第106ページ まだまだ会議中
「ふむ…聞きしに勝る経験を積んでいるようだな。これがここ半年のことだというから、恐れ入る。どこかの誰かさんのようだ」
王の視線がベンに向けられる。
ベンはどこか不服そうにしている。
「問題は山積みのようだ」
「そうですな。魔族、魔神、邪神教徒に加え、神聖教国。いやはや、今代は大忙しですな」
「まったくです」
王の発言に、内務卿モーリス・フォン・フュルストと、軍務卿ルビウス・フォン・アームストロング伯爵が賛同する。
内務卿は、宰相のフュルスト公爵の弟であり、30代の男。
がっしりとした体格をしているが、武漢というわけではなさそうだ。
ルビウス・フォン・アームストロング伯爵は、40代半ばの筋骨隆々とした男性。
口ひげを生やし、シュレルン公爵にも負けないいかつい顔をしている。
「しかし、神聖教国の目的はなんなんでしょうな?」
「目的が、この王国であるのか、王家であるのか、はたまた前王陛下個人であるのかで対処も変わってきますからな」
「王家の警備を増やした方がいいのではありませんかな?」
「心配には及びませんわ。前王陛下は当分の間、王城より外出致しません。国王陛下と第一王子殿下、そして第二、第三王妃殿下もです。もちろん第二王子殿下も。第一王女殿下、第二王女殿下、そしてこの私は、自分の身くらい守れますわ」
発言したのは、第一王妃コーネリア・リザ・マジェスタ・フォン・アッシュフォド。
薄々気づいていたが、第二王女の強さは血らしい。
第一王妃もそれなりの強さを有しているのがわかる。
そして、王家を現在取り仕切っているのも第一王妃のようだ。
陛下は尻に敷かれているな。
第二王妃は、仕事ができそうな美人タイプ。
第三王妃は、優しい風貌の癒し系美女。
あの国王も、うまくタイプの違う美人を集めたものだ。
第一王妃が爛々と輝く紅い髪を揺らしながら言うと、みんな一斉に苦笑いを浮かべた。
特に王家の面々はそれが濃いが、反論するつもりはないようだ。
前王だけ何か言おうとして、キッと睨まれすごすごとひっこんでいた。
「神聖教国は、前王陛下に暗殺者を送り込んだ。冒険者により阻止されたが、由々しき事態だ。しかし…」
国王は言い噤む。
その理由を、この場にいる全員が理解していた。
国家の威信をかけても、父を殺されそうになった息子としても、神聖教国に何もしないというわけにはいかない。
しかし、報復による戦争をするにしても、神聖教国との距離はあまりに遠く。
更には、今人族同士で争っても喜ぶのは魔族だけである。
簡単に言えば、神聖教国などに関わっている時間はないのだ。
しかし、やらないと舐められる。
難しいところではある。
「神聖教国は、とりあえず保留でよいのではないですか?」
発言したのは、外務卿レイチェル・フォン・リガード伯爵。
リガード伯爵は、閣僚の中で唯一の女性だ。
金髪を肩の長さで切りそろえ、眼鏡をかけた鋭い目をしている女性であり、こちらも年齢不詳。
きつい印象を与えるが、美人だ。
「どういうことだ、外務卿?」
「はっきり言ってしまえば無視をするのです」
「だが、それでは諸国に我々が恐れをなしていると見られかねませんぞ?」
こちらはオーゴ・フォン・ブリシュナー辺境伯。
実物を見るのは初めてだが、なるほど成金みたいな格好をしている。
全ての指には、宝石の嵌った指輪があり、きらびやかなマントを羽織っている。
ふくよかというか、巨漢というか、重そうな体型をしていながら、その動きは緩慢ではあらず、どうやって動いているのか気になる。
東の辺境は、あくまで王国内ではという注釈がつくが、神聖教国に一番近い。
周りの風聞を気にしているのだろう。
「諸国にはこう言っておけばいいのです。今我が国はあのような国に構っていられるほど暇ではない、と」
おっとこの外務卿さんは、かなり好戦的な部類に入るのか?
