第140ページ 一転
竜の化身と言っても、今回は全身竜化はしない。
竜化させるのは、腕と足のみだ。
全身を竜化させるのは、鱗による防御力向上が主な理由だ。
竜の翼で飛ぶと、空気抵抗が人体では耐えられない程になる。
それを防ぐためというのが一番の理由であり、それ以外の場合に全身を竜化させる意味は特にない。
腕と足だけを竜化させれば、それだけで腕力と脚力は強化される。
「ほほー!?人が竜に!?竜人ですかな!?いや、違いますな!これはこれは珍しい!」
何やら奥でテンション上がっている男がいるが無視だ。
ベンは、竜化して腕力が上がっている俺の刀を真正面から受け止めるようなことはしない。
打ち合わせはせず、いなすように刀をそらされる。
本来竜の腕による斬撃をいなすなどできることではないのだが、ベンの腕と精霊剣の強度が合わさりできている芸当だ。
だが、それでも竜の腕力は人のそれを遥かに上回る。
いくら綺麗にいなそうとも、衝撃は剣を通じて伝わり、身体に届く。
ベンの腕には、どんどん疲労と痛みが蓄積されているはずでそれはベンもわかっているようだ。
飛びのいて一度距離を取る。
俺はそれに対し、退くのを許さず距離を詰める。
しかしここで、ベンの魔法が発動した。
目の前からベンの姿が消える。
気配は、すぐ後ろにある。
「チッ!」
振りかえらず刀だけを後ろに振りきるが、手ごたえはなく、既に気配もない。
と、思えば前方から剣が伸びてくる。
「迷宮で見た連続短距離転移か!」
ザ・ナイトリッパーと戦った時にベンが使っていた技だ。
連続して短距離転移を行い、敵を撹乱、死角から攻撃を行うこの技。
魔法の発動タイミングが難しく、スキル補正のある俺でも乱用はしたくない程難しい。
だが、おそらくはこの戦法こそがベンの戦い方なのだろう。
その動きには微塵のためらいもない。
俺が空間魔法を習得しておらず、気配も感じられなかったら一度で対応することは不可能であっただろう程の連続攻撃。
反撃の隙を見いだせない。
普通であるならば。
「鬱陶しい!」
完全な力技。
魔力を衝撃に変換し、周囲にばらまいただけ。
魔法とも言えぬ技ではあるが、これでベンのタイミングをずらすことができる。
一瞬だけでも反撃の隙が生まれればいいのだ。
「〈火鳥乱舞〉!」
小さな火の鳥の群れが乱れ飛ぶ。
ベンに対してはあってないような攻撃力しか持たないが、この魔法の狙いは攻撃ではない。
「!」
「気付いたか。この魔法の中、跳べるものなら跳んでみろ」
空間魔法で空間を跳ぶ時、元々そこにある物を押しのけて転移する。
このように火の鳥が俺の周りを不規則に飛んでいると、これらを避けて転移することは不可能。
だが、無視することもできない。
あまりダメージを受けないとわかっていようと、火に飛び込むには相応の覚悟がいる。
今のベンの精神状態では、それだけの覚悟を決めることなどできないだろう。
なぜなら。
「いつまでこんな茶番をしている気だ?起きているんだろ、ベン」
ピクリとベンが反応する。
伏せられていた頭を上げると、笑っているベン。
だが、その笑顔は先程までの感情が入っていないものではない。
心から面白いと思っている、悪戯が見つかったような顔だ。
「なぁんだ、ばれてたの?」
「ばればれだ」
最初は気付かなかった。
いや、ベンも最初は本当に洗脳化にあったのだろう。
だが、俺が竜の化身を使った後くらいからか、だんだんと本来のベンの動きになっていた。
洗脳化にあっても、ベンの動きは凄みがあったが、それがより一層際立ったように感じる変化。
注視すると、今までまったく変わらなかった表情にも変化が出ていた。
確信はなかったが、どうやら当たりだったようだ。
「そ、そんなバカな!?小生の洗脳が解けるなど!?」
「残念だったね!」
シェンツィアートの発明品はおそらく高度な魔道具ではあるのだろうが、ベンも転生者であり規格外の人物だ。
力不足だったんだろうな。
「それで?なんで洗脳された振りを続けてた?」
「シュウと全力で戦ってみたかったのが一つ。準備を整えるのに時間がかかったのが一つだね」
「準備?」
「そ!準備」
「なっ、なんでやんすか!?」
叫びに目を向けると、シェンツィアートを囲むように、障壁が生まれていた。
あれは俺がアキホで箱を隔離するのに使った魔法と似た魔法だ。
「これでお前は逃げられないよ」
笑って言うが、俺は頬を流れる汗に気付く。
俺と戦いながら、俺にも魔族であるシェンツィアートにも気付かれないように魔法を準備し、その魔法に使う魔力も温存していたとなるとかなりの難技であったことは間違いない。
本当に俺と全力を出して戦った時、どうなるかはやはりわからない。
こちらは終わった。
あちらはどうなっている?




