第87ページ 妖精女王
木の家の中へと招き入れられた俺は、丁重に饗されていた。
「美味しいな、これ」
振舞われたのは、ケーキのような洋菓子で、甘ったるくなく美味しい。
同時に出された紅茶のような飲み物も味がしっかりしていて飲みやすく、洋菓子と合っていた。
「お口に合ったようで何よりです」
妖精の女王という女性は、ティア・ニータと名乗った。
純白のスレンダーラインと言われるドレスを着て、その上に白銀のローブを纏っている。
頭上には白銀のティアラが輝き、美しい金色の髪と碧い瞳が特徴的だ。
落ち着いた静の雰囲気を醸し出しており、全てを受け入れてくれそうだ。
口の端に笑みを乗せ、こちらを見ている。
「それで、何の用なんだ?」
「特にはありません。あなたとお話しようと思いまして」
「お話?」
「お話です」
朗らかに笑って言われる。
そこには裏表が何もないように思われるが、だからこそ怪しいと思ってしまう。
「黒葉周様、あなたは異世界人でありながら、既にこの世界の住人です」
「…」
「ガイアを救い、アキホを救い、ギルヴェイアを救った。英雄と呼ばれる程の行いです」
「魔物を殺して、邪教徒を殺して、魔神を斬っただけだ。英雄なんて良いものじゃない」
ゴブリンを殺した時にも、邪教徒を殺した時にも、罪悪感はなかった。
それは、地球にいた頃では異常なことでもこちらでは普通のことかもしれない。
だから、気にしないように、考えないようにしていた。
だが、こちらでは普通でも、俺が初めから割り切っていたはずはないのだ。
にも関わらず、俺は何の忌避感も抱かずに、魔物を、人を殺した。
これが異世界補正とやらならいい。
もしも、俺の元々の気質としてそうであるならば…
考え込んだ俺を、ティア女王は優しく見ている。
慈愛を含んだ眼差しは、俺の考えを見越しているように思える。
「結論から申し上げますと、異世界人補正です。称号「異世界からの来訪者」には、様々な効果があり、精神緩和もその効果の一つです。大丈夫。あなたは正常ですよ」
「…それを伝える為に俺をここに?」
確かに、それを聞いて俺の心は安らいだ気がするが、それを伝える為だけに俺をここに呼んだとは考えにくい。
「一つの用事はそのためです。もう一つ、この世界に近づいている危機の話です」
「…魔神のことか?」
「ええ、それもあります」
「それもある?」
「破壊神ルベルベン。この世界を破壊しようと目論む神。しかし脅威はそれだけではありません。裁きの半神が目覚めました」
「裁きの半神?」
「人を裁く為に選ばれた半神半人の神。彼女が目覚めたということは、人を裁く必要があるということです」
「それはあるだろうよ。人は罪を犯し続けている」
「ええ。残念なことですが」
女王はそこで悲しそうに目を伏せる。
俺も人であるし、自分が決して善人であるとは思っていないため、あまり言えないが、人とはそういうモノだ。
それは、こちらもあちらも変わらない。
「しかし、彼女の裁きは人が人を裁くのとは全く違います。彼女の裁きは、神の裁き。罪人も罰も彼女の采配次第」
「…どういうことだ?」
「このままでは、破壊神が世界を破壊する前に、人族全てに罰が下る可能性もあるということです」
なんという過激な判決。
人族限定というのがまた。
「そこまでの罪を人族がしていると?」
「一部ですが」
「それでどうしろと?」
「人族全てに裁きが下る前に、一部の人族を正す必要があります」
「…」
「神聖教国。あの国を糾してください」
神聖教国。
爺さんを殺そうと、アキホまで遥遥やってきた連中か。
「そうだ、一つ疑問があったんだ。この世界には神がいるはず。奴らが崇めている太陽神とやらは、自分の信者たちの行いをどう思っているんだ?」
神聖教国は、聞く限りではあまりいい噂がない。
獣人亜人の差別。異教徒の弾圧。
上げればキリがないが、元々はそうではなかったと聞く。
「太陽神アポロシスは宙神と呼ばれる自然神の一柱です。その性質は、不浄を払い世を照らす。しかし、現在太陽神はその動きを封じられています。それどころか汚されているのです」
「汚されている?」
「信仰する人の心は、神を容易く変容させます。現在太陽神は汚され、その本質が変わってきています。このままでは…」
「神聖教国か…」
ベンからも忠告されているし、あまり行きたくはないのだが、出来るだけ早めに手を打つ必要があるのだろうか。
「あなたにこれを」
渡されたのは、虹色に輝く涙の形をしたペンダント。
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【神器】妖精の雫
品質A、レア度8、妖精女王ティア・ニータの作。
聖なる結界を張る力がある。
悪しき者の目を欺き、悪しき力を通さない。
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「あなたのお役に立てればよいのですが」
女王は悲しそうに微笑んだ。




