閑話 ティア・ニータ
「行ってしまいましたか…」
あの人の魔力が遠くなっていく。
そのことに寂しさを覚えながら、また来ると笑っていたあの人を思い出して、少し気持ちが和らぐ。
「女王様が外に出た!」
「外に出たね!」
「引きこもりの女王様が!」
「いつぶり!?」
「何年!?何十年!?」
「何百年かもよ!?」
「何千年ではない!?」
「う、うるさいですよ!!」
私の気持ちを知ってか知らずか、周りで幼い妖精たちが騒ぎ始める。
文句を言うとキャッキャと笑い声を上げて、飛んでいってしまった。
しかし、あまり遠くには行かず、こちらを見ながら笑って話している。
「まったくもぉ」
妖精たちから指摘された事実に頬が熱くなるのを感じる。
何千年ということはないが、私が外界に出ないのは確かだ。
自慢ではないが、私は女王として通常の妖精よりも遥かに強力な力を持っている。
精霊王と同様に、その力は下位の神にも匹敵する物だ。
当然、そのような力の持ち主がいきなり現れたら、同じく力を有する者たちには気づかれる。
無駄な騒ぎが起きることはまず間違いないのだ。
今回は、完全に外界に出たわけではなく、特別な魔法を使い、自分の姿を映し出し、そこに意識を載せていただけだ。
それでも、気づく者は気づくだろうが、幸い近くに強力な力を持った存在はいなかった。
一人を除いて。
きちんと気づいてこちらを見てくれ、手まで振ってくれたあの人を見て、今度は顔全体が熱くなる。
人相手にこんな感情になるなんて自分でも信じられない。
異世界人に会ったことは、これまで何度もある。
最近で言うと、彼も友人だと言っていたベン少年にも会った。
そのあとに、ここを訪れた少年は、魔物を引き連れ友達だと笑っていた不思議な魅力を持つ少年であった。
妖精には、精霊のように心を見抜くといった能力はない。
しかし、妖精は邪心を持っていると見えないので、妖精が見えるということがそのまま邪心がないということになる。
それでも過去に妖精の捕獲事件なんかが起きた理由は、そういった魔道具が開発されてしまったからだ。
妖精の姿というよりは、妖精の魔力を見るのだそうだ。
精霊と違って、妖精は魔力と自然エネルギーが形を成した存在ではない。
それでも、その体のほとんどは魔力によって構成されており、魔力があれば呼吸も食事も必要ではないほどだ。
しかし、妖精が使う魔法に攻撃能力はなく、精々が相手に幻を見せる程度。
自衛能力はないと言ってよかった。
人に捕まることに恐怖し、この妖精郷を様々な手を借りて創ったが、最初の頃は恐怖と絶望で眠れない妖精たちもいた。
それが、薄れてきて人を招いても笑顔でいられるようになるまで長い長い時がかかってしまった。
過去の妖精狩りの光景が頭に浮かぶ。
必死に抵抗し、飛ぶ妖精たちを、虫か何かのように捕まえていく人族。
泣き叫ぶ妖精の声、嗤う人族。
その光景を振り払い、もう一度彼を思う。
傍にいると、無性に安心させられる人だった。
何があっても大丈夫だと、その余裕さが思わせた。
ここに招いた理由。
神聖教国を糺すなんてことは、一人間に頼むようなことではない。
結局首を縦に振ってはくれなかったが、彼は必ず神聖教国に行ってくれる。
何故か、その確信があった。
彼が行かないといけない理由はないのに。
そのことを嬉しく思いながら、同時に浅ましく思っている。
妖精は人なくては生きられない。
人族の滅亡は、自分たちの危機でもあるのだ。
結局私は、自分たちの為に、彼に死地へ行けと言っているのだ。
妖精族の為とはいえ、そんなことを簡単に言える自分と、何の対価もなく頼まれたという理由だけで動こうとする彼では釣り合わない。
そこまで考えて、結局自分はそんなことを考えているのだ、と。
桃色に染まった頭をブンブンと振りながら、もう一度彼の顔を、雰囲気を、声を、思い出す。
どうか、どうか彼の旅に幸あらんことを。




