第110ページ 王城襲撃
時は少し遡り、王城・星天の間。
透明化された壁により、戦況はここからでも見ることができた。
見る見る内に減っていく魔人巨兵に、場の空気が緩む。
そんな中で、ベンジャミンの父であるシュレルン公爵は、逆に気を引き締めていた。
「我が国の最高戦力たちは、魔族の兵器になど負けないということですな!」
「もちろん!それでこそ我が国が誇る七星剣というものです!」
もう全てが終わったかのように歓喜する何人かの貴族を見て、苦い思いを抱えながらそれを表には出さないようにする。
その間も頭は回っており、思案は続けている。
「しかし、一体どういうことなのでしょう?戦況はここから見る限りでも明らかです。ただ戦力を無駄にしたようにしか思えません」
「そうですな…」
話しかけてきたのは宰相であり、同じ公爵でもあるフュルスト卿だ。
見回すと何人かの頭が回る貴族は、自分たちと同じ疑問を抱いているようだ。
すなわち、あの魔人巨兵は何かの目くらましなのではないか、と。
「あれが目くらまし、もしくはここの戦力を減らす為の罠だったとして…」
「それでも、ここには王国騎士団が丸々残っています。王国の最高戦力である8人とシュウ殿に依頼を出す代わりに、王城に他の戦力を集中したのですから」
フュルスト卿の言うとおりであった。
あの大きな魔人巨兵には、一般兵がどれほど束になってかかってもいつかは倒せるかもしれないが、それまでにどれだけの人数が犠牲になるかわからない。
故に、同じく規格外の者たちに対処させ、無駄な犠牲を無くすと同時に、一般兵たちを王城に回すことで王城の守りも固めた。
保安部隊だけは、念のため引き続き街に駐屯させているが、それでも王国騎士団の他の部隊が詰める王城に乗り込んでくるのは、例え魔族といえども簡単ではない。
騎士団が少しでも引きとめてくれ、騒ぎが我々に伝われば、私やアームスロトング軍務卿が駆け付けられる。
七星剣には及ぶまでもないが、それなりの力は持っていると自負している。
他にも宮廷魔法師や、副騎士団長もいるのだ。
七星剣たちが全ての魔人巨兵を倒し戻ってくるまでの間くらいは保たせられるだろう。
だが、魔族にしても王国の戦力が七星剣だけなどと思っているはずもなく、何の策もなく乗り込んでくるとは思えない。
「何か報告は?」
「今のところありません」
疑いすぎだったのか?
どうにも胸騒ぎがする。
昔からこういう予感は外れたことがない。
過去胸騒ぎがあった時を思いだし、最近ではそのほとんどに下の息子が関わっていたことに対し思わずため息をつく。
宰相が不思議そうに見てくるので、何でもないと手を振る。
「公爵同士で話していないでこちらに加わればいいものを」
後ろからかけられた声に振り向けば、この国の頂点に立つ方がそこにいた。
「これは陛下、王妃殿下とのお話は終わられたのですか?」
「ああ、こちらもこの襲撃は陽動ではないか、ということで固まったよ」
第一王妃殿下は、元々は騎士団に所属していた女傑だ。
こういったことはむしろ専門と言える。
事実、騎士団では未だに発言力が強い。
逆に、現国王であるエドガー陛下は父であるフェルディナン前王陛下と同じく武の方はからっきしである。
その分仁徳があり、その仁徳に引き寄せられる者も多い。
その仁徳故なのであるか、今の七星剣は、過去最強と言われている程だ。
もっとも、その原因としてあげられるのは王が昔に助けたあの竜人の力がほとんどであろうが。
その最強の中に自分の息子が入っているのは、誇らしいと同時に心配でもある。
それは、あの竜人に次ぐ力を持つとされている娘を持つ国王陛下も同じだろう。
七星剣ともなれば、今回のように国の危機には最前線に立ち、その危機を退けなければならない。
子どもが危険な場所に立つことを望んでいる親などいないのだ。
過去一度だけ、そのことで私は自分の息子に対し初めて怒った。
自分の人生を省みても、あれほど怒ったのは初めてだったのではないだろうか。
それで少しは反省してくれているとは思うのだが。
