第179ページ 事件現場
※残酷な描写があります。
「ここが一番最近の現場か?」
「そうだ。チッ、俺らがいくら探しても手掛かりが掴めなかったんだ。素人の冒険者に何がわかるってんだよ」
……一応依頼を受けた立場なのに何故こうも憎まれ口を叩かれなければならないんだ?
現場に行きたいと言った俺を案内してくれたのは、シッケルとその相棒だというブリッツという男。
歳はシッケルと同じくらいで20代後半と言った感じである。
このブリッツという男は、冒険者に依頼を出したことを不満に思っている者の中でも特に不満に思っている部類の奴らしく、案内を買って出たシッケルに勝手に付いてきたくせにグチグチと文句が多い。
独り言のように言っているのが余計にイラッとする。
「すみませんっす…」
「…」
シッケルが本当に申し訳なさそうに言ってくるからまだ黙っているが、そろそろ限界だ。
だいたいそんなに言うなら何故付いてきたんだ?
疑問に思いながらも俺は現場を見回す。
ここで殺害が行われたのは一昨日の夜だそうだ。
発見されたのは昨日の朝。
場所は冒険者ギルドや商業ギルドなんかがあるところとは真反対。
人通りの少なさそうな路地裏。
実際ここを通る人は見かけない。
二番街でも場所により色々だとは聞いていたが、ここらへんは区画整理がされていないようで路地も複雑に入り組んでいる。
知らない人が入ったら確実に迷うだろう。
「衛兵隊の見解はどうなっているんだ?」
「当初は犯行の残忍さを考え怨恨とされていました。しかし、被害者に共通点がなかったことから怨恨の可能性は薄いと判断。子宮を持ち去るという行為から猟奇的な犯行。もしくは何らかの儀式的犯行だとされています」
「なるほど…」
実際に神という存在が確認されているこの世界では、神への生贄として人が捧げられることはあまりない。
その神がどういったことを望むのかがわかっている為だ。
ただ、破壊神を崇めている邪神教などでは人を殺し神の供物とすることは珍しくない。
アキホでも血を捧げ破壊神を復活させようとしていたくらいだ。
そういった邪神教徒による儀式の可能性が最も高いのかもしれない。
だがそれならば子宮を持ち去る理由がよくわからない。
内臓全てではなく子宮だけを持ち去っていることからもそこには確かな理由があるはずだが、人の子宮など何かの材料になるという話も聞いたことがないそうだ。
錬金術師に聞いてみたりもしたようだが心当たりはないらしい。
「おい、何かわかるんならさっさとしろよ。こっちは忙しいんだよ」
ブチッ
「そろそろ黙れ」
「あぁん!?」
「黙れと言ったんだ。お前の上司からの依頼で来ているんだぞ?文句があるなら上に言え。俺に当たるな鬱陶しい」
「なんだとてめぇ!」
「黙れと言っている」
我慢の限界を越えた俺は、おろおろしながら俺とブリッツのやりとりを見ているシッケルを無視し、<覇気>を発動する。
こんなところで失神させるわけにはいかないので弱めてはいるが、ブリッツの口を閉じさせるには十分だ。
ブリッツは口をパクパクとさせ目を瞠る。
まるで金縛りにあったかのように動くこともできないようだ。
俺の斜め後ろにいるシッケルも一歩下がったのを見て、<覇気>を解きブリッツに背を向ける。
後ろからドサッという音が聞こえてきてブリッツが腰を抜かしたのがわかったが無視だ。
「シッケル」
「は、はいっす!」
「忙しいなら帰ってもらってもいいぞ。その荷物を連れて」
「い、いや…すみませんっす。ご同行させてくださいっす…」
シッケルは俺の捜査方法というかスキルに興味があるようだった。
俺が現場に行きたいと言った時に自ら案内を申し入れてくれたのもその為だ。
着いてきたところでスキルがわかることはないと俺は許可した。
もちろんシッケルのスキルに人のスキルがわかるようなスキルがないことは確認させてもらったが。
そんなシッケルを心配したのか、取られるとでも思ったのかバディーとして組んでいる俺が同行するのは当然だと押し切って付いてきたのはブリッツであり、それに対して俺が文句を言われる筋合いは全くない。
むしろ邪魔でしかないブリッツの相手をさせられた俺が文句を言いたい。
…まぁ後で保安部長と衛兵隊長には報告するが。
聞きたくもなかったが後から語ってくれた話によるとシッケルとブリッツは王都付近の村で育ち、幼い頃から二人で騎士を目指していたそうだ。
ただ、平民が騎士になるにはまず衛兵隊に所属し認められる必要がある。
衛兵隊になるにも何のコネもない村民には厳しい。
けれど、お互いに切磋琢磨し二人は衛兵隊に属することができた。
シッケルはその中で盗賊職として頭角を現していき、今では衛兵隊一と呼ばれる程になった。
ブリッツはそんなシッケルを誇ると同時に羨み焦りを抱いているそうだ。
シッケルが順調に上へと進んでいるのに自分は全く変わらない。
周りからはシッケルのおかげで目立っているという風に言われている。
最近のブリッツはそんなこんなでイライラしていたのだそうだ。
非常にどうでもいい話である。
「さて、視てみるか」
うるさい口を黙らせた俺は、犯行現場に向き直る。
既に掃除はなされているが、所々飛び散った血の痕が見える。
俺は<全知眼>を用いて過去を覗く。
時間を遡ってみていくと、野次馬や倒れ伏す無残な遺体が視えてくる。
恐怖に歪んだ顔と、切り開かれた下腹部。
内臓が見える中、ポッカリと開いた空洞部分。
そのまま時間を遡り、夜へ。
大きな刃物を持つ青みがかった黒髪の男。
髪を振り乱し、まだ生きている娼婦を壁際に追いつめる。
音は分からない為娼婦が何を言っているのか正確にはわからない。
だが、必死に命乞いをしているのであろうことはその表情から読み取れた。
そしてそれが、全く意味の無い行為だとわかっていることも。
男が刃物を振り上げる。
娼婦が顔を上げ、その顔に刃物が反射する月の光が当たりより一層の恐怖を引き立てる。
無情にも、刃物は娼婦の首を斬り裂き、勢いよく血が噴き出す。
娼婦が倒れ、男はその上にまたがり次は腹を斬り裂いた。
娼婦の顔から生気が消え、死んだことがわかった。
男は慣れた様子で子宮を摘出すると立ち上がり、ゆっくりとこちらを見た。
「ぐあっ!?」
過去を視ている筈なのに男と目が合ったような気がした瞬間。
俺の目に激痛が奔った。
「シュウ様!?」
そして俺の視界は暗くなっていき、膝から崩れ落ちた。




