④お花畑の恋人視点。藪坂良輔の三年間。
榎本と初めて会ったのは、高二の時だった。
それまでにも噂には聞いていた、ある意味有名な彼女は確かにその通りだと思ったのが第一印象。
和風美人、その言葉が一番似合う。
肩につくかつかないかで切りそろえられた、真っ黒な髪。
その眼はすっと切れ長で、筆で引かれたような薄い唇はいつもきゅっと閉じられていた。
すらりとした体躯は華奢といえばそうだけれど、まっすぐに伸ばされた背筋とあいあまってとても大人っぽく見えた。
よく言えば、だ。
悪く言えば、噂通り、何事にも冷静な無表情委員長だった。
本人がそれを気にしたのか……いやただ単に他にクラス委員をやりたい奴がいて、一年の時についていたクラス委員の職には就かなかった。
すっかり居眠りしていた俺は、気づいた時には卒業式実行委員なるものになっていて、相方がなんと無表情委員長こと榎本祥子、その人だった。
あの時ほど、居眠りしてた自分を呪ったことはない。
けれど、話してみれば無表情なのではなく、感情を表に出すのが苦手なんだということに気付く。
表情に出さないからといって、何も感じてないわけじゃないことに気付く。
ともに仕事をすれば、ただの面倒くさがり屋だということに気付く。
たまにみせる笑顔や面倒くさそうな表情に、俺は惹かれた。
もっともっと素の榎本を見たいと、そう思った。
誰も知らない彼女の一面を見ることができて、それを独占したくて仕方がなくなって……気づいた。
榎本のことが、好きだってことに。
告白した時の、榎本の表情は今でも忘れられない。
切れ長の目をこれでもかというほど見開いて、きょろきょろとあたりを見渡して、それから顔を赤くして……
こくりと頷いたその仕草に、これ以上ないほど俺は落ちた。
それからの俺達は、穏やかに過ごしてきたと思う。
受験生だったってこともあって、特に何かするわけでもなく――
なのに。
「初めまして、更級 香です!」
榎本と同じ大学に入ってこれからもおんなじような時間が過ぎていくんだろうなとのほほんと思っていた俺は、入学当初から躓いた。
中学の友達が同じ大学にいると、最初から榎本には聞いていた。
だから学食であった時に紹介されて、特に慌てることなく頭を下げて、そして見た彼女は……可愛かった。
客観的視点で、本当に可愛かった。
榎本が和風美人なら、香はフランス人形のような華やかな可愛さ。
どうしようもなく、目を惹いた。
俺や榎本を見かけると、子犬のように駆け寄ってきて榎本の腕に抱き着く。
榎本は少し眉を動かす程度で、香の頭をぽんぽんと軽くなでるとそのまま何事もなかったかのような態度をとる。
正直羨ましいと思った、……榎本が。
その頃から、俺の中で香の存在が大きくなっていく。
榎本に向けている視線を絶対の信頼を、俺にも向けて欲しい……そんなことを思うようになり。
榎本の友達だから仲良くなりたいと思う以上の感情に気付いた時には、後戻りできないほど育ってしまった。
恋心が。
榎本を好きな気持ちは変わらないはずなのに、香の笑顔が心を埋めていく。
分かっていたのに、最初からわかってたのに。
絶対、好きになっちゃ駄目だってことは。
それでも、友達の彼氏の立場から手に入れたアドレスで他愛のないメールのやり取りを始めた頃には、どんどん懐いてくれる香が可愛くて仕方がなくて。
榎本に対しての罪悪感がどんどん膨らむのに、それでもやめられなくて。
悩んで、悩んで、悩んで。
暫くした頃、香から相談があるとメールをもらった。
どくり、鼓動が早くなる。
榎本への罪悪感より早く感じた、淡い期待。
もうこの時点で、駄目だと思った。
こうして、当事者は盛り上がっていく――
周囲を置き去りにして。