第163ページ プロローグ
ランクS冒険者。
その肩書きは、冒険者たちにとって一種の憧れであり、現実的な目標であるとされている。
その上のランクは努力だけでどうにかなるものではないのだ。
昇格試験にしてもS以上になると試験そのものがない。
厳しい条件をクリアした者だけが個別に認定されるのである。
Sランク以上の任務はAランクまでとは特徴も難易度も変わってくる。
Aランクまでが一般的な採取や討伐なら、Sランク以上は高ランク魔物の捕獲依頼や、危険地帯での活動。
希少植物の採取など専門的な知識が必要となってくるものもある。
その都度勉強すればいい話ではあるのだが、その勉強を怠る者もいる。
その為ギルドでは多面的にその人材がSランクに適正であるかを判断する必要があるのである。
何故ならば、Sランク以上ともなると実質的にギルドが誇る人材達ということになる。
ギルドの代表と言っても過言ではない彼らの性質は細かくチェックしておかねばならない。
Sランクともなれば緊急時において下位ランクへの命令権が与えられる。
それ以外にもギルドからの優先度はAランクまでの比ではない。
これらを使った権利乱用や、犯罪行為が間違っても起きないようにせねばならないのである。
当然試験は厳しいものになる。
ランクS昇格試験は年に四回あり、一つのシーズンに一回ということであるが、これに受かる者も多くはない。
一度の試験で1人も受かればいい方だ。
試験は各国首都にあるギルド支部で行われ、その形式も様々である。
今回、マジェスタ王国王都サンデルスで行われるのは三種類の資格を見るごく一般的なものであった。
一つ目は実技試験。
Sランク以上の試験官が同行し、実際にSランクの依頼を受ける。
これは、実際の場面を想定している為パーティーで受けることが可能である。
これに合格してもSランク認定されるのはあくまで昇格試験を受けている一人であるが。
パーティーに既にSランクがいる場合でも一緒に受けても構わないが、判断は試験官がパーティーとしてでなく個人として見る。
そのパーティーでの役割を理解し仕事をしているかどうか。
一人に寄生して受かるようなことはない。
二つ目は戦闘試験。
これは個人の戦闘力を見る者で、Sランク以上の冒険者と一対一で模擬戦を行う。
勝敗は関係なく、その戦闘能力がSランク相当と認められれば合格となる。
三つめは筆記試験。
基本的な者がいくつかと、魔物の生態、毒物や危険物に関する取り扱い等の専門知識が出題される。
以上三つを総合的に判断し、合格か否かは判断される。
この三つの内、本来問題になるのは一つ目だ。
依頼はいつも同じ物があるわけでなく予習することができないのである。
もちろん、同じような依頼を受けたことがあるということもあるだろう。
経験がものを言う試験であると言える。
二つ目の試験は当然の課題であり、Sランク昇格試験を受けるような者ならば乗り越えなければならない物だ。
これがクリアできないのであるならばそもそも受けるなと言われるようなもので、どんなパターンの試験であろうともこれが外されることはない。
三つ目の試験は、専門的知識といっても、Sランクに昇るまで活動しているような者ならば既に知っていておかしくはない知識だ。
この為に勉強すると言う人はあまりいないが、それまでに勉強していなければ解けないといったものである。
そう。
本来であれば、筆記試験は問題にならない。
そこに至るまでの積み重ねで十分解答が可能であるのだ。
もう一度言う。
本来であれば。
「聞いてないぞっ!?」
ここに一人。
焦って勉強している人物が一人。
史上最速でSランク昇格試験を受けるまでになってしまった人物。
それ故に、彼には十分な経験と知識がなかった。
「ガッハッハ!忘れとったわ!」
豪快な笑い声が、冒険者ギルドガイア支部支部長室へ響く。
それを受け、憎々しげに積み重ねられた本を次々とめくっていくのが、あと二週間後に試験を受ける男。
言わずもがなシュウ・クロバである。
「まさか異世界に来てまで試験勉強をすることになるとは…」
と言っても、彼もここまで何もしていなかったわけではない。
この世界にはゲームといった娯楽があまりない為、暇があれば本を読んでいた彼はある程度の知識を持っていた。
あくまである程度。
専門的な知識はやはり皆無である。
それではまずいのでギルドで資料を読み漁り今を過ごしているわけである。
「地竜を倒せる奴が筆記試験くらいで情けない!」
グラハムがそう笑い飛ばす。
好き放題言ってくれると憎々しく思っても、一応グラハムは元Sランク冒険者。
この試験を突破しているので言う資格はある。
そこまで考えて、このおっさんが受かっているのにもし自分が落ちたらと考え身ぶるいする。
<全知眼>を使えば勉強などせずとも詳細がわかることが弊害になっている。
とにかく今は勉強するしかない。
そんなわけで地球でもしたことがないほどの詰め込み勉強をしている。
定期試験前の同級生達はこんな気持ちだったんだろうか。
と少し地球を懐かしんだシュウである。




