100部記念SS「休日の出会い」
100部記念のサイドストーリーになります。
ほんとは5章前に差し込みたかったのですが、うまくいきませんでした。
読まなくても本編に影響はありません。
秋から冬へと差し掛かるとある日。
空気が澄んで、天気のいい日。
最近は、曇っていることが多く、久しぶりに晴天となったこの日、俺は折角の日だから、と仕事をせずにアステールと空の散歩をしようと思った。
邪教徒共の襲撃から何ヶ月か過ぎ、ようやく活気を取り戻し始めた屋台通りで昼食を調達し、上機嫌のアステールを連れてアキホの外に出る。
「どこに行こうか、アステール」
「クゥル」
どこへ行くとも決めぬまま、俺たちは適当に進み始める。
「よし、アステール!あの木まで競争するか!」
「クル!」
指したのは、アキホから遠目に見える丘の上に一本立つ木。
目印としてはちょうどいいだろう。
俺は丁度いいので、スキル「天足」を習得した時に思ったアステールとの競争を行うことにする。
「よーい、ドンっ!」
俺の掛け声と同時に2人で駆け出す。
言っても天足は、音速をも超える速度で走れる。
俺は少し手加減してやるべきかと思っていた。
だが、実際音速以上を出そうとすれば何らかの対策を取らないとこちらの体が保たない。
更に、アステールは音速に迫る速さで駆けれるようであった。
つまりは、
「負けた…」
「クル!」
こちらに来て初めてというくらいに全速で走り、地竜と戦った時並に、息を乱した俺を、得意気にアステールが見下ろしてくる。
アステールも肩で息をしているが、それでも俺の方が疲れていることは確かだ。
「ほっほ、若者は元気じゃのぉ」
そんな俺たちに声をかけてくる老人。
どうやら木の影で休んでいたようだ。
「悪い、爺さん。邪魔したか?」
ようやく息を落ち着けて、老人に向く。
腰を曲げ、地に着く程の白髭を蓄えた、仙人といった風情の老人は、朗らかに笑っている。
「何の、愉しませて貰ったよ」
爺さんは、腰に括り付けた袋から、金平糖のような物を取り出し、俺の方に差し出してくる。
「これは?」
「アマアメというお菓子じゃよ。食べんかね?」
「ああ、ありがとう」
何粒か貰い、アステールにもあげると、初めは不思議そうに見ていたがひょいと食べて顔を緩ませた。
俺も食べてみる。
思ってたよりは甘くなく、だが確かな味があり食べやすい。
「仲がいいのぉ」
「まぁな」
アステールの首辺りを撫でてやると、嬉しそうに喉を鳴らす。
それを見て老人は優しく微笑んでいた。
「爺さんはここで何してたんだ?」
「儂かの?儂はしばしの休憩といったところかのぉ」
「へー?アキホに住んでるのかな?」
「ん?いや、儂は特に住んでる所はないかのぉ」
その言葉に俺は思わず首を傾げてしまう。
この時期はいくら魔物の出現率が低下していると言っても、老人が寄る辺もなく渡り歩くのは危険であるだろうし、何より老人の荷物は腰に提げた布袋のみ。
とてもではないが、旅をするような格好ではない。
「ほっほ、其方たちはあの町に住んでおるのかの?」
老人が指すのは遠目に見えるアキホだ。
温泉から立つ湯気が見え、カンカンとトンカチを振り鳴らす音が聞こえてくる。
「いや、俺は冒険者だからな。今はあの町に滞在中だが住んでるわけでは無いよ」
「ほっほ、そうなのか」
「今日は久しぶりに晴れてくれたからな。相棒と空の散歩と洒落込んでる訳だ」
そうかそうかと、何が嬉しいのか微笑む老人。
それに何だか気恥かしくなりながらも悪い気はしない。
「少し早いが、昼飯にしようかアステール。爺さんも一緒にどうだ?」
「いいのかの?」
「ああ。たくさん買ったからな」
ディメンションキーの中から串焼きを何本か取り出し、アステールと老人に渡す。
老人は嬉しそうに受け取って、美味しそうに食べ始めた。
そんな顔で食べられたら作った人も嬉しいだろうなというくらいの笑みだ。
「爺さんはどこから来たんだ?」
「そうじゃのぉあっちかのぉ」
そう言って老人はアキホとは逆方向を指す。
そちらには近くに逗留できる場所などなく、もし本当にそちらから来たのなら何日かは野宿しないといけない。
