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パーティー会場へと戻ると、ちょうど曲が終わり、新たなパートナーを組むところであったようだ。
俺が様子をうかがっていると、一人の女性が近づいてくる。
「こういうのは普通殿方から言われるのを待つべきなのでしょうが」
「では、私はこう言うべきなのでしょうね。私と踊っていただけますか?殿下」
被せるように俺が言うと、少し驚いたように目を瞠り差し出した俺の手を取った。
ゆっくりと微笑まれる。
「勿論、喜んで」
曲が始まり、俺達は手を取り合い踊る。
スキル<舞踊>はこういった社交ダンスも網羅しているようで、俺は英才教育を受け、完璧なステップを身につけているフィオナ王女とダンスをすることができている。
周りからほぅと息を吐くような声が聞こえ、視線が集中しているのがわかる。
俺とフィオナ王女は身長もちょうどよく、ダンスも綺麗に映える筈だ。
「解決したのですね?」
誰にも聞こえないくらいの小声で王女が話しかけてくる。
もちろん密着していると言っても過言ではない俺には聞こえるようにだ。
「やはり王女はご存じだったのですか?」
「ええ。黙っていたことは申し訳なく思います」
「仕方のないことですから。それに絶対思っていないですよね?」
俺がそう指摘すると、クスクスと顔を伏せ笑う。
顔を上げてしっかりと俺に目線を合わせ、更に悪戯が成功したかのように笑われる。
「どうせすぐにバレると思いましたし、わかった時に貴方がどんな反応をするのか見たかったからです」
驚きはあまりなかったようですけど、と王女は尚も笑っている。
「…侯爵が内通者だと?」
俺がそう聞くと、一変して王女の表情が真剣になる。
曲が流れており、距離が近い今は密談をするのに持って来いかもしれない。
「いいえ。あの会議に参加していた誰かだとは思っていますが、その中でもトルミナ侯爵の容疑は薄い方です」
それでも一応全員調査しなければならないということなのだろう。
ただ怪盗が出たのはあの会議に参加していた貴族家だけではなかったから、調査を目的としてることを知らせないようにということか。
「トルミナ侯爵はご自身の才覚だけで商会を大きくなさりました。どれだけ苦しい時でも神に恥じるような行為はしなかったと専らの噂です。逆に賄賂を要求してきた者などを騎士団に報告して反感を買った程ですから」
それはなかなか。
自分の道を反れないというのはそれだけで好感が持てる。
「それに彼は基本愛娘のことが第一です。王都に魔族を入れて愛娘を危険にさらす可能性など考えられません」
それでもその全てが演技ではないと断言はできないので調査はしますけどね、と少しだけ悲しそうに王女が言う。
信じていても信じ切ってはならない己の立場が嫌なのだろう。
「私としては誰が内通者などどうでもいいことですがね」
俺がそう言うと一瞬だけ目を瞠り、次いで思わずといった具合に吹きだす王女。
どうしたんだ?
「貴方は、変わりませんね。自分に関わりがなければどうでもいいなどとおっしゃっていながら、結局いつも貴方は全力を尽くしてくださります」
感謝しています、と少しだけ声音を落として言われた。
それは俺に対して過剰評価な気がする。
俺は俺のやりたいようにしているだけだ。
「殿下は私を過剰に評価しておられるようですね」
「ふふ、ベンが貴方をツンデレと言ってました。意味を聞いてまさしくと思いましたね」
余計な知識を王女に入れやがってあの野郎…
もう少し困らせてやるべきだったか。
「さて、嫌な話はここまでにしましょう。今はただこの時間を」
「ええ。王女殿下と踊れるなど私は幸せ者ですね」
「ふふふ、そのようなセリフは似合いませんよ?」
「これは失礼いたしました」
そこから先はただダンスを踊る。
お互いの顔を見ながら、お互いが笑みを浮かべて。
曲が終わった時、周りからは盛大な拍手が聞こえてきた。
どうやら注目されていたようだ。
フィオナ王女はこちらに一度目配せをし、俺の手を握ったまま逆の手を胸に当てて一礼。
俺もそれに合わせ、一歩引いてから一礼する。
次の曲が始まるまで、拍手は鳴り終わらなかった。
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翌日、俺は侯爵家へと訪れていた。
「君のおかげで助かったよ。ありがとう」
「私は何もしていなかった気もいたしますが…」
考えてみるとルーリに近付いてくる者もいなかった。
侯爵と挨拶周りをした時に話した程度で、ルーリはダンスを何曲か終わった後は退室して床についていたから俺はほとんど何もしていないと言っていい。
「いや、君が後ろに控えていたから牽制になっていたのだ。今王都で君は有名だからな。正面切って逆らおうと思う者はいない」
王家と公爵家、辺境伯家が後ろに着き更には侯爵家が雇っている者に喧嘩を売るような者はいないそうだ。
いるだけで貴族にも影響を与えられるようになってしまったとは驚きだ。
「それに何より、この数日ルーリが楽しそうだったからな。あの子のあんな笑顔を見たのは久しぶりだ」
どこか哀しそうに、けれど嬉しそうに侯爵が言う。
「…それがわかっているなら、どうにか時間を作れないのですか?」
「……今はまだ無理だ。商会が軌道に乗り始めて間もない。今回の襲撃もあり、稼ぎ時でもあるのだ」
侯爵が拳を握りしめ辛そうにしている。
ルーリに構ってあげれないのは、侯爵としても辛いのだろう。
けれど家庭の為にも働かなければならない。
商人として機を逃せば、後にどのように響くかわからないのだ。
「それでは今から参りましょう」
「なんだって?」
「私とこのように話している暇があるならば、ルーリお嬢様と話すべきです」
俺はポッツムに目配せし立ち上がる。
ポッツムは嬉しそうに心得たと扉を開けてくれた。
「さ、行きますよ」
呆けている侯爵に対して俺が言うと、気を取り直したように侯爵が笑う。
「ああ!」
侯爵は俺に対する報酬と礼の時間を取っていた。
その時間を家族で過ごしてもらう。
ほんの気休めにしかならないが、ないよりはマシだ。
ルーリは突然やってきた俺と父に驚いたようだが、それ以上に嬉しそうだった。
侯爵がルーリを抱え上げ、自分の膝の上に座らせるのを見てから、俺はそっと部屋を出る。
「シュウお兄ちゃん!ありがとう!」
ドアを閉める寸前。
隙間から見えたルーリの笑顔は、輝いて見えた。




