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とある冒険者の漫遊記  作者: 安芸紅葉
第八章 更なるステージへ「Sランク昇格試験」編
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第171ページ 動き出す影と初ダンス

パーティーはなんの支障もなく進んでいく。

ダンスパーティーというから踊ってばかりなのかと思っていたが、そんなことはなく。

今はむしろ立食パーティーという感じが強い。

音楽は流れているし、前で踊っている人もいるにはいるが、本格的なダンスの時間はまだ先なんだそうだ。


俺はルーリと侯爵が挨拶回りをする後ろを付いて歩く。

隣りにはポッツムもおり、二人で使用人という感じだ。

最も俺の格好は使用人というより貴族に近く、服装を間違えたのではないかと思えてくる。


今のところルーリに近付いてくる悪い虫はいない。

婚約の話はでているが、ルーリ本人ではなく侯爵と話しているくらいだ。


侯爵家に対して面と向かって印象を悪くするようなことをする家はない、ということだったので、やはり侯爵が心配性すぎるだけかもしれない。


「そろそろ予告時間か…」


時刻はもうすぐ23時といったところ。

ルーリはそろそろ眠たそうにしているが、本格的にダンスパーティーが始まり、何曲か踊るまでは起きておかないといけないらしい。

貴族の娘も大変だ。


ダンスパーティーの始まる時刻は24時。

そして同じく怪盗ワールが予告した時間も24時だった。


侯爵の作戦は大胆というか無計画というかだった。

どうせ返ってくるのだから警護なんて不要。

怪盗なんて無視してダンスパーティーに専念。


もし今回の「人魚の涙」が本命であり、油断させておいてこれだけ返さないとかなったらどうするんだと言いたい。

けれど、「人魚の涙」は侯爵にとってそれほど重要なものではないらしい。


確かに高価なものであり、水中で呼吸が可能になるという特殊効果付きのアイテムらしいが家宝というわけでもなく、商売の代金代わりとして受け取った物なんだそうだ。


特殊効果を除き、装飾品としても綺麗である為、ルーリにいつかは付けさせようと思ってはいたが、別に拘ってはいない。

だから警護は一応招待客をするだけでいいのだと。


なんとも、豪気な考え方だ。

ポッツムに聞けば白金貨は軽く必要になる程の代物らしいのにな。


だが俺は怪盗というのが気になる。

少し抜けるくらいは大丈夫だろうか?

それに気になっていることもある。


あまり考えたくはないが、<識図展開(オートマッピング)>を見る限り間違いなさそうだ。

こうなると怪盗ワールの正体というのも見えてくる。


盗んだ物は返すというところから、その盗んだもの自体に執着しているわけではないということがわかる。

全く焦った様子のない侯爵。

何か知っている風であったフィオナ王女。


そして、今屋敷内にいる筈の無い人物。

さっきからとある一点より動かない一人の人物。


「…ポッツム、少し抜けても大丈夫か?」

「ええ、今なら大丈夫ですが何かありましたか?」

「少し気になることがあってな」


俺はルーリやフィオナ王女に気付かれないようにそっと会場を出る。

王女がチラッとこっちを見て笑った気がしたが気のせいだと思おう。


向かう場所は「人魚の涙」がある場所。

ではない。


そこには誰も近くにいない。

怪盗がイザベラ並の隠密スキルを持っていたらわからないが、さすがにそんなことはないだろう。


俺は慌てず急がず、なるべく気配を薄くしていく。

イザベラに聞いたのだが、俺が一瞬で気配を消すとそれはそれでわかる人にはわかるのだそうだ。

イザベラは例外で気配が消えたという感覚さえも相手から消すから問題はないと言っていた。

彼女も大概だ。


到着した場所は侯爵の執務室だった。

こんなところに何の用があるというのか。


俺は場所だけ確認し、パーティー会場に戻る。

今ここで正体を暴いてもいいのだが、それだと怪盗と同一人物だった時に怪盗が現れないということになってしまう。

あいつ(・・・)が怪盗なら是非見てみたいものだ。


---


パーティー会場に戻るとちょうど侯爵が壇上に立ち、いよいよダンスパーティーへと移行する旨を伝えていた。

傍にフィオナ王女が立っているところを見ると王女殿下として挨拶を終えた後のようだ。


入って来た俺を見て、フィオナ王女が笑う。

侯爵は少しホッとしたような気がする。

何かあったのだろうか?


「それでは皆様!引き続きお楽しみください!」


その言葉に合わせ、曲調が変化する。

今まではBGMとして流していたクラシック調だったが、ダンス用にテンポの速い曲となっている。


いくつかのカップルができあがり、曲に合わせステップを踏む。

貴族社会ではよくある光景なのだろう。

全員素人という感じはしない。


「あ、あの!踊っていただけますか?」


俺がそちらに近付くと、恐る恐るという感じで差し出される小さな手。

ルーリに目線を合わせる為に肩膝を付き、その手を取る。


「勿論です、お嬢様」


花が咲いたように笑顔になるルーリを見ながら、初めての相手が俺でいいのだろうかとも思う。

確認するように侯爵に視線を向けると、複雑な顔でこちらを見ていた。


あれは護衛が初めての相手なんてという感情と、娘の初めての相手が君でよかったという感情。

更にかわいい娘が男とダンスを踊るなんてという感情。

色んな感情が混ざり合っている。

…見なかったことにしょう。


ルーリはこの日の為にダンスもきちんと教えられていたようで、あぶなっかしく思いながらもきちんとステップを取る。

もっとも身長差が大きいのであまりちゃんとしたダンスにはならない。

けれど一生懸命踊るルーリに合わせて踊っていると、俺の心もだんだんと穏やかになる。


この世界に来て、殺伐とした毎日が続いたりもした。

こういった日常は俺にとって癒しであると同時に守りたいと思うものになっている。


どういった理由があれ、あいつがそれを壊すならあいつは俺の敵だ。


そう考えながら、「人魚の涙」に向け動き出した光点を見やる。

このダンスが終わったら、俺もそこに行くとしよう。

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