24 ひとまずの区切り
夕方になって、空から厚い雲が消え、太陽が顔を覗かせるようになった。街の境目に沿うようにして流れている川に、傾きかけた赤い陽が反射してキラキラと輝いている。
土手の上は遊歩道になっていて、ジョギングをする人や散歩を楽しむ人たちが行き交っている。土手では子供たちが意味不明な叫び声を上げながら遊びまわっていた。
彼方はひとり、その土手で膝をかかえて座っていた。
落ち込むなら土手で。それは以前から彼方が思っていたことだった。理由は、「その方が青春っぽいじゃない」という分かるような分からないような、微妙なものである。まあ、落ち込むことが少ない彼方は、めったにこの土手にやってくることはなかった。けれど、今日ばかりは……。
「こんなところにいやがったか」
土手の上から声がする。彼方が緩慢に振り向くと、そこでは双海がこちらを見下ろしていた。
「いいじゃない。別に人がどこにいようが」
「それはいいけどな。だけどちゃんと一言かけてから帰れよ。いつの間にかいなくなってるから、しばらく皆で探したんだぞ」
双海は土手を下り、彼方の隣に座る。
彼方は試合終了後、逃げるように試合会場を後にしていた。あのまま、皆の顔をみていられなかったし、何故だかじっとしていられなかったのだ。
「十点、取れなかった」
悔しかったのだ。
「安心しろ。誰もお前が十点取るだなんて、本気で思ってねえから」
それでも悔しかった。
サッカーなんてつまらない。面白いと思えない。そう、思っていたはずなのに。なのに、勝敗ひとつでこんなに心が揺り動かされている。
「あれ、入ってたよね」
最後のシュート。ライン上で止まってしまったボール。
「入ってねえよ」
「でもっ……!」
「ボールの一部が入っただけじゃだめだ。ボールが全部ゴール内にはいらなきゃ、得点にはならない。それがルールだ」
彼方は口をつぐむ。
あとすこし、ほんの一回でいい、コロリと転がってくれれば、蓬原は勝っていた。そのたった一回のボールの回転が、勝敗を分けた。
悔しい。
彼方は抱えた膝の中へ、顔をうずめた。
「那智がさ、お前のこと『面白いFWね』って言ってた」
面白い?
「それって……、誉めてるの」
「さあ」
顔を上げると、双海は少しだけ笑っていた。
「お前、これからどうするんだ?」
「どうするって?」
「あたしたちは予選突破出来なかった。もうあたしたちにとっての大会は終わりだ。だから、お前の助っ人稼業も終わり。……どうする? サッカー、続けるのか?」
意外だった。双海がこんなことを聞いてくるということが。
双海は、彼方がサッカー部にいようがいまいが、どちらでもいいのだと思っていたから。
「続けるよ」
一拍の間をおいて、彼方はきっぱりとそう答えた。
サッカーを続けるのか否か。
そんなこと、考えてもいなかった。彼方は今日の試合のことばかりが頭にあって、その後のことを考えていなかったのだ。
サッカーの面白さは未だに良く分からない。でもこの二週間、「やめてやる」と思ったことは一度たりともない。
「あたしはね、一度口にしたことは必ず守るタチなのよ」
だから、一試合に十点取って、明日美に「参りました」と言わせ、双海にふんぞり返って見せるまでは、やめられない。それを口に出して言えば、「それじゃあ、一生サッカー続けるつもりなのか」と言われそうなので声にすることはしなかったけれど。
「それに、あたしまだ、公式戦で一度も勝ってない。負け負けなままで終わるのはもったいないじゃない。一回は勝たないとね。だから……、続けるよ、サッカー」
「そうか……」
双海が視線を川面に移した。その表情が安堵しているかのように見えたのは、気のせいだろうか。
「さあーって!」
彼方は勢い良く立ち上がる。落ち込むのはもう終了だ。いつまでもウジウジしているのは、彼方の性に合わない。立ち直りが早いことが彼方の美点なのだ。
この大会だけが試合じゃない。他にも大会はあるし、それにまた来年もある。立ち止まっている暇などないのだ。
走っていこう、どこまでいけるか分からないけれど。
ぐーっと伸びをするように両手を天に向かって突き出し叫ぶ。
「また明日からガンバリますかあ!」
ライバルとして登場させた明日美があんまりライバルしてなかったり(どちらかというと、千ヶ崎のがライバルっぽい)、双海と晃と玲子の三角関係とか、いろいろと消化不良なところはありますが、いったんここで区切ろうと思います。
いつになるかはわかりませんが、続きが書ければいいな~と思います。




