第1ページ 起きたら異世界
「…ここは…?」
俺が目を開けるとそこは見慣れた学校の屋上ではなかった。
周りを見渡すとどうやらどこかの森の中のようで、青々しく繁る木に囲まれている。
しかし、その木は自分が見たことのあるものどれとも違っており、ますます現実離れしている。
夢かとも思ったが、森の中特有の土や自然の匂い、頬を撫でる風のリアルさから、そして何より自分の感情がこれを現実だとしていた。
「そうなると…考えられるとしたら…」
誘拐。
これはないだろう。
自分でいうのもなんだが、寝てたからといってこんなところまで連れてこられるまで起きないというのは有り得ない。
そもそも俺を誘拐する意味も必要もない。
自分を養ってくれている叔父夫婦も決して裕福というわけではない、恨みを買うようなことをした覚えもない。
その他にも考えられる可能性を潰していき、一番現実離れしていながら一番現状にあっている可能性を思い浮かべる。
「おいおい…まさか…」
「キャー!!!」
俺がその可能性が一番ありそうだと判断してこれからどうするかを考えているとき。
尋常ではない女の悲鳴が聞こえてきた。
俺は人がいることがわかったこと、その悲鳴からただ事ではないと思い踵を返し悲鳴が聞こえた方向へと走り出した。
少し走ると森が開け、馬車が止まっているのが見える。
その周りには西洋鎧をまといこれぞ騎士といった出で立ちの者が何人かおり、更にその周りを囲んでいる大きいもので体長が2mを超えるであろう灰色の毛並みをした狼のような生き物に剣や槍といった武器を向け、馬車を守るように立ち向かっている。
しかし、どうやら騎士たちは一人を除きあまり腕が立つほうではないようで劣勢だ。鎧をまとっているため深い怪我を負っているものはいないようだが、それもいつまでもつかといったところ。
ただ一人最も先頭に立っている女性騎士だけは無傷で剣を構えている。
しかしその騎士でさえ疲労は見て取れ肩で呼吸をしているのが遠目にわかる。獣の死体も多数転がっており、逆によくこれだけ殺せたものだと感心してしまった。
だが、単純に考えても数が違う。
獣はまだ7頭おり騎士たちは全部で5人。
「それに…」
チラッと馬車を見るとその窓から恐怖に顔を歪めながらも心配そうに外を見る少女の姿が見える。
おそらく彼女は守らなければならない存在であり、こんな状況では足枷にしかならない存在だ。
「さてどうするか…」
普通の人間ならここでどうするかという疑問にはならない。こんな状況普通はどうしようもないのだから。
一人逃げ出すか、よくて助けを呼びにいくといったところだろう。
しかし俺は違う。
その特異な才能故に、俺は戦える。
空手だろうと剣道だろうと、見れば使えてしまうのだから。
だから俺は見ることだけはやめなかった。
地球に存在するあらゆるものを見てその能力を己のものとしようとした。
それは、両親への恩返しのためにあれば困らないだろうことで、結局その目的を叶えることはできなかったが。
あのような見たこともない獣と戦った経験はない。
今は武器と呼べるものも持っていない。
しかし、ここは森であり、使えそうなものは落ちている。
自分が加勢すればこの局面は一気にひっくり返る。
それは驕りではなく純然たる事実だ。
「助けるか…」
あの少女がどんな身分かは知らないが、数人の騎士に護衛されており、更に一目で高級そうだとわかる馬車に乗っている。
かなりのお嬢様だと思う。
突然の異世界、情報を集めるにも恩を売っておくのは悪くない。
そう判断し、俺は足元に落ちている小石を拾う。
そして
「ギャッ」
「グァッ」
「なんだ!?」
「お?」
俺は小石を両手の薬指と人差し指で挟み、デコピンの要領で中指を使い弾く。
これは「如意珠」と呼ばれる中国の武術。
暗器に分類されるもので、テレビでやっているのを観た。
ただそれは実際殺傷能力などなく、ただ獣の気を引ければいいと思ってやっただけなのだ。
それが獣の頭を貫通し、一撃で命を奪ってしまったようである。
撃った俺の方が驚いた。
「誰だ!!」
「グルルルゥ」
女騎士が誰何してきて、獣もこちらに気づいたようで威嚇してくるが、飛びかかってくるようなことはなかった。
さっきの如意珠からして理由はわからないが力が上がっていると考え俺はゆっくりと森からでていく。
「怪しいものではない!」
自分で言っておいてなんだが、これを信じるやつはいないだろうな。
「とにかくまずはこの獣たちを倒す!説明は後ということでいいか?」
女騎士に視線を向けながら言うと、彼女は少し迷ったようにしていたがすぐに頷いた。
「あんたはその前の2匹俺はこっちの2匹。他のやつらで残りの1匹ということでいいな?」
「わかった!」
その言葉に女騎士だけでなく他の騎士も頷く。
俺はそれを見て駆け出した。
駆け出した俺に向かって2匹が飛びかかってくる。俺は一匹をよけすれ違いざまに掌底を脇腹にたたきつける。
「グァッ」
手に骨が折れる感触が伝わってきた。
まだ生きてはいるようだが動けないだろうと思いすぐに視線を飛びかかってきているもう一匹に移す。
今度はただ力のままにその獣の鼻っ面を殴る。
「ギャンッ」
またしても骨が折れる感触が伝わり、こちらは呆気なく絶命したようだ。
俺は振り返りまだ息があり苦しそうなまま横になっている獣を見る。
近づき獣の目を覗き込むと獣も力なく見返してきた。
「悪いな」
俺はその目に一瞬罪悪感を抱くが、楽にしてやろうと頭を持ち上げ首の骨を折った。