第172ページ 怪盗の事情
俺は既に開いている扉を押し、完全に開く。
屋敷の二階最奥に位置するこの部屋は、宝物庫ではない。
侯爵が他の物をついでに取られてはたまらないと、「人魚の涙」だけこの部屋に移したのだ。
部屋の中には中心に台座がある以外何もなかった。
この日の為に運び出したのだそうだ。
警備を付けない割には慎重だ。
その台座の上に安置されているのが「人魚の涙」。
水色の小さな珠で、首飾りとして加工されており銀の装飾がついている。
この世界には宝石と魔石、二つ存在し、どちらも魔法に関わる物とされている。
宝石はその種類により魔力を蓄積したり、魔力を増幅したりするそうだ。
魔石は石自体が魔力を放っている物で、魔物や魔族の核となって存在する物。
一般的には宝石を使うのは魔法を使う者達。
杖に嵌めたり、アクセサリーとして身につけたりして自らの技術を補完する。
魔石は魔道具に使用されることが多い。
魔道具の核としたり、動力源とすることで魔法使い以外にも魔道具が使えるようにするのだそうだ。
ここまでがこの世界の一般常識として知られている知識。
そしてここからが俺の<全知眼>によって知り得た知識だ。
「人魚の涙」は石自体が魔力を持っているが、魔石というわけでもない。
とはいえ宝石かと言われればそれも違う。
言うならばこれは模造魔石。
魔力を固め擬似的に生みだされた魔石といったところ。
生みだした者にそんな意図はなかったようだが。
その希少性と効果、高級品というのにふさわしい物で、怪盗が狙う獲物としてピッタリの物だと言える。
さてその怪盗だが、この部屋の中にいる。
一見して誰もいないように見えるが、<識図展開>には確かに部屋の中に光点が映っている。
それは台座、つまり「人魚の涙」と重なるように存在しており、そうなれば答えは一つ。
俺はゆっくりと視線を上げた。
「はっは!よく気付いたな!そうだ!私が怪盗ワールだ!」
まるで床であるかのように天上に足をつけ直立するその男。
銀の仮面を着け、赤と金の無駄に派手な服を着ている。
「まったく、どうせ返すからと警備も付けられなかったのは初めてだ!寂しかったんだぞ!」
「……」
これが本当にアイツなのか?
性格が違いすぎるだろう。
これも演技なのか?
「……」
「……」
部屋の中に沈黙が流れる。
向こうも俺が正体を知っていることに気付いたか。
「だいたいわかった。正直に全て言うか?」
俺の手には「八岐蛇」が握られている。
既に魔力は通しており、八つの蛇頭が怪盗ワールに襲いかかる許可が出るのを待っている。
「…どこまでお見通しで?」
「お前が誰なのか。そしてお前の本当の目的が何だったのか」
「「…」」
観念したのか、怪盗ワールが何らかの技能を解除し床に着地する。
「何故バレたのでしょうか?私の変装はダメでしたか?」
「いいや。俺でなかったら決してわからなかっただろうよ。性格までまるっきり違ったしな、ウィリアム」
俺がそう言うと、怪盗ワール、ウィリアムが仮面を取る。
同時に肩に手をかけ引っ張ったかと思うと一瞬にして服装がいつもの燕尾服に変わる。
《スキル「早着替え」を習得しました》
《条件を満たしました。スキル「早着替え」がスキル「変装」に進化します》
《条件をみたしました。スキル「変装」とスキル「隠形」が統合され、ユニークスキル「千変万化」へと進化します》
《称号「千の貌」を獲得しました》
宿の雇われ従業員であり、先程仕立屋として俺が今着ている服を仕立ててくれた男。
何故わかったのかというと簡単だ。
いくら変装しても<識図展開>に表示される名前は変わらないのだから。
更には俺への仕事が終わった後もこの屋敷に居続けていたことが気になった。
おそらくは姿を変えて潜入したままだったのだろう。
「拘束は必要か?」
「いいえ。貴方が本気なら、私では逃げられないでしょう」
「潔いことだな」
「八岐蛇」をしまうが、風の魔法を準備しいつでも拘束できるようにはしておく。
「はぁ…注意しろとは言われていましたが、ここまでとは…」
「相手が悪かったな。お前の隠密は完璧だったよ。それで何故こんなことを?」
「それは俺から説明するよ」
唐突に背後の魔力が乱れ、一人の見知った男が現れる。
どうやら空間魔法でここを視ていたようだ。
「なるほど。となるとウィリアムはやはり騎士団の所属ということか?ベン」
言いながら振り向くと、溜息をついて頭に手を当てているベンの姿があった。
「本当に察しが良すぎて困るよ。このことは内緒で頼むよ?」
「ああ、わかった」
俺が頷いてやるが、本当か?といった感じでベンはこちらをじーっと見ていた。
