第98ページ 公爵家への招待
「ベンジャミン様は現在、七星剣として危機管理特務部隊の長をされておられます。有事の際は、先遣となるお役目です。本日は、王城にて仕事をされていました所、ラッセン辺境伯が、王に謁見に来たとの報告がありまして、ご挨拶をするとシュウ様もいらしているということで、シュウ様の泊まっている宿を調べさせていただきました」
……調べた?
俺は一応の名目上ラッセン辺境伯の護衛としてこの街に来ているため、ラッセン辺境伯にはその所在を伝えておく義務がある。
昨日、宿を取った後に、辺境伯を訪ね二番街のどういう宿に泊まることになったのか報告をしているし、そもそも今泊まっている宿が厩がいいのでそこにするといい、と薦めてくれたのが辺境伯だ。
その紹介もあって俺はあそこに泊まれたのだから。
ラッセン辺境伯に聞けばいいだけのことなのに、わざわざ調べたのか…
そしてそれ程の時間があったわけではないだろうに、完璧に調べて俺が帰ってくるまでに宿で待ち伏せるとか、さすがというかなんというか。
トマスに連れられ、馬車に乗り、俺は王城の程近くにあるという一番街に向かっている。
馬車の横ではアステールが悠々と歩いているが、どうもアステールのブラックヒッポグリフという種は認知度が低いらしく、魔物として恐れられることはあまりない。
逆に、その毛並みの美しさに見惚れる人の方が多い。
俺としては嬉しいのだが、それでいいのかとも思ってしまう。
アステールはまだランクA程度の力しか持っていないが、それでもただの一般人からしたら脅威である。
それなのに、今日も散策中に子どもが駆け寄ってきて触っていいかとキラキラした目で言ってきたりした。
それはもう嬉しそうにアステールを撫でて、我慢できなくなったように大人まで言ってきたが、アステールは満更でなさそうな顔をしていた。
さすがにもみくちゃにされそうになると翼を広げて拒否していたが。
アステールは俺の従魔となってから、人との距離が近い気がする。
人懐っこいというか。
最初は、俺のことなど興味もないといった感じだったので生来の性格ではないと思うのだが、どうなのだろうか?
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公爵家は、王城の裏手にあり、広大な敷地面積を保有していた。
家の前には庭が広がり、聞けば中庭と裏庭もあるそうだ。
家の造りとしては、洋風建築であり、王城に気を遣ってかあまり大きくはしていないようだが、それでも一般的な屋敷に比べると大きい。
門番をしている兵に開門を命じ、馬車は中へと入っていく。
こちらの世界ではあまり見ない、石畳の道は、屋敷へと一直線につながっており、門と屋敷の丁度真ん中辺りに噴水がある。
何よりも驚くのは、庭にある自然だろう。
丁寧に整備されている庭園。
薔薇や、その他美しい花が咲き、立派な樹が生えている。
様々な色の精霊たちが飛び交い、少ないながらどうやら妖精もいるようだ。
サルベニーでティアから妖精と人族の関係を聞いていたので、これは驚くべきことであるが、そういえばベンの称号に「妖精の友」があったのを思い出す。
如何にしてこういう現状になったのか、聞いてみたいものだ。
西洋の物語に出てくるような光景を見ている気分で、俺は庭園を楽しみながら、屋敷へとたどり着いた。
これだけでもここに来た甲斐があったというものだ。
「いかがですか?私の祖父と、奥様、それからベンジャミン様がお造りになった庭園は」
「すごいな。こんな立派な庭園が見れるとは思っていなかった」
前世の知識を持つベンが手を加えた結果、庭園はどんどん豪華になっていったそうだ。
元々トマスの祖父で、現在シュレルン家の執事長をしている人と、ベンジャミンの母親は、こういったことに凝るタイプだったようで三人であっという間にこの庭園を完成させてしまったという。
シュレルン家の財力、ベンの知識、公爵夫人のセンス、執事長の手腕。
その全てを注ぎ込んだ結果が、この大庭園なんだそうだ。
裏庭には草垣で作った迷路があるという。
それもベンが作ったそうだ。
当主であるベンの父親は、当初呆れていたようだが、この庭園が王国貴族、果ては王族にも大変人気となっており、今では任せているそうだ。
専門の庭師も雇い、莫大な資金によりこの庭は維持されているのだとか。
さすが、大貴族。
やることが違う。
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「ようこそいらっしゃいました、クロバ様。私、シュレルン家で執事長をしております、ジェームズ・ビヤンネートルと申します」
トマスが開けてくれた扉から中に入ると、まるで映画か何かのワンシーンのようにメイドが左右に一列で並び、階段までの道を作っている。
その道の真ん中で胸に手を当て、俺を出迎えてくれたのが、先程少し話に出た、トマスの祖父であった。
「初めまして。冒険者をしております、シュウ・クロバと申します」
俺がそう挨拶すると、少し驚いたような顔をしたあと、柔らかく笑って一礼をした。
「私にそのような言葉遣いは不要でございます。ささ、お館様とベンジャミン様がお待ちです。どうぞ中へ、早速ではございますが、食堂へとご案内致します」
さすがにアステールは屋敷の中に入れるわけには行かないので、外にある厩というにはあまりに豪華な建物でお留守番だ。
俺はジェームズの案内に従い、階段を上がり奥へと進む。
というかあのメイドさんたち、30度の角度で礼の姿勢をしたまま一切動かなかったぞ?
すげーな。
ジェームズは、朗らかに話しかけてくれて、特に緊張していたつもりはなかったが、無意識のうちに強ばっていたらしい身体が食堂に着くまでにはゆるくなっていた。
そこもジェームズの狙い通りなんだと思う。
道中退屈にさせず客のことを考える。
執事長としても優秀なことが伺える。
それに、体運びや、その老齢ながら引き締まった体を見れば、執事長として以外も優秀なんだろうなということもわかってしまう。
頭もよさそうだし、俗に言う完璧超人というやつであろう。
こんな執事がいれば家は楽なのだろうな。
特に欲しいとは思わないが。
「どうぞお入りください」
礼をしながら扉を開けてくれるジェームズに促され、俺は中へと入る。
広々とした部屋の真ん中に20人くらいは余裕で座れそうな大きな縦長のテーブルが置かれ、その上座である正面席に、壮年の厳つい顔をした男性が座り、右隣に俺より年上の男性、左隣に年齢不詳(正確な年齢を測ろうとした瞬間殺気が飛んできた)の女性が座っている。
男性の隣にベンが座っており、後ろから入ってきたジェームズが壮年の男性の斜め後ろに立つ。
「ようこそ、クロバ殿。我がシュレルン家へ」
厳つい男性、シュレルン公爵が、何故か口元を痙攣させながら声を発した。




