弱いのか?」
「うっ…そんな直接聞かれるとアレっすけど…弱いっす。多分冒険者ランクだとよくてCってところだと…」
騎士団の平均としてはだいたいB以上だと聞いている。
衛兵隊は騎士の前段階と言われているようなことからも騎士団と比べると実力が落ちるのだろうが、本人がこう言うということは衛兵隊の中でも弱い部類ということなのだろう。
だからこそ、強さに憧れがあるのかもしれない。
強くなれない自分が嫌で、強さを持つ俺にも憧れた。
俺の強さは紛い物だと思うが、それはシッケルには関係ないのだろう。
「それで、宿に行ってどうするんすか?」
「俺の相棒に手を貸してもらうのさ」
「?」
首を傾げるシッケルには答えず、俺は宿へと向かう。
最近構ってやれていなかったしちょうどいい。
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「…お前まだここにいたのか?」
「おや?私は雇われの身ですから。ここにいるのは当然のことかと思いますが」
宿に戻った俺を出迎えたのはウィリアムだった。
俺に身分がバレた以上ここにはもう戻らないものだと思っていたが、そんなことは気にしていないようだ。
「ちょうどいい。ならちょっと手伝え」
「おやおや、私はしがない宿屋従業員ですが?」
「黙っていて欲しいのか欲しくないのかどっちだ?」
「喜んでお供させて頂きます」
優雅にお辞儀するウィリアムにここで待つように伝え、厩へと回る。
この宿屋の厩は裏手にあり宿屋内から直接行けるようになっている。
「アステール」
「クル」
厩へ入り声をかけると奥からアステールの声が。
そちらへ行くと、まるでこの厩の主のように座るアステールの姿。
他の従魔たちもアステールが頂点であるかのようにたたずんでいる。
「…楽しく過ごしていたみたいだな」
「クル!」
元気に頷くアステールに俺は思わずため息をついた。
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「さて、問題は今日犯行を行うのかどうかということだな」
「そうっすね。規則性がないっすもんね」
とりあえず二番街に来てみたものの俺には犯人の心理を理解したり、次の犯行を予想したりする能力はない。
並列思考で今日一日考えていたが、特に何も思い浮かばなかった。
「そういえば、こんな事件があるのに街娼は仕事を続けているのか?」
「そりゃ、命の方が大事って人や余裕がある人は休んでるみたいっすけど…みんなが余裕あるわけではないっすから」
特に街娼なんて仕事をしている人は。とシッケルが呟く。
街娼をしている女性の大半は仕事にあぶれたか、真っ当な仕事の稼ぎでは足りない程金銭に追われているかだと言う。
中にはそういった行為が好きで自分に合っているからしているという人もいるらしいが。
そんな人は少数だ。
そういったお金に困っている人からすると、殺人鬼がうろついていても仕事をしないという選択肢はなかなかできないようだ。
「ですが、娼婦たちはそうでも客はそうではありません」
ウィリアムが言うには、街娼がいくら殺人鬼の恐怖にも負けず仕事をしようとしても、肝心の客が殺人鬼に怯え二番街の客引きが多いような場所には近づかなくなっているらしい。
全くいないというわけではないが、数は激減しているのだそうだ。
「よく知っているな」
「一応様々な情報を仕入れておかねばならない立場ですから」
宿屋という情報が集まりやすい場所に勤めているのもそういった理由があるのかもしれない。
ただの隠れ蓑というわけではなく情報収集の一環ということか。
「他に何か知っていることはないのか?」
「いいえ。ですが、怨恨の可能性はやはり薄いかと思われます」
「根拠は?」
「死体が綺麗すぎるのです」
今回の一連の殺人では子宮が持ち去られているものの、それ以外に死体が損壊されている様子はない。
最初の一切りで相手を殺し、あとは子宮摘出の為に腹を裂いているだけだ。
怨恨であるならばもっと多く相手をいたぶる目的で傷をつける。
死んでからも暴行を続けることが多いそうだ。
怨恨でないとするならばやはり儀式的な意味合いが強いということになるのだろうか。
考えてもわからないが。
「アステール、ウィリアム、何か見つけたら教えてくれ」
「クル」
「かしこまりました」
日が沈んだ。
何もなければそれでいいが、どうにも嫌な予感がしていた。




