第127ページ ベンの師
「ベンの師匠…?」
「そっちの子は初めましてだね。ベンの友達かな?君もかなりの力の持ち主のようだ」
本当に死人なのかというくらいに、生き生きと笑うエイブラハム。
俺はその優しげな眼差しを受けて、逆に怖いと思ってしまった。
「お前は相変わらずよな、エイブ」
「そうかい?それはね、死んでから変わる訳もないよ」
「それはそうか…それで?お前は俺の敵だということか?」
アレックスの放つ気が鋭さを帯びる。
これも初めてのことだ。
完全に自分の敵として認定している。
敵足り得る相手として、認定している。
あのアレックスが、魔人巨兵でさえ、剣を抜くこともなく屠ったらしい男が警戒する程の相手。
「そうだね。今の私は、君の敵さ」
唇の端に笑みを浮かべながら、目を細めるエイブラハム。
エイブラハムの纏う空気も、うっすらうっすらと研ぎ澄まされていく。
アレックスが鋭い刀のような気配なら、エイブラハムはどこか冷たさを感じる氷のような気配だ。
どちらも怖いことに変わりなく、俺は黙ってつばを飲み込むことしかできない。
「おいおい、待て待て。ここでおっぱじめようとするんじゃねぇよ。お前は俺の迎えに来ただけだろう?」
「ふふ、そうだね。私は君の迎えに来ただけだ。アレックスとやるのはまたの機会にするよ」
「…ベンに何て言えばいいんだ」
アレックスがそう言った瞬間。
一瞬だけ、エイブラハムの顔が強張った気がする。
だが、それもほんの一瞬でありまたすぐに笑顔が張り付く。
「ありのままを言えばいいさ。君と戦うのも楽しみだけど、成長したベンと会うのも楽しみだな」
もう一度ゲートが開く。
ダルバインは、やれやれと言った感じで首を振ってからゲートへと向かっていく。
「逃がすと思うのか?」
「おいおい、俺達に構ってる暇があるのか?」
「暇はないが、当てもないからな。お前をとっちめて今回の犯人を聞きだすのが一番じゃないかな?」
「ふっ、確かに。なら時間短縮だ、教えてやるよ。魅了を使い王都を支配しつつあったのは、俺の主であるメーア・ストランク様さ」
「…何故それを話す?」
「知ったところで、お前達には何もできんからさ」
確かに、名前だけ知ってもどうしようもできないが…
「目的は?お前の救出か?」
「それはついでだな。本当の目的は自分で調べな」
そのまま立ち去ろうとする、ダルバインに斬鬼を抜こうとしてアレックスに腕を掴まれ止められる。
疑問の顔を向けると、ただ首を横に振られた。
「では、またね」
ダルバインに続き、エイブラハムの姿もゲートの中へと消える。
「…どうして止めた?」
「ここでお前とダルバインが戦えば被害は王城だけで留まらん可能性がある。それだけでなく、お前達が戦うなら私とエイブも戦わざるを得ない。そうなったら、王城はおろか王都が危うくなる」
冗談でもなんでもなくそうなるだろう。
ダルバイン一人なら、俺達二人で完封することもできただろう。
だが、エイブラハムがでてきたことでそれもできなくなってしまったのだ。
あの状況になった時点で、俺達にはダルバインを逃がす選択肢しかなかったということか。
…いや、でもアレックスとエイブラハム普通にやり合おうとしてなかったか?
考えないでおこう。
「まずは現状の確認だ。あの魔族の言うように主犯がそのメーア・ストランクという女ならば、まだ被害は続いているはずだ。考えられる第一目標はなんだ?」
王族が目的ではないようだった。
それが第一目的ならば、ダルバインの救出よりも前に何かしていたはずだ。
害されてもいなかったし、魅了をかけられてもいなかった。
「…わからんな。とりあえずみんなと合流しよう」
「…そうだな」
俺達は上階へと上がり、公爵家へと向かう。
幸いベンが戻ってきていた為、空間魔法でひとっ飛びだ。
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「そんな…師匠が…」
この場にいるのは、王家の面々と、ラッセン公爵とベン、アレックス、そしてベンが避難させようとしていた宰相フュルスト公爵だ。
ララとエルーシャは、別の部屋にいる。
王城地下牢であったことを話すと、皆一様にベンに対して憐れむ視線を向けている。
ベンの師であり、アレックスの友であったというエイブラハム。
12年前、ある事件が原因で死んでしまったそうだ。
世界でも有数の魔導師であったエイブラハムを失ったことは、王国にとってかなりの損失であった。
だが、そんなことは関係なく、アレックスやベンには深い傷となっているみたいだ。
「もし師匠が敵だとしたら…」
「ああ。魔族側は移動・攻撃・防御、あらゆる面で活躍できるカードを持ったということだ」
「そういえば、何故あいつは王城内で空間魔法が使えたんだ?」
王城内で空間魔法を使うことはできない。
それは、今回の件が起きてから散々言われてきたことだった。
「王城の敷地内で空間魔法が使えないようにする魔道具を作ったのはあいつだからな。抜け道も知っていて当然だろう」
王都を囲む結界を参考にして造られた魔道具であったが、その根幹となる空間魔法に関する術式を組んだのがエイブラハムなのだそうだ。
その術式を知っているからこそ、自らの魔法である<魔洞門>を改良することで王城内でも空間魔法を使うことができたということか。
「それじゃあ…」
「あいつがいる限り奇襲され放題だな」
それはかなりまずい事態ではないだろうか。
しかし、そうなってくると、先の戦いで奇襲戦力を王城に直接送りこまなかったのは何故なのかという話にもなってくるが。
何か別の目的があったのか?
「王都襲撃は、他の場所へと通信を取れなくする意味だと思っていた」
「魔族の目的はマジェスタ王国を壊滅させることでなく、少しずつ破壊すること?」
「いや、そんなことをする意味はあるまい」
「では?」
「わからん。わからんが、今は今の話をすべきじゃ」
「そうだな…だが、今回の目的も…」
「不明か」
「王族でないとしたら、都民か?」
「いえ、それもないようです。魅了にかかっていた者たちも、既に解除されているようでした。ララ嬢の尽力もあり、王都民はほぼ無傷です」
「王城そのものを破壊する感じでもなかった。地下に開けた穴は、おそらく主犯を逃がす為の物だろう」
話合いは進み、可能性がどんどん潰されていく。
だが、逆にこれはというものはでてこなかった。
そんな時、王が持つ小型通信用魔道具に連絡が入った。
『魔法研究所に侵入者あり。応援求む』
それは、王都の端にある魔法研究所。
そこにいる魔導師長からの救援要求であった。




