⑩終幕。
修羅場終幕です[壁]ョД゜ll)ドキドキ
「……祥子、ごめんなさい」
開口一番、とった帽子を両手で握りしめながら綾は深く頭を下げた。
「二人の事、黙っていて本当にごめんなさい」
頭を下げたまま言い続ける綾は、いつもなら綺麗に巻いている髪も一つに結わえて横に長し、綺麗目な服装を好むのに、今日は黒のカットソーにジーンズという地味目なものを着ている。
一見して綾とは気づかない。
それがどういう理由でかなんて、すぐに分かる。
「綾ちゃんがいてくれるっていうから、食堂にしたの! そばにいてくれるって……私達の味方なんだよね? そうだよね?」
しがみ付くというよりは縋り付くように、綾の腕を両手で抱きしめる。
綾は眉を潜めて香に視線を向けたけれど、彼女の問いかけに是も否も答えないままその腕を外すと、再び頭を下げた。
「本当にごめんなさい」
それはとても潔く見える行動だったけれど佳乃さんは気に喰わなかったのか、ごめんなさいねぇ……と、小さく鼻で笑った。
「言い訳はしない、ね。ふーん、それでさ、なんでそんなところで隠れるようにしていたの?」
その言葉に、綾の肩が微かに揺れた。
「食堂ならそばにいてあげるって、仲裁に入ろうとしたから? それとも、言葉通りそばにいるだけ? 一体どういうつもりでここを指定したのかしら。まさか、見世物にするためじゃないわよねぇ?」
矢継ぎ早の質問に綾は唇をかみしめて、ただ頭を下げ続けている。
言い返せないということは、きっとそうなんだろう。
仲裁をしたかったからここを選んだのではなくて、ただ……この状況を見たかっただけ。
ここでの話し合いを綾が提案したのなら、私達を見世物にしたかったのは綾だってことになる。
恋人として好きだった、藪坂。
中学から懐いてくれていた、香。
大学に入って仲良くなった、綾。
そう思っていたのは、私だけだったってこと。
大人ぶって、さらっと別れればいいとかそんなこと言っておきながら、こんな状況を引き起こした責任はきっと私にもある。
そのせいで幼馴染の二人に、嫌な役回りを押し付けて。
どうにもならないこの場を、収集つけてもらおうとしてる。
――最低だ。
藪坂達をお花畑の住人だと内心文句を言っていたけれど、私も十分お花畑の人間だったんだ。
「祥子」
ぼんやりと三人を見ていた視界が、翔平さんの声と共にいきなり視界が塞がれた。
「……え?」
少し遅れて、小さく声を上げる。
頭から被された何かを取ろうとして、その手を誰かに止められた。
見えないけれど、その手の大きさで翔平さんだと知る。
「祥子、こんなところで泣くのはもったいないよ」
そういいながら、私の頭を軽く撫でた。
「え、泣いて……」
藪坂の驚いたような声が、微かに……けれど静まり返った食堂に響く。
すると動揺した空気がさざ波のように広がるのが、視界を遮られている私にも伝わった。
……私、泣いてる?
頬が濡れている感覚がないから自分ではよく分からなくて、でも確かめようとする気持ちにもならなくて、ただただ立ち尽くしていた。
ずっと気を張っていたからか、幼馴染の登場で緊張の糸が切れてしまったらしい。
「祥子、行こ?」
反対側から、佳乃さんの声。
労わるように頭を撫でてくれる。
代わりに背中に当てられたのは、翔平さんの掌。
「そのまま被ってていいから、足元だけ見てて」
優しいその声に、私は考えるまでもなく頷いた。
逃げることになるんじゃないかとか、このままでいいのかとか。
そんなことが脳裏をよぎったけれどもうなんだか疲れてしまって、二人に悪いと思いながらその言葉に甘えさせてもらった。
「待って……!」
翔平さんに促されるまま歩き出そうとした私の手が、いきなり掴まれて動きがとめられる。
けれどそれはほんの一瞬ですぐに離れたその手は、佳乃さんが引き剥がしたらしい。
「いい加減になさい」
ぴしゃりと言い切ったその言葉に、それまで黙っていた藪坂がいきなり声を上げた。
「榎本、頼む許してくれ……っ」
「……自分勝手な言い分だね。君達三人だけの問題をこんな大事にして、祥子を見世物にしたくせに」
翔平さんが、呆れを含んだ声音で突き放す。
「君が許して欲しいのは、この場が収まらないからだよな。こんな状態のまま置いていかれたら、君達が悪者になってしまうその恐れからだろう?」
「そんなこと、そんなんじゃない! 榎本、本当に悪かった!」
ガタガタと机や椅子が倒れる音がしたけれど、私は完全に頭の中がぼーっとしていて何も考えることができなかった。
そんな藪坂に痺れを切らしたのか、翔平さんは綾に向かって最終通告を突きつけた。
「このなかでは君が一番利口なようだ。食堂での話し合いを勧めたのが君だというなら、この三文芝居の幕を下ろすのも君の役目だろう?」
私はそのまま、その場をあとにした。
彼らへの報復、放置プレイ(笑)
次話で本編終了です。早ければ今日、もしくは明日投下予定です。




