第100ページ 一番街散策
翌朝。
ちょうど俺が起床したタイミングで、ノックの音が鳴る。
開けると、ジェームズが立っており、朝食の支度ができていることを伝えられた。
まるで俺がこの時間に起きることを知っていたかのようなタイミングで、少し恐ろしくなってくる。
俺がジェームズの近づいてくる気配で起きたのかと言われれば確実にそうではない。
この人、気配どころか音さえ立てないのだ。
いやいや、仕える家で気配を消すなと言いたい。
朝食も、これまた白米であり、なんと味噌汁付きだ。
日本人的朝食だな。
これもベンが頼んでくれていたのだろうか?
聞いてみると、実際そうのようだ。
だが、公爵家の人もこのメニューが結構お好みらしく、割と頻繁に出てはいるようだ。
なんだか嬉しい。
朝食を食べ終えた俺は、一度公爵家を出て辺境伯が泊まっている宿へと向かう。
馬車を出してくれると言われたが、別にそんなに遠いわけでもないのでアステールと歩いていくことにする。
識図展開のおかげで、迷うことなく目的地に到着。
ラッセン辺境伯にお目通りを願うと、しばらくして入ってよしと言われる。
「おはようございます、辺境伯」
「あ、ああ。おはよう。お前から私的な時間に敬語を使われると少し怖いな」
「失礼な。人がせっかく敬意を持って接しているというのに」
「悪い悪い。そっちの口調でもう慣れてしまっているんだよ」
ラッセン辺境伯はそう言って笑う。
歳は20以上離れているが、辺境伯は俺のことを友人のように思っていてくれているらしい。
だから俺もそれに応えようと思うが、王都では礼儀どうこうと五月蝿い奴らもいそうなので敬語を使うと、やめろと言われてしまった。
こういう場だけは今まで通りにしよう。
急に変えるのも変といえば変だからな。
決して笑われるからという理由ではない。
「それで、どうしたんだ?」
「ああ。聞いているとは思うが、シュレルン公爵家で世話になることになった。一応俺の口から報告をと思ってな」
「妙なとこで律儀な奴だな。ああ問題ない。シュレルン公爵は悪い人物ではないし、宿とも近くなった。むしろいいことづくめだろう」
「公爵と面識が?」
「まぁそれはな。あまり話したことはないが、お互い上位貴族だからな。シュレルン公爵家は代々王家門外顧問と呼ばれる役職に就いていてな。あまり公務に関わりは持たないが、王国中に独自の情報網を張り巡らせている。仲良くしといて損はないと思うぞ」
「なるほど…」
その情報網に合わせてベンの能力を使えば公爵の下にはこの国中の情報が集約できるだろう。
門外顧問というのがどういう役割かはわからないが、貴族にとっても情報は大事だ。
公爵ともなるとその重要さは他よりも大きいはずだ。
ラッセン辺境伯の下を辞した俺は、昨日は二番街を回ってどうせ一番街にいるのだからと開き直って一番街を回ることにした。
公爵やベンからも何かあればシュレルン家の名前を出していいとありがたい言葉をもらっているというのも大きい。
一番街は二番街と違い人通りが少ない。
貴族が利用する高級店などが多いことから一般人などはあまり来ないからだろう。
それでも0というわけではなく、貴族の他にも少し身なりのいい冒険者なんかも見える。
おそらくは高ランクの冒険者であるのだろう。
ここには腕のいい鍛冶師や鎧職人もいるという話なので、そういった店を見に来たのか。
俺も目のついた鍛冶屋に入ってみたりするが、やはりガイアの親父さんの店の方がいい品を作っている気がする。
贔屓目が入っていることを否定はできないが。
何件か見て回ってみたが、やはり惹かれるものはない。
ここはもう親父さんに無理を言って色々作ってもらうことにしよう。
そうしよう。
幸い竜の火酒をお土産に持って行ったらかなり上機嫌になっていた。
ちょっとの無理は聞いてくれるだろう。
賄賂じゃないぞ?
武器屋巡りをやめ、今度は目に付いた魔道具店に入ってみる。
アキホの所よりも品揃えは遥かに多いが、値札に書かれている0の数も多い。
買えないわけではないが、これはよく考えて買う必要があるだろう。
「いらっしゃいませお客様」
「なっ!?」
声をかけてきたのは、アキホで出会った店員だった。
慌てて外に出て確認すると、確かに魔道具店「オスピス」と書かれている。
どうやら同じ系列の店のようだ。
「驚いた。お前、こっちに転勤になったのか?」
「いえ?私はずっとこちらに勤めておりますが」
「何?だってアキホで会っただろ?」
「ああ、アキホ支店にも行ってくださったのですね。アキホにいるのは私の弟になりますかね」
よく似た兄弟だ。
瓜二つじゃないか。
見分けられる気がしないな。
「本日は何かお探しですか?」
「冒険の役に立ちそうな物を」
「でしたらこちらにどうぞ」
案内されたのは、やはり二階。
置いている物は違っても店内のレイアウトは変わらないらしい。
「これなどいかがでしょう?」
「ふむ…」
出されるのはどれも一級品だと解るものばかり。
だが、前と同じで、絶対必要かと言われるとどうにも疑問がある。
スキルで代用可能だったり、今持っている物でよかったりだ。
「ん?これは…」
―・―・―・―・―・―
【魔道具】剛力の腕輪
品質A、レア度5、魔道具職人ドン・ジノサンの作。
嵌めた者の膂力を増す腕輪。
【魔道具】俊敏の|足輪
品質A、レア度5、魔道具職人ドン・ジノサンの作。
着けた物の脚力を増す足輪。
―・―・―・―・―・―
俺が気になったのは、この二つ。
しかし、俺が付ける為ではない。
俺には例のスキルがあるからとりあえず必要ではなくなったのだ。
アステールに着けさせるのはどうかなと思ってのことだ。
サイズの調整は必要であろうが、アステールの戦力が上がるのは歓迎すべきことだろう。
「これは魔物にも効果があるか?」
「人、魔物問わず魔力があるものならば」
というわけでこの二つをお買い上げした。
ただ、サイズの調整に少し時間がかかるということなのでまた後日受け取りに来ると言い今日は帰るとする。
「何故ないのだっ!」
「申し訳ございません。只今品切れとなっておりまして」
「ん?」
俺が店を出ようとした寸前。
フロア全体に響く怒鳴り声。
そちらに視線を向けると、着飾ったガマガエルのような貴族風のまだ若い男と、その後ろにほっそい執事が立っていた。
どうやらお目当ての品がなくて怒っているようだが、相対している女性店員は表情一つ変えずに頭を下げている。
柳に風ではなく、鉄壁に風という感じだ。
何の心配もいらなさそうだったので、そのまま帰ろうとした瞬間。
イラただしげに辺りを見回していた貴族の男の目が俺と合った。
俺は慌てて目を逸らす。
一秒でも長くあの顔を見ていたら気分が悪くなりそうだったからだ。
「おい!そこのお前!」
なんだか声がかかった気がするが、俺の名前を呼ばれたわけではないし、無視して帰ることにする。
外に出てアステールを促し、公爵家に向かって歩き出す。
「待てお前!」
後ろから声が追ってくるが、無視だ。
関わっていられるかあんな醜いやつ。
俺は少し速度を早め、足早にその場を立ち去った。




