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とある冒険者の漫遊記  作者: 安芸紅葉
第八章 更なるステージへ「Sランク昇格試験」編
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第169ページ お仕立て

「シュウ様!いらっしゃいませ!」


俺が侯爵家に着くと、待ちわびていたかのようにルーリが走ってくる。

随分と懐かれたものだ。


「ああ、ありがとう。ルーリ」


ルーリはどうも俺の敬語が嫌いなようだ。

本心から使っているわけではないからだろう。


大人貴族連中は本心からでない敬語に慣れているし、それに対しとやかく言ったりはしない。

だが子どもは、純粋な子どもは敏感に感じ取り嫌がる。

それでも本人からの許可がないと敬語をやめることもできないから貴族社会というのはやはり俺には合わないと実感した。


ルーリには一日目で敬語をやめるように言い渡されてしまった。

一応ポッツムには確認を取ったのだが、お嬢様の言うとおりにしてあげてくれということだったのでそこから敬語はやめた。


「ダンスパーティーの準備はいいのか?」

「私は着替えるだけですから…」


少し寂しそうにうつむいてしまう。

何かまずいことでも言っただろうか?


(お嬢様は今日でシュウ様がこちらに来られなくなるのを寂しく思っておられるのです)


横からミアが小声で教えてくれる。

なるほどそういうことか。

俺が受けた依頼はダンスパーティーまでの期間。

それが終われば当然この家に通うこともなくなる。


「安心しろ、偶には顔を見に来るさ」


頭をポンポンとしてやると、嬉しそうに「うん!」と頷いた。

普段自分を抑えているからか、こういう五歳らしい一面を見ると微笑ましい。


この三日間傍にいたが、ルーリは本当にわがままというのを言わない。

俺に対しては敬語を禁止したくせに自分はいつも敬語だ。

侯爵家令嬢としての振る舞いをこの年で身につけてしまっている。


だから咄嗟の時に敬語を使わないと、少し恥ずかしそうにする。

俺としては子どもはそれでいいと思うのだが、俺が口を出していいことではない。

貴族の子どもというのはそういうものなのかもしれないのだから。


素性も知らない平民にタメ口を許す辺境伯や前王の方が例外なのだろう。


今日はダンスパーティー当日ということで昨日まで以上に人の出入りが激しい。

本来ならば怪盗潜入の危険がある為一人一人をチェックしないといけないのだろうが、そんな余裕もなさそうだ。


俺は使用人たちが忙しく動き回る喧騒をよそに、ルーリといつものように過ごす。

やがてミオが呼びに来てルーリが着替えの為に出ていく。

それはいいのだが…


「本気で言っているのか?」

「もちろんです!旦那さまより仰せつかっておりますので!」

「…」


ミオが言うには俺もパーティー会場にいる為、というか参加する為に正装に着替えるようにということだ。

貴族が集まるパーティーに参加するなんて聞いていないぞ。


「それは依頼の範囲外だと思うが?」

「何をおっしゃいますか!シュウ様への依頼はお嬢様の護衛!傍にいなくてどうします!お嬢様に近付く悪い虫からしっかりとお守りください!」

「…何?」


しまった。

護衛の範囲を聞いていなかった。

怪盗から守るだけではないのか。

政略婚やら何やらの申し込みで近づいてくる貴族をもブロックしろと?

おいおい、それは冒険者の仕事の範疇を越えていないか?

あとどうでもいいがミオ普通に悪い虫って言ったな。

ルーリのことが好きなのはわかるがそんなこと言って大丈夫か?


急いで依頼書を確認する。

この依頼は一応ギルドを通した指名依頼という形にしてもらっている為に依頼書があるのだ。


確かに護衛とだけ書かれており、何から守るか明確に書かれていない。

はめられた…


頭を抱えたい気持ちになるが、ルーリを守るということには変わりない。

あとで侯爵にはきっちりと文句を言うが、気付かない俺も俺だ。

今回のことは勉強としておくことにしよう。


「わかった」

「ではこちらへ!」


渋々ながら頷くとミアが嬉々として俺を別部屋へと連れて行く。

そこに待っていたのは意外な人物だった。

いや、いることは知っていた。

識図展開(オートマッピング)>でこの屋敷内は監視中だからだ。

だが、何故いるのかは不明だった。


「それで、なんでお前がここにいるんだ?ウィリアム」

「これはシュウ様、ご無沙汰しております」

「ああ、久しぶりだな」


といっても四日程度だが。

最初に会ってからというもの、宿でウィリアムと会うことはなかった。

彼は雇われという話だから宿に必ずいるわけではないと気にしなかった。

俺も宿にずっといたわけではなかったからたまたま会わなかっただけだろうと。

だがどうやら違ったようだ。


(わたくし)、副業としてテイラーをしておりまして」

「仕立屋か」

「はい。本日はシュウ様のお召し物を仕立てさせていただく為に参りました」

「今からで間に合うのか?」

「そこはご安心を。プロでございますから」


そう言うとウィリアムは巻き尺を取り出し俺の体型を測り始める。

手際良く測り終え、筋肉の付き方なんかもチェック。

更には関節の可動域や、手足の動き方なんかも見られた。

そこまでするものなのか?


「ありがとうございました」


10分程で満足がいったようで、ウィリアムに一度外に出るように言われる。

呼ばれるたのは更に30分後だった。


「お待たせいたしました」

「ほう…」


中へ入るとそこには想像していたのとは違い、現代のスーツに近い物が出来上がっていた。

黒のフロックコートにチェスターコート、シャツは白でネクタイはなく、代わりに白のラッフル。

パンツはピッタリとした黒のパンツ。


「シュウ様は冒険者ですので、お身体に合わせ動き易く仕上げました」


ウィリアムに手伝ってもらいながらそれを着ると、驚くほど軽い。

更にはスーツにありがちな動きを制限されるような感覚はなく、膝を折り曲げても伸ばしても自由に動く。


「必要はないかもしれませんが、この服は一式全てを土蜘蛛の糸を用いて作っておりますので並の革鎧などより高い防御力を誇ります」


パーティーでそんな防御力が必要になることなどあってはならないとは思う。

思うがその気遣いはありがたかった。

というかこれすごいな!


「値段は?」

「本日のお会計は侯爵が負担なさるとのお話でございます」


…そう言われてもこれ高いんじゃないか?

ちょっと申し訳なくなるぞ?


「それより如何でございますでしょうか?」

「ああ、気に入った。ありがとう」

「お気に召していただいて何よりでございます」

「しかし、この短時間でこんな物が作れるなんてなぁ?」

「プロでございますから」


何らかのスキルを使ったのだろう。

まぁ企業秘密ってやつだな。

ただ…


「シュウ様、ご準備は整いましたか?」


ノックをしてミオが中に入ってくる。

同時に「まぁ!」と感嘆の声を上げられた。

馬子にも衣裳とか言いたいのだろう。


「よくお似合いです、シュウ様」

「ありがとう」


世辞を軽く受け流す。

ミオの頬が少し赤い気がするが、準備で忙しい中走ってきたりしたのだろうか?


「お嬢様がお待ちです。こちらへ」


俺はウィリアムに礼を言ってからミオに着いて行く。

怪盗ワールよりもパーティーの方が気が重いけれど仕方ない。

覚悟を決めるとしよう。

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