自分の測れる力量よりも遥かに多くの力をつけた息子が大丈夫だと言えば、それを信じるしかないのだ。
まったく親の気持ちを知らずに困ったものだ。
「それで陛下」
「大変です!!」
私が陛下との話を続けようとした時、見慣れぬ兵士が慌てた様子で入室してきた。
周りでは、最後の魔人巨兵が倒されたと喜んでいる者が多かっただけに、その緊張は室内に行きわたる。
「どうした?」
「それが…侵入者です!」
「やはりか…」
兵の答えを聞き、主だったものにはやはりという感情しかでてこない。
だが、何も気付いていなかった者は、覚悟もできていなかったようで顔が蒼くなる。
「それで一体…」
言いさした私の言葉がふと止まる。
自分でも何故そんなことをしたのかわからない。
ただなんとなくだ。
なんとなく違和感を感じた。
私は、入って来た兵士と、陛下の間に身体を入れる。
その瞬間、目にもとまらぬ速さで兵士が迫り、私の身体を吹き飛ばした。
「ガ…ハッ!?」
壁まで吹き飛ばされ、透明な壁にぶつかる。
「な、何が…?」
「ほう!我が一撃を受けて息があるか人族!む?いや、これは…身体強化の魔法が消えておるのか?そうかこの部屋魔法を無効化するのか」
「ま、魔族!?」
視線の先に、慌てて入ってきた気の弱い兵士の姿はなく。
代わりにあったのは筋骨隆々とした魔族の姿。
「しかし、それはそちらも同じようだ。魔法が使えぬだけの状態で、獣族ならまだしも人族が我らに歯向かえると思うなよ?」
加えるならば、こちらには今武器もない。
王城での武器の携帯は禁止であるが、魔人巨兵が現れてから取りに行ける時間はあった。
王城の防御力を過信したこちらのミスだ。
まさかプライドの高い魔族が変装などという真似をして乗り込んでくるとは思わなかったのだ。
「っつ!お前はっ」
「何が狙いだ、魔族の男よ」
「陛下!?」
飛び出そうとした第一王妃の手を掴み、身代わるように前に出たのは、国王その人であった。
王妃は、自分が時間を稼ぐつもりだったのに、逆に王に庇われる状態となったことに当惑しているようだ。
しかし、私には王の気持ちがよくわかった。
あの人は、王妃の方が実力があり強いのだとしても、自分の愛する相手を矢面に立たせてジッとしておける人ではない。
あの魔族の前では、ここにいる誰も勝てぬのだから、それならば我が身一つで許して貰えるよう交渉でもするつもりだろう。
あのお人好しで馬鹿な王は。
私の友は。
王たる者は、誰を犠牲にしてでも生きねばならないというのに。
「それはもちろん、この国の王の命だ」
「ならば私一人の命でここは退いて貰えぬだろうか?」
予想通りすぎて腹がたつ。
そしてこの後の魔族の返答にも予想がつく。
「お前は馬鹿か?せっかくここまで浸入したんだ!皆殺しに決まっているだろう?」
くそっ身体が動かん。
老いとは恐ろしいものよ。
ここにレーケルがいたら何と言われるか。
恐怖で竦んで動けないものも中にはいる。
だが、軍務卿や外務卿、東を除く辺境伯たちは戦う意思を顕にし、宰相や他の閣僚たちは恐怖を顕にしながらも陛下の前に立つ。
それは前王陛下も一緒であり、王妃殿下たちは王太子殿下をお守りする形を取る。
このような状況でありながら、逃げ出そうとする者はいないことに、私は場違いにも嬉しく思う。
そんな私たちを面白そうに見やり、だが決して見逃すつもりはないというように、魔族の男は一歩と踏み出す。
そして、一歩。
魔法は使えなくても漏れ出る魔力に圧倒される。
もはやここまでか。
ドガァンッ
そう諦めたとき、部屋の壁をぶち破り、何かが、誰かが中へと入ってきた。
それは緋色の鱗を持つ、人の形をした竜。
第一位かと思った。
しかし、あの男は竜形態と人形態が明確に違い、このように半竜というような姿になれるとは聞いたことがない。
では誰か。
答えはすぐにわかった。
「随分好き勝手してくれてるみたいだな、魔族」
最近では何度も聞いたことのある、息子の大切な友達の声だった。
「生きて帰れるとは、思うなよ?」
竜の顔で不敵に笑うその冒険者は、一度わかってしまえば、人の姿とまったく変わらない印象を抱かせた。




