第134ページ ベンの力/フィオナの力
「シュウ!傘を全部展開させて!」
細かい説明はない。
しかし、何か考えがあるだろうことは間違いない。
俺はベンの指示通りに傘を全て展開させるため、広範囲魔法を発動する。
炎が波となり、傘ごとシェンツィアートを飲み込む。
無詠唱により一瞬で発動した為、威力はあまりないが本来であれば無傷では済まない。
だが、炎に包まれる瞬間、また傘が新たに出現し、しっかりとシェンツィアートを囲んだのが見えた。
「さすがっ!」
相手の防御を増しただけのように思えたが、これでよかったらしい。
空中に転移し、炎を回避していたベン。
どうやら空中の同じ場所に転移し続けることで空中に浮いているようだ。
すごいことをするな。
「ここ、だっ!」
ベンが空中で指揮棒を振るように精霊剣を下から振り上げる。
すると、木の根が地面を突き破り、傘の内側からシェンティアートを攻撃した。
「ぎゃっ!?なんでやんすか!?」
そのまま木の根は傘の出元であるアタッシュケースをからめ捕り、空中へと放り投げる。
ベンが精霊剣を振り、アタッシュケースを真っ二つにした。
「ああ!小生の傑作がっ!」
アタッシュケースを破壊されたシェンツィアートが泣きそうな声をあげる。
少し胸がすいたな。
「くぅ…驚いたでやんすね。魔法でなく植物を操るとは」
そう。
今ベンは、魔法でなくスキルでもなく植物を操って見せた。
あの傘は魔力に反応するようで土魔法で攻撃しようとしても防がれてしまった。
ベンの植物による攻撃を防げなかったのは、魔法ではなく魔力が通っていなかったからだ。
「それがその精霊剣の能力でやんすか?」
「その通りだよ!」
地面から蠢く木の根は、そのままシェンツィアートに伸びる。
「そう簡単には捕まらないでやんす!」
シェンツィアートは、白衣から何やら取り出すと、それを地面に向け放つ。
ボンッという音を立てて辺りが煙に包まれた。
「煙幕っ!?」
「また古風な!」
だが、空間把握のスキルを持つ俺達には煙で相手の姿が見えないからといってあまり関係はない。
俺達は躊躇なく煙の中へと突入した。
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フィオナは隙を窺いつつ16振りの剣を振り続けていた。
彼女の力は多対一ではその真価を発揮しづらいものである。
一対一での攻め手の多さこそ彼女の力であり、現状相対している敵のように攻撃に転じることもなくただ回避に専念する敵というのは特にやりづらい相手ではあった。
脳を酷使する痛みに耐えながら、それでもフィオナはチャンスを待ち続けた。
他人頼みと言われそうであるが、ポラリスかシュウたちどちらかの戦況が傾き、チャンスが生まれるその瞬間を待った。
それは彼らの力ならばすぐにその時を生み出してくれるという信頼からの待ちであった。
もしその信頼がなければ、フィオナは無理にでも攻勢を増し、多少とは言い難い傷を負いながら勝利を納めなければならなかっただろう。
だが、そう時を置かずしてその時は来た。
敵の動きが一瞬。
ほんの一瞬だが何かを気にするようにして意識が離れた。
一般の冒険者が相手であったならば、それは隙とも言えないような隙。
しかし相手をしていたのは冒険者と比べるにはあまりに違いすぎる力の持ち主だった。
フランガッハが光の軌跡を描きながら高速で振るわれる。
6人全ての者を倒しきることはできなかったが、何人かは倒した。
それだけで、戦況は一気に進んだ。
倒れた者に使われていた剣が別の者へ。
2振りの剣を避けることで精一杯であったのに更に追加される剣。
全ての敵が倒れるのに、時間はかからなかった。
「ふぅ」
一息ついてフィオナは、すぐに辺りを見回す。
シュウ達が向かった方には煙幕が生じており、二人の姿はない。
あの中にいることは間違いないだろうが、二人に危険が迫っているようには思えない。
問題はもう一つの戦況。
闇と氷の魔法が飛び交うそちらでは、ポラリスが決死の表情で魔法を放っていた。
彼女の強さについてはよく知っている。
しかし、今回は相手が悪い。
純粋な魔法の撃ちあいでは人族が魔族に勝つのは難しい。
ポラリスが大陸で五指に入る魔導師であったとしても勝敗は五分五分。
あの表情を見るに劣勢であるのだろう。
だが、フィオナはあの戦いに割り込むことを躊躇っていた。
あの戦いは自分が加勢していいものではない。
ポラリスが、自らの誇りをかけて戦っているのだ。
当然自分が助けに入れば勝てるだろうが、それではポラリスの誇りに泥をかけてしまうことと同じだ。
フィオナは、助けに入りたいと願う自分をどうにか抑えながら、祈るように手を組む。
「どうか、ご無事で」
その時。
フィオナの背後、彼女が斬った者たちが一斉に動き、フィオナに向かって跳びかかった。
完全に油断をついた行動。
今まで避けることしかしていなかった者の、最後の攻撃。
だが、それが届くことはなかった。
グサッと音を立て、それぞれの背に細剣が突き刺さる。
細剣は、まるで地面と縫いつけるようにして敵の動きを止めた。
「大人しく寝ていれば、何もしなかったものを」
振りかえったフィオナを、感情ある者が見ればそのあまりにいつもと違う目にゾッとしただろう。
無機質な、まるで路傍の石を見るかのような目。
「憐れなことです。造られた者というのは本当に」
フィオナの手が振られ、細剣が6人を切り裂く。
そこに何のためらいもなかった。
彼女にはわかっていたのだ。
自分が相対していた者が人ではなく、造られた存在であると。
それがゴーレムなのか、オートマタなのかはわからない。
しかし、生ある者、感情ある者でないのならば、彼女が止めを躊躇する理由はなかった。




