第99ページ 晩餐
「ようこそ、クロバ殿。我がシュレルン家へ」
公爵に促され、その対面の席に着席する。
ベンがヒラヒラと笑顔で手を振ってきた。
「お招きいただき光栄です。シュレルン公爵様」
「なんの、招きに応じていただいて幸いだ。もうお分かりのようだが、私がシュレルン家現当主、ジェイコブ・ヴァイスハイト・フォン・シュレルンだ」
「妻のレーケル・フォン・シュレルンです」
「ベンジャミンの兄のヨーゼフ・ソレイユ・フォン・シュレルンだよ」
「俺の紹介はいらないね!久しぶり、シュウ」
「ご丁寧に。冒険者をしているシュウ・クロバです。久しぶりだな、ベン」
俺がベンに笑っていうと、ベンの家族は少し驚いたような顔をして、その後柔らかく笑った。
いや、公爵だけは笑いをどうにか堪えようとしている。
何故だろうか?
そのせいで厳つい顔が変にピクピクしており、怒っているようにも見える。
ん?怒っているのか?
公爵家の子どもにタメ口はまずかったのだろうか。
「オホン!それでシュウ君。シュウ君は異世界人だそうね?」
公爵夫人が、俺が公爵を見ているのを見て、事情を察したかのように咳払いし、強引に話を変えた。
ベンが異世界人だということを言ったのだと思うが、まったく軽々しく言いやがって。
構わないがな。
「左様でございます。ベンとは同郷ということになるのでしょうかな?」
俺がそう言ってベンを見ると、ベンは相変わらず笑っていた。
何がそんなにおかしいのやら。
「何とも面白い話だね。実に興味深いよ」
ベンのお兄さん、ヨーゼフさんは、かなりの美男子だ。
金色の肩まで伸びた髪を、後ろで軽く結んでいて、碧眼の綺麗な瞳をしている。
体は細く、文官タイプのようだ。
発言からもそんな感じがする。
「兄さんは今、王国図書館に勤めているんだ。父さんが引退するまでだけどね」
「私はもうしばらく引退する気はないぞ」
そんなとりとめもない話をしていると、料理が運ばれてきた。
「これは!」
運ばれてきた料理を見て、俺は驚く。
そこには神々しくすら見える白米とお椀に入れられた味噌汁。
更には鮭の切り身に卵焼きと完全な日本食だ。
これはベンの心遣いということだろうか。
そう思ってベンを見ると、にっこりと笑っていた。
ありがたい。
ありがたいが…これ朝食メニューじゃないか?
けれど俺は喜び、「いただきます」と手を合わせてから懐かしき日本の朝食に手を付けた。
公爵家の面々はそんな俺を微笑ましそうに見ていた。
久しぶりに食べる日本料理に俺の舌は大満足した。
ただ、完全な洋風建築の屋敷で和風の料理を食べるというのは、なんだか変な気分だ。
いや、食べている時はまったく気にもしなかったのだがな。
そんなこんなであっという間に晩餐は終わった。
俺は終始料理に舌鼓を打ち、それを公爵家は面白そうに見ていた。
会話はほとんどなくて、食後それを謝ったが、気にしなくていいと言ってくれた。
「そうだ、シュウ君。今は宿に泊まっているそうだね。ここに泊まるといい」
「…はい?」
晩餐が終わった後、公爵が何気なく言ってきた。
「それはいいわね!」
「いいね。ベンも喜ぶだろう」
「部屋はたくさんあるしね!」
いやいやいや、話が進んでいっている。
何が困るって特に断る理由がないということだ。
公爵家は、俺の想像とは全然違った。
規模は想像以上にでかかったし、公爵家の面々は想像以上にフランクだった。
約一名そうは見えない人がいるが、やはり機嫌が悪いとかではなく感情を隠そうとしているようだ。
怒っているように、見えなくもないから成功していると言えばしているのだろうか?
いや…どうだろうか。
「ですが…」
「別に構わんだろう。ベンの言うとおり部屋もたくさんある。どうかね?」
「わかりました。感謝致します公爵様」
「うむ。それでは今宵はお開きとしよう。楽しい時間だった。ジェームズ、シュウ君を客室に案内しなさい」
「かしこまりました、旦那様」
「後で遊びに行くね!」
ベンがかけてくる声に頷き、俺はジェームズの案内に従い客室へと向かう。
俺が今泊まっている宿と、ラッセン辺境伯への伝言は公爵家でしてくれるらしい。
辺境伯には、明日顔を出して俺からも報告をしよう。
客室だという部屋は、さすがというべきか、俺が今泊まっている宿よりも上等な部屋だった。
あの宿もそんなにランクが低いわけではないのだが…
ジェームズが一礼して去ったあと、ベッドの上でくつろいでいると、トントンとノックの音が。
どうぞと声を掛けると、入ってきたのは案の定ベンだった。
「やぁシュウ、どう?俺の家は」
「想像以上だな。まったくいい身分だことで」
「ほんとにねぇ。前世からは考えられないよ」
ベンの前世は一般的な高校生だったそうだ。
交通事故で呆気なく死んだと笑って言っていた。
笑うことか?
「お前に聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと?何?」
俺はここに来るまでに魔人と遭遇したことを話す。
ベンは驚き、そしてベンが遭遇した魔人について教えてくれた。
と言っても、ギルバートから聞いた話と被っており、新しい情報は得られなかった。
「それにしても、さすがシュウ。トラブル誘引体質だね」
「お前にだけは言われたくないな」
ベンの過去の話は触りくらいしか聞いていないが、その称号の多さからしてもかなりの経験をしている。
人のことは言えないはずだ。
「そういえばサラはどうしたんだ?」
「ああ、なんか修行に行くって出て行っちゃった」
「…大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。絶対帰ってくるって言ってくれたから」
ベンは笑って言う。
その笑いには何の憂いもなく、サラが強くなって帰ってくるのを疑っていないようだ。
ベンがそうなら俺から何も言うことはない。
俺はその話をそのままにして、後はとりとめもない話をしていた。
もちろん米の話を聞くのも忘れない。
それによると、王国から東、アース共和国という所で稲作が行われているそうだ。
治安もいいらしいので、是非行ってみねばならんな。
その他にも、ベンからはこの世界で役立ちそうな情報をいくつか教えてもらった。
同郷ということで俺が欲している情報というものを教えてくれる。
ありがたい。
アステールの所に行ったり、トマスも呼んで話したりしていると、いつの間にか時間は過ぎ、時刻は真夜中と言っていい時間になっていた。
もう遥か昔のように思えるが、子どものころに友達の家へと泊まりに行ったときのことを思い出す。
こちらでも気を許せる友達がいるというのは、嬉しいことだ。
また明日と言って、ベンは自分の部屋に戻っていった。
トマスも自分の部屋へと戻っていく。
トマスの家は、この隣にあるらしいのだが、どうせいつもこちらに来るのだからと住み込み状態だそうだ。
俺も自分が当てられた部屋へと戻り、こちらに来て初めてではなかというフカフカのベッドで眠りについた。




