第156ページ 黒白の王、再び
地上へ出て、俺達は最短距離を最速で迷宮へと向かった。
迷宮まであと少しというところで、俺は闇が這い寄ってきているのに気付く。
「ケイト!」
「大丈夫です!」
アステールが空に駆け上がる。
ケイトはどうするのかと振り向けば、フェオンが大きくジャンプした。
その状態で、フェオンが送還され、空中にケイトだけが残る。
「<召喚!>
空中にいながら、ケイトの足元に魔法陣が現れる。
新たに召喚されたのは美しく大きな鳥。
その姿は鶴に似ているが、翼が虹色に輝いておりきらびやかだ。
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[オーロラクレイン]ランクA
名前〔スー〕
雪山に生息する鳥型魔物。
美しき容姿を持ち、見た者に幸運を齎すと言われている。
戦闘力は高く、何より仲間を傷つけた者に容赦はしない。
従魔契約による魔力供給によって通常よりも強力に成長している。
従魔契約主:ケイト・トゥーリ
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その背に乗り、ケイトも空中で待機する。
ここからはそのまま飛行だ。
「にしても綺麗な魔物だな」
「でしょう?自慢の友達です」
ケイトが撫でると、気持ち良さそうにスーが鳴く。
良い関係だな。
俺もアステールを撫でてやると、こちらも同じように鳴いた。
「さて、そろそろか…」
眼下の森が開け、迷宮の入り口が見えてくる。
先程よりも闇が増大し、迷宮外まで漏れ出しているそれは不気味で醜悪な印象を受ける。
「どうするんですか?」
「とりあえず視てみるさ」
<全知眼>を発動。
魔物や人、物以外に使うのは初めてだが、期待した通りきちんと情報を教えてくれる。
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【混沌の闇】
力を吸収することが目的で生じたもの。
魔神の瘴気と黒白の王の魔力が混じり、その脅威は計り知れない。
少しでも触れてしまうと抗うことは敵わない。
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「混沌の闇…魔神の瘴気だと?ということは迷宮核の暴走にも魔神が関わっているということか」
「混沌…魔神の欠片って知ってますか?」
驚いた。
ケイトも魔神の欠片のことを知っていたのか。
「昔それで一騒動ありまして…混沌は魔神の欠片と何かが混ざった時に生じる名前のようです」
「この場合は迷宮核と混ざった可能性か…」
あれが何かはわかった。
ではどうするか、だ。
「ん?」
更に詳しく<全知眼>で視ようと思っていると、その前に闇に動きが生じた。
今まで獲物を求めるように漂っていた闇が、急激に収束されていき迷宮の中へ。
ほんの数秒で、迷宮内を含め見える範囲に闇はなくなった。
「どういうことでしょう?」
「わからん。だが、好転したわけではなさそうだ」
マップを確認するまでもなく、迷宮内を何かが逆走して昇ってきているのがわかる。
そのペースはゆっくりであるが着実と地上を目指している。
何故わかるのか。
何かが放つ圧倒的な魔力が、放出され続けているからだ。
もはやあいつしか有り得ないだろう。
無事だったかと安堵すると同時に、放たれている魔力に含まれる気配に息を飲む。
怒り、憎しみ、恐れ、哀しみ、憐れみ、妬み、あらゆる負の感情が凝縮したかのようなその波動。
やがてその姿が見えてくる。
変わらぬ姿。
黒衣を纏い、金の細工物を身につける。
隙間から見えるのは白骨。
黒と白のその姿。
黒白の王。
いや、一点だけ違いがあった。
胸の部分に、まるで埋め込まれるかのように在る紫色の玉。
「魔神の欠片と合わさった迷宮核か…?」
禍々しいその姿を更に禍々しく見せるその玉が、怪しく輝く。
黒白の王から立ち上る魔力は、全く加減がされておらず、本来なら有り得ないことに魔力が可視化されている。
漏れ出る魔力が可視化するなどどれほどの量だというのか。
「クロ…」
そいつの変貌に俺は思わず声が漏れた。
もうあの陽気なあいつはいなくなってしまったのだ。
「やぁ!」
…ん?
今普通に明るい声が聞こえなかったか?
「また来てくれたんだね!」
…なんだか心配して損をしたと感じるのは初めてだ。
「お前大丈夫なのか?」
「うーん、それが大丈夫ではないかなぁ」
白い頭蓋骨がその顔を歪ませる。
どういう理屈であんなことになっているのかはわからない。
「迷宮核に身体の支配権を取られつつあってね。今こうして話しているのもギリギリなんだよ」
「その状態で迷宮核を壊したらどうなる?」
「多分だけど僕も死ぬだろうね」
「そうか…」
まぁそうだろう。
ラストガーディアンとしてだけでも繋がりが深く危険という話だった。
身体と一体になってしまった今、明らかにその危険は高まっている。
「ケイト、お前はどうやってこいつを救う気だったんだ?」
「…僕が従魔法で契約を上塗りします。迷宮核の契約よりも僕との契約を優先するようにすれば、解放できる算段でした」
なるほど。
新しい契約を行わせることで今までの契約を破棄させるということか。
「できるのか?」
「…この状態だと難しいかもしれません」
そうだろうな。
するにしても一度迷宮核とは分離させる必要がありそうだ。
「あぁ…ごめん。そろそろ限界だ。シュウ」
「…なんだ?」
「無理そうなら…僕を殺してくれてもいいからね?」
「それが一番無理そうだ」
「ハハハ、違いない」
そう笑い、クロは唐突に頭を振る。
再度こちらを見る窪んだ眼窩には、怪しく光る紫の色。
「クロ?」
「GuAaaaaaaa!!!!」
どこから出しているのかわからない咆哮が響いた。
災厄が動きだす。