老人からは野宿をしたような気配はなかったが、この老人のどこか超然とした感じで、自分の知らない何らかの技術があるのかもしれないと思わせた。
この老人なら、雲を歩いて霞を食べて生きていますと言われても納得するだろう。
俺たちは少し早い昼食を食べ終え、それから揃ってその場に寝転がった。
木が日差しを遮断してくれて、いい感じの風が吹きいている。
気温もそんなに低くなく、このまま眠ってしまえそうだ。
俺たちは穏やかな気持ちで何でもない話をする。
俺のことや、アステールのことも話したが、世界中を回っているという老人の話はとても面白かった。
妙な脚色をするでもなく、あったことを、見たままを、そのまま話す老人。
まだ見ぬ異世界の風景に思いを馳せ、気がつけば昼も過ぎていた。
のんびりとした午後が続く。
アステールは、隣で寝息を立て始めていた。
「ほっほ、ブラックヒッポグリフが人前で眠るとはのぉ」
「ああ、俺以外がいる所では、絶対に眠った姿を見せなかったんだがな」
王の血統が許さないのか、アステールは決して寝顔を見せようとはしない。
元々夜行性でもあるようで、寝なくても問題はないようなのだ。
実際アキホに来るまでの道中、アステールはほとんど寝ていないはずであった。
「其方にも見せないのが普通じゃよ。ブラックヒッポグリフは気位が高い生き物なのじゃ。人と一緒にいる所も初めて見たわい」
「そうなのか」
アステールに限って言えば、別段そういう感じもないと思う。
確かに初めて会った人には警戒しているようだが、触れ合う内にそれも薄れて行くし、その人がご飯でもくれようものならすぐに懐く。
心配になるほどだ。
「其方がいるからであろうよ」
アステールの体を撫でる俺を、孫を見るように見つめてくる。
俺の祖父は、どちらも俺が生まれる前に亡くなったらしく記憶にないが、お爺ちゃんとはこういう感じなのだろうか、とふと思った。
「さて、儂はそろそろ行くかの」
ポツポツと話をし、無言の時間もあったりして、穏やかに過ごした午後。
日も暮れてき始めた頃に老人は言う。
「アキホに行くなら一緒に…」
「いや、儂はあの町には入らんよ」
老人は少しだけ寂しそうに目を伏せる。
「もうわかっておるじゃろ?儂は人ではない」
薄々そうであろうとは思っていた。
だが、この優しい老人が人でなかった所でなんだと言うのだ。
「人とか、そうでないとか、俺には関係ないよ」
そう言うと、老人は初めて、驚いて目を丸めた。
そして、あの好々爺然とした笑みを浮かべ、ほっほと笑う。
「其方らとはまた会いたいものじゃな」
老人がアステールを撫でる。
アステールがそこで目を覚まし、不思議そうに老人を見上げる。
老人の身体がだんだんと浮いて行く。
それはまるで風船のようにゆっくりと。
俺の背を越した辺りで、老人は俺の頭を撫でる。
そんなことをされたのは久しぶりで照れ臭くなってしまう。
だが、嫌ではない。
そんな俺の気持ちをわかっているのか、老人はまたほっほと笑う。
木の上まで浮かび上がった所で、老人の姿が変わっていく。
足は魚の尾のようになり、その姿そのものが魚のようになっていく。
そしてだんだんと大きく。
やがてその姿は、完全に魚のようになった。
いや、鯨だ。
長い髭のような物を口の上辺りから左右に流した大きな白鯨。
『さらばじゃ、愛しき人の子よ。また会えるその日を楽しみにしておくぞ』
白鯨は、空へと泳ぐように進む。
太陽の日差しを受け、その姿が虹色に輝く。
更に、潮を吹いたかと思うと、虹のアーチができあがり、まるでそのアーチを潜るかのように天へと登って行った。
その幻想的な光景に、俺は思わず見惚れてしまう。
結果、写真を撮ることを忘れてしまった。
---
[ウェザーホエール]ランクS
大海と天候の神の眷属。神獣。
世界を周り、気象を操作する。
その姿は邪な心を持った者には見えず、晴れの日に見ると、瑞祥とされている。
いかがでしたでしょうか?
ほっこりして、アステールと過ごす日に不思議な出会いという、お二人からのリクエストを取り入れた結果こうなりました。
ほっこり…できたのでしょうか?
不安です。
感想お聞かせ願えたら幸いです。




