第94ページ エピローグ
「「「ごめんなさい」」」
頭を下げる子ども達と、同じように子ども達の後ろで頭を下げるその親たち。
それを心配そうに見ているのは、この町の長たるフランチャー子爵だ。
そんな彼らの前には、ギガントビーとギガントクイーンビー。
彼らの巣である森の前で、子どもたちは先日の一件について謝罪をしていた。
深々と頭を下げる子どもたちを見やって、女王蜂が言葉を発する。
『子爵、私ハ犯人ヲ連レテコイト言ッタノダガ?』
「は、え?あ、あの、一応今回あなた様方の巣に魔法薬をまいてしまったのは、この子ども達でして…」
『子ドモ達ハアンナコトヲスルツモリデハナカッタト聞イテイル』
「え?!」
それは自分も伝えようと思っていたことだが、まさかもう誰かから聞いているとは。
一体誰がと思ったところで、子爵の脳裏に昨日までこの地に滞在していた冒険者の顔が思い出される。
一日足らずでこの町に巣食う犯罪者達を捕縛し尽くし、更に町の収入源である蜂蜜と、それを利用したお菓子の強奪を防いでくれたあのまだ少年と言っていい歳の冒険者。
もし、あの強奪計画がうまくいっていたら、サルベニーは向こう三カ月分程の収入を台無しにされていただろう。
それは、この町にとっても自分にとっても大問題となっていたはずだ。
感謝しても仕切れないのに、自分が依頼したこと以上のことをしてくれたのに、首謀者を捕まえられなかったと頭を下げてきた少年。
あれだけのことをしておいて、報酬は蜂蜜と洋菓子だけでいいと言われた時はどうしようかと思ったし、それすら受け取ろうとしなかった時は少し意地悪く思ったほどだ。
おそらくは彼が伝えていてくれたのだろう。
それ以外には考えられない。
『子爵』
「は、はいっ!」
思いにふけった子爵を、女王蜂が呼び戻す。
本来ならば、この2人は対等な関係であり、実際そうなのだが、子爵は女王蜂を自分より上に置いている。
それは、自分が生まれるよりも前からこの町に貢献し続けてくれている蜂たちに敬意を表したものであり、同時にビジネスパートナーとしての敬意でもあった。
『コノ件二子ドモ達ノ謝罪ハ不要ダ。連レテ帰ルガイイ』
その言葉に、子爵はハッとする。
それは、子どもたちのことを完全に不問に処すということだ。
それは、本来あり得ないことだ。
ギガントクイーンビーは、人語を操る知性がある。
しかし、その本質はやはり魔物だ。
しかも、彼女は仲間の安全を第一と考えているのだ。
過去の記録では、蜂たちに対しもっと多くの蜂蜜を要求したバカな先祖が、蜂たちから手痛い反撃を食らい、あわやサルベニー存亡の危機となったこともあるとなっている。
今回の件は、そうなってもおかしかない大問題であったのだ。
血気盛んな若いギガントビーには、人に仕返しをと言う個体もいた。
にもかかわらず、女王蜂は不問に処すと言ったのだ。
子爵は、その温情に自然と頭を下げる。
『早ク首謀者ヲ捕マエテ来イ』
頭を下げる子爵にそれだけ言うと、女王蜂はその身を翻す。
その言葉は、本心であって本心ではない。
女王蜂は、シュウから今回の顛末を聞いていた。
シュウは魔人という単語を出してはいないが、フランチャー子爵にした説明よりは、敵の能力など詳しく話していた。
それを込みして考えると、女王蜂にはこの町の住人にその相手をどうこうできるとは思っていないし、そもそももうこの町にはいないという話であった。
子爵からしても、シュウが捕まえられなかった犯人を、自分の手勢だけで捕まえることができるとは思っておらず、もし子どもたちのことをシュウが女王蜂に話していたならば、そういったところもきちんと話しているだろうと思っている。
事実女王蜂の言葉は本気で言っているような響きはなく、子どもたちを犯人と思ってはいない、と明確に示すためだけに言ったのだとわかっている。
だが、それに納得できない者がいた。
「待って!」
謝っていた少女が、立ち去ろうとする女王蜂に声をかける。
子どもたちは女王蜂と子爵との会話の意味がわからず、オロオロして親にどういうことか聞いていた。
安堵していた親が、細かく説明してやると、男の子2人は気の抜けたような顔をしたが、女の子はいきなり女王蜂を呼び止めたのだ。
その行動に、女の子以外の全員が驚いてそちらを見る。
そこには、幼いながらも何かを決意したような顔が浮かんでいた。
『ナンダ?』
女王蜂は、空中で静止し、女の子に向き直る。
その顔を見て、今度は女の子と目線を合わせるように、飛んでいる高度を落とした。
「あ、あの!わ、私になにかできることはありませんか!?」
『?』
「じょ、女王様は、私たちのせいではないって言ってくれるけどっ、で、でも!やっぱり何もしないのは嫌だからっ」
まだ幼い少女の声が響く。
年端もいかない少女の言葉に、大人を含めて全員が真剣な顔になる。
そして同時に気づく。
自分たちのなんて勝手なことか、と。
いくら女王蜂が関係ないと言えど、子どもたちが当事者であることは変わらない。
犯人でないと言ってくれても子どもたちが実際にやってしまったことは変わらない。
理由がどうあれ、事実は事実なのだ。
なのに自分たちは、子どもたちの気持ちなんて考えずに、大人だけで話を終わらせた気でいた。
それはなんて勝手なんだろう。
『……スマナカッタナ。オ前タチノ謝罪ハ受ケ容レヨウ。ソノ上デ、ソウダナ…ナラ私タチノ仕事ヲ手伝ッテクレルカ?』
子どもにできることなどタカが知れている。
それをわかった上で女王蜂は言っているのだ。
この子の気持ちを無駄にしない為に。
「は、はいっ!」
「お、俺も!」
「ぼ、僕も!!」
女の子が元気よく返事をすると、男の子たちも声を揃えて言う。
親たちはそれを見て、目尻に浮かんだ涙をそっと拭う。
フランチャー子爵は、その光景を、人と魔物という本来敵対関係であるはずの二つの種族が、絆を結ぶ光景を、この町で古来より培われてきたその光景を、大事そうに眺めていた。
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ここは花の谷サルベニー。
花々が咲き誇り、妖精が舞う地。
異なる種族が、手を取り合って生活する美しい町。
短いですが、これで五章完結です。
いかがでしたでしょうか?
この章は箸休め的な章だと思ってください。
次章からは騒動の連続となります。
さて、いよいよ六章では主人公が王都に入ります。
主人公やベン、七星剣もそろい踏み、無事で済むはずがありません。
いつものように閑話を挟んで、第六章 迫り来る脅威「王都星天会議編」どうぞお待ちください。




