第137ページ 堕ちた者達
最近さぼりすぎですね。
すみません。
「ん?」
誰も見つけられないうちに、急に煙が晴れていく。
それは自然ではあり得ない引きであり、人為的なものであることが明らかであった。
煙幕が晴れると、先程までいた光景のまま。
目の前にはベンと、その後ろでニヤニヤと笑っているシェンツィアートの姿が。
「…ベン?」
ベンの様子がおかしい。
いきなり煙が晴れて戸惑っている様子でもない。
しかし、目の前にいるはずのシェンツィアートに対して何かしようとするわけでもない。
こちらに背を向けて顔を伏せている。
「…ベンに何をした?」
「小生はなーんにもしてないでやんすよ?ただ、自分の心の声を聞いただけでやんす」
「何?」
ベンが顔を上げ、ゆっくりと振りかえる。
その顔はとても爽やかに笑っていた。
「ベン…?」
「シュウ、いいよね君は。そんな素晴らしいスキルがあって」
「おい?」
「この世界に来てすぐに、竜種と戦えるだけの力をつけて」
「…」
「君が難なく使っている空間魔法。俺が使えるようになったのはいつだったかな?」
ベンが笑顔で口を開く。
その言葉に、俺は何も言えない。
自分の力の異常さには気づいている。
視ただけでそのスキルを使えるようになる。
努力もせず、勉強もせず。
地球にいた時から、この能力は異常だった。
だが、この世界に来てからその異常さは際立っている。
必死に自分の格を落とそうとしていた。
武術系のスキルは、身体の動かし方がなんとなくわかった。
同じように、意識すれば魔法の使い方もわかった。
もちろん、呪文はわからない。
だが、どうすればどの魔法が使えるのか、わかっていた。
それを、わかっていながら見て見ぬふりをした。
本来地球にはない魔法。
その使い方までもがわかってしまう自分に恐れを抱いたから。
この世界の人が、苦労して身に付けたスキルを簡単に使ってしまうことを恐れたから。
こんな力欲しくなかったと思いながら、俺はこの力に頼るしかない。
この世界で生きるには、力が必要であったから。
最初に、ララ達を助けたあの時から、俺はこの力を利用して生きるということしかできなくなっていた。
浮かれていたのもある。
だが、ララの目が、エルーシャの目が、辺境伯の目が。
俺をヒーローか何かのように見る目が、化物を見る目に変わってしまわぬように。
「ねぇ、ずるいと思わない?」
それはずっと俺が思っていたことだ。
「悪いと思わない?」
確かに思っていたことだ。
「だからさ、今のうちに殺してあげるよ」
笑顔のまま、無表情に、ベンが精霊剣を振りかぶり、こちらへと走ってくる。
それに対して俺は、わからないようにため息をついて。
斬鬼を抜いた。
剣と刀がぶつかり合う音が響く。
それは、この世界で初めてできた友人との戦いが始まったことを示していた。
---
「グラス魔導師長?…ポラリス?」
唐突に止まった魔法の撃ちあい。
それは、どちらか一方が致命的な傷を受けたからではなく、本当に唐突に止まった。
笑っているメーア・ストランクと、うつむいているポラリス。
私はそれを見て、嫌な予感が膨らんでいく。
「ふふふ、ようやくかかったわね。さすが、高位魔導師。精神力が並ではないわ」
「ポラリスに何をした!?」
「あらあら、お姫様がそんな言葉使うものではないわ。少し心をいじっただけよ。私の精神魔法で」
「精神魔法…?」
聞いたことは無かった。
だが、その名前から固有属性であろうこと。
そしてその効力が、精神に作用するものだとはわかった。
「ポラリス!」
昔、まだ自分が小さい頃に呼んでいた名を叫ぶ。
あの頃、魔力がありながらも魔法の才能はあまりなく落ち込んでいた私を、不器用に励ましてくれていた相手。
ポラリスが振りかえり、こちらに向かって杖を構える。
その目には何の感情も宿っていない。
「くっ!?」
生成された氷塊が、こちらに向かって飛んでくる。
どうにか避けるも、氷塊は生成され続け、次第にその数は増えていく。
タイミングもずらされ、避けるのは困難になっていく。
「『舞い踊れ』!」
フランガッハが再度増殖され、6本の細剣が宙を舞い、氷を切り裂く。
けれど、同時発動された魔法は氷塊だけでなく、いつの間にか地面が凍りつき、バランスを取ることが困難となっていた。
私は細剣を一振り増やし、ジャンプして増やした一本の上に乗る。
これもかなりのバランス感覚が必要になるが、氷の上よりはマシだ。
「いきなさい!」
私にはシュウさんのように状態異常を解除するような術はない。
気を失わせることしかできないが、今はそうする他ない。
例えそれがどれほど難しかろうと。
しかしやはり、そう簡単にはいってくれない。
私が近づく前に、ポラリスを囲むように氷壁が形成された。
緻密な魔力操作によって生み出された強固な防壁。
あれを破壊するのは自分には難しい。
どうしようかと悩むが、相手はそんな暇を与えてくれない。
防壁の内側から魔法が発動される。
私はそれを避けることしかできない。
「どうすればっ」
自分の非力さを嘆いていたその時。
「姉上っ!」
こちらに近づいてくる一人の女性の姿が見える。
ラッセン辺境伯に仕える、エルーシャ・フォン・グラス。
ポラリスの妹だった。




