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連続投下⑥-1、-2
……綾ちゃん、怖い(゜-゜)
注意深く観察なんかしなくても、側にいれば手に取るようにわかる二人の心情。
多分、祥子は気づいてない。
気づかれないように、藪坂と香は仲を深めていった。
それは友人の域を出ないやり取りだったけれど、藪坂と会えば頬を染めて赤くなる香も、祥子がいない時にお互いに向けあう視線も、すべてが恋する男女だった。
馬鹿じゃないの、この二人。
「……ねぇ、香。藪坂の事、好きなの?」
私のその言葉に、世界が終わったような悲壮な表情を浮かべた香。
案の定だった。
きっと私の知らないところで、二人を近づけるきっかけがあったんだろう。
そんなの、少しも興味ないけれど。
何も言うこともできず固まっている香の頭を、ゆっくりと撫でる。
「香、責めてるわけじゃないのよ? でも、わかってるよね。藪坂は祥子と付き合ってるって」
「わ、わかってる! わかってるよ! だから、だから誰にも言わないで……!」
好きでいるだけでいいの! そう続けて叫んだ香に、ホントこの子馬鹿だわ……と内心辟易した。
隠したいなら、もっと上手くやればいい。
表情も行動もすべてが藪坂を好きだといってるのに、祥子がいる時だけ我慢すればいいと思ったの?
あんたら三人の世界か、ここは。
この世界にはあんたたち三人の他にも、私もいるし他の人達もいる。
道端の石ころじゃないんだよ。
最近聞くことが多い、香の噂。
きっと遠慮して祥子には誰も知らせていない、香と藪坂の噂。
――更科は、藪坂のことが好きらしい
直接聞いてきた人達には曖昧に否定しておいたけれど、人の口に戸は立てられない。
まことしやかに流れた噂は、そのうちいつも冷静な……悪く言えば可愛くない祥子よりも、香と藪坂の方がお似合い、そういう風に変化していった。
冷静な祥子より、可愛い香の方を応援したいとか。
世間も馬鹿だわ。
でも、私にとっては好都合。
香のスマートフォンを使って藪坂を呼び出せば、嬉しそうに私たちのいるゼミ室に駆け込んできた。
「あ……」
私を見たとたん、怪訝そうな表情に変わる。
「えと、どうした?」
自分の態度を取り繕うとしてるみたいだけど、今さら遅いっての。
私達の前に立った藪坂を見上げて、私は言い放ってやった。
「藪坂、香が好きなの?」
その時の藪坂の顔も、私は絶対忘れない。
言い淀む藪坂と、不安そうな中に期待のこもった視線を向ける香。
何か決意したように、藪坂は頷いた。
「祥子の事を嫌いになったわけじゃない。でも……俺、香が好きだ」
香ちゃんから呼び捨てに移行した名称が、藪坂の本気を香に伝えたらしい。
がたっと勢いよく立ち上がると、香は藪坂に飛びついた。
「私も……! 藪坂君の事……良くんのこと好き……!」
こっちは、愛称で呼ぶことで二人の間を詰めたみたい。
……は~い、お花畑に二名様ご案内〜♩
ばっかじゃないの。
抱き合う二人に冷たい視線を送りそうになるけれど、私は努めて困った表情で口を開いた。
「でも、藪坂……」
そういうと、青春を謳歌していた二人はびくりと肩を震わせる。
「……わかってる。榎本を裏切ることなんだってことは」
「私、祥子に嫌われたくない……! でも、でも好きになっちゃったんだもん!」
「香の事を好きな気持ちは本当だけど、俺、榎本の事……」
「……私も祥子が好きだから、わかるよ良くん……。もしこの関係が祥子にばれたら、もう一緒にいられなくなっちゃう。嫌な女ってわかってるけど、それでも祥子とも一緒にいたい……!」
うっわ救えねー。
どんどん二人の世界に入り込んでいく会話に耳が腐りそうだったけれど、自分の目的の為に何とか踏みとどまった。
じゃなきゃ、椅子蹴り飛ばしてここから立ち去ってるわ。
ぐだぐだと言い合っていた二人に、私は心底嘘の優しい笑顔を向ける。
「少し落ち着いて考えてみた方がいいわ。私にとって、祥子もあなたたち二人もとても大切な友達だから。こんなことで失いたくないの」
それに藪坂がよりにもよって香と祥子を二股かけてた方が、ばれた時に祥子の冷静鉄面皮をはがせるかもしれないし?