発言を聞いて男性陣はその目にブルっと震え、女性陣は口の端を釣り上げた。
特に第一王妃は面白そうにしている。
この二人絶対仲がいいと思う。
「ふむ…確かに実情その通りなのであるからそれでよいか。情報だけは集めているように」
「はっ」
頷いたのは諜報部のトゥース部長。
公爵も難しい顔でうなずいている。
「では次に邪神教徒ですかな?」
「そうだな。魔族に対してはここで大きな策はでてきまい。大陸を越えての進軍など夢物語である。あるいは、帝国や獣大陸と協力すれば可能かもしれぬが…」
「帝国は今、跡目争いに夢中のようですからな。おっと、失礼。昔からでしたな」
人族の三大国に数えられるデレーゼン帝国は、次期皇帝をめぐって兄弟で争っているそうだ。
皇帝は、その跡目争いを面白いと思っているらしく、わざと自分で指名をせずに勝った方へ譲るとだけ言っているらしい。
傍迷惑な話だ。
武力抗争が起きているわけではないそうだが、水面下では色々なやり取りが行われており、他国にも影響がある。
どちら側に付くつもりか、との問い合わせがくることもあるそうだ。
ちなみに王国は完全に中立としている。
大陸一の領土を持つ王国が、どちらか一方に肩入れをすれば、ほぼほぼそちらが次期皇帝ということになってしまうからだ。
それでも、こちらに付けばどうたらこうたらと、言ってくる者もいるようである。
「現状維持しかあるまいよ。魔神にしても同様だ。イスベル辺境伯、頼んだぞ」
「コーネリア殿下もおります。お任せください」
クーリッシュ・フォン・イスベル辺境伯。
北の辺境、魔大陸へと地続きとなっているベリグランド大山脈に居を構える彼は、屈強な体格と、それに似合わぬ白い肌をしている。
「コーネリアか…あやつにも無理をするなと伝えてくれ」
「必ずや」
イスベル辺境伯の返答に頷き、宰相に視線をやる。
心得たと宰相が頷き、口を開く。
「それでは、邪神教についてですが…いくつかの支部はの場所はわかっています。しかしながら本部については…」
「不明か」
「はい。候補地さえもわからぬ状態でして」
そんな簡単にわかることではないとは思うが、候補地も上がらないというのはどういうことなのだろう?
この世界に世界地図はある。
とある一人の男が、世界を歩いて作り上げた地図が。
最重要品であるし、男が書き上げてからもうかなりの年月が経っているから多少の違いはあるだろうが、それでも大陸で唯一その地図を有している王国が、候補地も見つけられないとは。
「怪しい個所は調べているのですが、見つかりません」
ヘンリー部長が、悔しそうに言う。
誰もヘンリー部長を攻めはしないが、責任を感じているようだ。
それはラッセン公爵も同じようだが。
「何か手掛かりがあればいいのだが…」
「…私が生け捕りにした邪神教徒たちはどうなのです?」
差しでがましいかと思ったが、口を開く。
アキホでは幹部級と思われるゲイルには逃げられ、枢機卿と名乗っていたサメドラは死んだが、何人かは捕まえていたはずだ。
碌な情報は持っていないと思うが、何かの手がかりにはなるのではないか。
「死んだよ。王都に護送されたその牢獄内でな。君がせっかく捕まえてくれたのにすまない」
アームストロング軍務卿が答えてくれる。
それはつい最近のことであり、死因は毒殺。
誰がやったかは今調査中ではあるが、つまりそれは。
「王国内に邪神教徒がいるということですか?」
俺の発言に、場が暗い沈黙に包まれる。
しまった、言ってはまずかったか。
この場をどうしようかと、俺が考えを巡らせていると、外が何やら騒がしくなってきた。
また、このパターンか。
扉が勢いよく開かれる。
「どうした!?」
こんなことは普段絶対ないのだろう。
その場にいた全員が驚きの表情で開かれた扉から中に入ってきた人物を見る。
「た、大変です!王都近郊に巨大な何かが出現!現在王都に向かって来ています!数は20!し、至急ご確認の上、ご指示を!」
全員の顔に驚愕が浮かぶ中、俺はひそかにため息をついた。