なので俺は本当だと言うようにもう一度鷹揚に頷く。
「はぁ…まぁ信じるしかないか。ウィリアムは騎士団の人ではないよ。自己紹介してあげてくれる?」
「かしこまりました。改めまして、シュウ様。王国秘密監査部所属ウィリアム・シュピッツァでございます」
「秘密監査部ね」
「俺がそこの部長ね」
「なるほどねー?」
やはり王国の関係者だったか。
これで繋がった。
「もうわかったから説明はいいぞ」
「…はぁ…これだから嫌なんだ。何がわかったの?答え合わせしてあげるよ」
「怪盗ワールの正体はウィリアム。そしてウィリアムは秘密監査部所属。更にウィリアムがここに来る前に侯爵の執務室にいたことを考えれば答えは出る」
要は怪盗ワールというのが囮だ。
予告を出せば怪盗ワールの狙いは予告された物のみだと思う。
犯行時間も予告し、その時間通りに犯行に及べば、それまで他の物からは目を反らせられる。
ウィリアムの所属を考えれば、本来の目的は「人魚の涙」ではなく犯行予告時間までにいた執務室にある何らかの資料か何か。
それを盗み見る為に怪盗ワールという犯罪者を目立つ者をでっちあげた。
逃走に空間魔法使いが手を貸しているなら、捕まることもない。
「何故お前が怪盗にならなかったんだ?」
「もし何かあった時にすぐ対応する為。それにウィリアムの方が適任だったから」
確かにさっきの変装と演技はすごかった。
適任といえば適任か。
「だが、侯爵は薄々気づいていたようだぞ」
「だろうね」
いくらなんでも「人魚の涙」の警備に誰もよこさないというのはおかしい。
予告された犯行時間になっても誰一人来ないというのは変だ。
ダンスパーティーも中止せず続けていたくらいだし。
この犯行が王国の仕業だと分かった上で見逃しているとしか思えない。
「それで何を探してたんだ?」
「先の魔族の王国侵入。内部に協力者がいないと不可能ということがわかってね」
「見つける為にというわけか。ラッセン辺境伯のとこに来ていた奴も仲間か?」
「そこまで知っているの…」
俺が辺境伯から地震調査の依頼を受ける時。
それからその結果報告の時も、あの部屋を張るように誰かがいた。
その存在に気付いた俺は、普段使わない敬語を使うことで辺境伯に異変を知らせ、それに反応した辺境伯に対し口頭で依頼の話を、筆談で見張っている者の話をしていた。
辺境伯もこの状況なら王都からの密偵が一番可能性として高いと言っていた。
実際それは当たっていたようだな。
「ガイアの話を報告された時は驚いたけど、まさかそれが筒抜けだったことが筒抜けだったとは…シュウは絶対敵に回したくないね」
「今のとこその予定はないから安心しろ」
これからどうなるかはわからんが。
「さて、俺はそろそろ会場に戻る」
「俺らも帰るよ。「人魚の涙」は一応持ってね」
「ああ、またな」
「うん。あ、それからシュウ!」
「うん?」
「似合ってるよ」
最後にクスリと笑いシュウが転移を発動する。
ウィリアムも一礼し、一緒に跳んでいった。
そういえば今の俺は正装だった。
どこか気恥しく感じながら、俺はパーティー会場へと戻った。
さて、これは侯爵に報告すべきか否か。
黒葉周 18歳 男
種族:???
冒険者ランク:A
HP:11200
MP:∞
魔法属性:全
<スキル>
格闘術、剣術、槍術、棒術、弓術、刀術、棍術
身体強化、完全回復
馬術、水中行動、天足、解体、覇気、看破、隠形、危機察知、魅了、罠解除、指揮、並列思考
耐魅了、耐誘惑、耐幻惑、恒温体
礼儀作法、料理、舞踊
<ユニークスキル>
天衣模倣、完全なる完結、全知眼、識図展開、天の声、竜の化身、万有力引、千変万化(new)
<オリジンスキル>
魔法
<称号>
「知を盗む者」、「異世界からの来訪者」、「武を極めし者」、「すべてを視る者」、「竜殺し」、「下克上」、「解体人」、「誘惑を乗り越えし者」、「美学に殉ず者」、「魔の源を納めし者」、「全能へと至る者」、「人馬一体」、「無比なる測量士」、「翼無き飛行者」、「竜の友」、「破壊神の敵」、「半竜」、「湯治場の守護者」、「妖精の友」、「底なしの動力源」、「戦闘狂」、「深淵へ至りし者」、「逸脱者」、「神…????」、「人を辞めし者」、「奔放不羈」、「千の貌」(new)
<加護>
「??神の加護」、「創造神の加護」、「破壊神の興味」、「戦と武を司る神の加護」、「知と魔を司る神の加護」、「生と娯楽を司る神の加護」、「死と眠りを司る神の加護」、「大海と天候の神の加護」、「鍛冶と酒の神の加護」、「炎竜王の加護」、「妖精女王の加護」