「……綾ちゃん……」
私の優しい嘘の言葉にぼろぼろと涙を流す香を、優しく慰める藪坂。
私はニコリと笑うと、椅子から腰を上げた。
「あとは二人で、これからのことを考えて? ……仕方ないと思うよ、好きになる気持ちはとめようがないものね?」
「綾ちゃん!」
自分の気持ちを代弁したかのような私の言葉に、益々涙を流す香。
私は、馬鹿を残してゼミ室から出た。
それから数か月間、二人は友人以上恋人未満という曖昧な関係を自分達で設定して過ごしていた。
はたから見れば、立派に恋人、藪坂の浮気決定なんだけど。
けれどある日、その関係が壊れる。
友人の一線を、……キスをして越えてしまったらしい。
キスごときで狼狽えるなら、今のあんたたちの関係がばれたら失踪でもしてみるかってーの。
どうしようと泣きつかれた私は、うんざりしながらも当初の計画通りに最高のステージとして学食で話し合うことをさりげなく言ってみた。
一つの案として。
当たり前だけれど二人はゼミ室とか誰かの家の方がいいんじゃ……と、他の場所を上げて来る。
そりゃそうよね、誰が好き好んで第三者の前で言いたいものか。
ゼミ室の方向で話がまとまりそうになったその時、私は小さく頷いた。
「私はそばにいられないだろうから、二人とも、頑張ってね」
効果は覿面だった。
蒼白になった顔色を隠すことなく、香がしがみついてくる。
なぜ、どうして。それだけを叫んで。
いやあんた、普通に考えても人の修羅場に口突っ込む他人なんていないでしょ。
「学食なら、こっそり側にいても大丈夫かなって思ったのよ。でも、やっぱりゼミ室とかで三人で話し合った方がいいと思うわ」
「え、綾ちゃんも一緒にいて!?」
「当事者じゃないし、それは難しいんじゃないかしら」
やんわりと拒否すれば蒼白通り越して真っ白になった香が、藪坂に縋るような視線を向ける。
ここで私の意見を押し通すのは簡単そうだけど、それはダメ。我慢。
あくまで、二人が考えた行動をしてもらわないといけないんだから。
じゃなきゃ、私まで巻き込まれちゃうじゃない。
そんなの嫌よ、こんなお馬鹿たちといっしょくたにされるなんて。
こっちの忍耐力を限界まで試すようなぐだぐだとうだうだな二人の話し合いの結果、学食で話し合うからそばにいて欲しいとお願いされた。
自分達が悪いことを自覚してるからか、明確な味方が欲しかったようだ。
普通に考えて私が一緒にいたら、誠心誠意の謝罪にはならない事くらいわかるものだけどね。
余計、祥子の逆鱗に触れると思うけど。
祥子に謝って、二人の仲を許してもらう。
そしてできれば友人関係を続けて欲しい。
そういう話し合いをしたいと二人は言っていたけれど、できるわけないっての馬鹿じゃないの。
許されると思えること自体が、思考すべてに花が咲いてるって確信できるわ。
浮気、二股、共通の友人である私の存在、謝罪の場所が寄りにもよって他の学生も生協や学食の人もたくさんの人がいる学食。
誰が考えても怒り狂って怒鳴り散らすに決まってるでしょ。
二人の事実だけじゃなく、羞恥心倍増だものね。
私が狙ってるのは、そこなんだから。
学食という公共の場で修羅場を演じる三人、これほど面白いショーはないからねぇ。
二人に見えないところで、くつりと笑った。
全て、祥子だけ何も知らないまま。
お花畑に浸りきった二人と、冷静でいつも澄ましている祥子。
三人ともども、評判も立場もすべて、……地に落ちてしまえばいい。
私は唯の傍観者……、そのスタンスは崩さない。