第89ページ 蜂の巣襲撃事件
「ここがビークイーンの巣なのですか?」
「そうです」
フランチャー子爵に案内されたのは、昨夜訪れた場所とはまた少しずれて、小さいが森林のようになっている場所。
鬱屈とした雰囲気はなく、陽光が差し込めている。
ここにいるのは俺とフランチャー子爵、それから子爵の護衛の兵だけで、ラッセン辺境伯とギルバートは宿で待っている。
辺境伯は内心では面白そうだから付いていきたいと思っていたようだが、自分がいてもできることはないからと宿に残った。
「この場所は、特に秘匿されているわけではありませんが、町の者ならビークイーンの巣に何かしようとは思いません。町の貴重な収入源ですので」
となると、外部の犯行ということになるのか。
森の入り口あたりで、子爵から話を聞いていると、ブブブという羽音を立て、バスケットボール大の蜂が数匹こちらに近づいてくるのがわかった。
一番前にいる蜂は、他の蜂よりも一回り大きく、首回りをファーのように白い毛が覆っている。
おそらくはあれがビークイーン。
・―・―・―・―・―
[ギガントビー]ランクD
通常より数倍の体躯を持つ蜜蜂。
普段は穏やかであり、人に対して敵対行動を取ることはあまりないが、仲間がやられると集団で襲ってくる。
ギガントビーの作る蜂蜜は極上の味がする。
[ギガントクイーンビー]ランクB
ギガントビーを統率する女王蜂。
高い知能と、フェロモンを操る能力を持つ。
仲間を守ることを第一と考える。
・―・―・―・―・―
『子爵カ。犯人ハ捕マエタノカ?』
一度こちらをチラリと見てから、たどたどしい人語を話す女王蜂。
この女王蜂にしろ、竜や森で出会った熊にしろ、人語を話す魔物は総じて知能が高い。
だからこそ、人と対等に取引できるというものだ。
「現在捜索を急がせております。この場に来ましたのは、こちらのクロバ様に捜査を依頼しまして、彼は過去を視る能力を持っているのです」
俺の「全知眼」の能力については、もはや周知の事実と言ってよかった。
俺が隠す気もないということが大きい。
バレたところで防がれることもないのだから構わないだろう。
「シュウで構いません。初めまして蜂の女王」
『……其方…ソウカ、ティア様ノ言ッテイタ者カ。ウム、ヨロシク頼ムゾ』
子爵は、その言われた俺を不思議そうに見る。
ティア様というのが誰かわからないのだろう。
俺もここが顔見知りだとは知らなかったが、言ってみればお隣さんみたいなものだ。
そんなこともあるのだろう。
「では早速」
昔何があったのかを視ることは、かなりの時間がかかってしまうが、直近のことだけであるならば、実はそう難しくはない。
俺は全知眼を発動し、過去を視る。
慌てて駆け付ける子爵。
怒り狂い飛び出そうとする蜂たちを諌める女王。
動き回る蜂たち。
立ち込める煙。
そして、
「これは…」
「視えましたか!?」
「…はい」
できればこれは、視たくなかった。
「それで犯人は!?」
「三人です」
「三人!」
「はい。子どもが…三人」
「…え?」
俺の眼が映し出したのは、森に入り笑って瓶を開ける少年少女。
それは何の邪気もない子どもたち。
服装からして、町の子どもだろう。
視た限りの話を伝える。
それを聞いた子爵は、難しい顔をしてすぐに町へと戻っていった。
俺は女王蜂に視線を向ける。
「どうするつもりだ?」
『ドウスルトハ?』
「犯人を見つけて、お前たちに差し出して、そいつらはどうなる?」
『…ケジメハツケネバナルマイ?』
そう言う女王蜂の声には、温かみがあった。
だから俺は、それ以上言うのをやめて、町へと戻る。
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子爵は、町の一か所に子どもたちを集めていた。
多くの子どもたちは、理由もなく楽しそうにしている。
その中で三人だけ俯いて震えている子たち。
俺が視るまでもない。
確定だ。




