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とある冒険者の漫遊記  作者: 安芸紅葉
第八章 更なるステージへ「Sランク昇格試験」編
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第168ページ 侯爵家の事情

「あ、あの、これからよろしくおねがいします」

「はい、よろしくお願いします」


トルミナ侯爵は仕事があるとかですぐにどこかへ行ってしまった。

ポッツムもそれに着いて行き、案内されたのはルーリ嬢の部屋。

ミアというお付きのメイドが一緒にいる。


流れで一緒に着いていくことになったんだが、俺の仕事は護衛であって子守ではないと思う。

ただ部屋の外で立っているだけというのも暇だからいいんだが。

それに


「お父様はお仕事が忙しくてあまり家にいられないのです…」


寂しそうに子どもがそう言うのを聞いて、はいそうですかと放っておけるほど薄情ではない。


ルーリ嬢の部屋は一般的に考えられる少女の夢見る部屋という感じ。

天蓋付きのふかふかベッド。

ぬいぐるみやかわいい物が並べられ、絵本がいくつか。

白い机に白い椅子。


だがその中にあって、この部屋の主はまったく楽しそうではない。

おそらくは侯爵が、女の子の好きそうな物ということで買い与えただけのものなのだろう。


「お嬢様はご主人さまが長らく望まれてようやく生まれた第一子なのです。それはもう大事になされていて…」


トルミナ侯爵の夫人は身体が弱く、なかなか子どもを授からなかった。

医者からももしかしたら子どもはできないかもしれないと言われていたそうだ。


前トルミナ侯爵は血統を続けることができそうにない夫人をそうそうに身限り、侯爵に離縁を命令。

しかしトルミナ侯爵は彼女以外と夫婦になることはない、ときっぱりと断った。


それからというもの、前トルミナ侯爵は夫人に対し嫌がらせを開始。

彼女がトルミナ家を出ていくことを望んだ。

それに前トルミナ侯爵夫人も参加していたというからタチが悪い。


トルミナ侯爵夫人はその体調を更に崩し、生命の危機寸前までいったがなんとか回復。

その後どういう因果か前トルミナ侯爵夫妻は不慮の事故により死亡。

トルミナ侯爵が家を引き継ぎ、子どもは諦め養子を迎えようとしていたところに夫人の懐妊となった。


トルミナ侯爵は喜び、夫人と手を取り合ったが、同時にその出産に不安を感じてもいた。

その不安は的中することになる。


夫人の体質と長年のストレス。

既に子どもを生むことはできないような状況になっていた。


しかしそれでも、彼女は子どもを生むことを決意した。

トルミナ侯爵はそんな彼女の状況を知らなかった。

それを侯爵が知ったのは、彼女が子どもと引き換えに命を落とした後。


侯爵は嘆き悲しんだが、彼女から遺されたルーリ嬢の存在が彼を奮い立たせた。

これまで以上に働き、先代の代で落ちてしまっていたトルミナ家の名誉を回復。


現在ではいくつもの商店を開き、また提携・協力して王国の経済の一端を担っている。

当然その忙しさは尋常ではなく、家にいても仕事ばかり。

同じ家にいながらもルーリ嬢に割ける時間はあまりなく、食事時間でさえ自由には取れない身のうえだそうだ。


今回俺に会う為にもかなり無理なスケジュールを組んだそうだが、自分が頼むのに呼び付けることしかできないせめてものお詫び。

会いもせず依頼をするなんてできない、ということだったらしい。


その誠意が彼の手腕とも言えるが、それ故に無理をしがちで臣下は困っているそう。


そしてルーリ嬢も、父親の忙しさを理解しておりわがまま一つ言わない良い子に育った。

けれどだからといって、五歳の子供が、母親もおらず父親にも会えずで寂しくないわけがなかったのだ。


「クロバ様、お話聞かせてもらえますか!?」

「勿論ですとも」


あまり外に出ることもなく、家庭で座学を受けたり、本を読んだりするだけの毎日に冒険者の話はとても魅力的だったようで、俺の話をキラキラと目を輝かせながら聞いている。

もっとも俺の場合あまり話せないような仕事も多いので適当に誤魔化しながらではあるが。


俺が父親の代わりをすることなんて不可能であるが、それでもこの三日間くらいは退屈させないようにしよう。

そう俺が考えるほどの目であった。


それから俺は冒険の話をしたり、王都で流行っているお菓子を買ってきたり、アステールを連れてきたりとなるべくルーリ嬢を飽きさせないようにした。

同時に依頼も忘れず、「人魚の涙」を見せてもらったり屋敷の間取りを把握したりして過ごす。


屋敷や屋敷に勤める使用人たちに変わったところはないかを見て、ルーリ嬢と話し、ミアと話し、約束の三日はあっという間に過ぎていった。

そして今夜はいよいよダンスパーティーの日。


怪盗からの予告の日だ。


怪盗を見たいという不純な動機で始めた依頼だったが、少しは本気で取り組もうと思うには十分な時間があった。

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