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19 トラップ


 白鳳が中盤で細かくパスを回してくる。このあたりのパスワークはさすがだ。だが蓬原はもとから中盤での争いを放棄している。その分ゴール前での守備が厚い。

 中盤からのスルーパスに那智が反応し、ボールをキープした。ほんの一秒ほどボールを置くと、前線へと放り込むようなパスを出す。明日美がヘディングでゴールへ流し込もうとするが、それは双海に阻止された。背の高い双海と競り合うのは、自称天才ストライカーの明日美でも容易ではないようだ。

 こぼれた球を荻野がキープし、素早く前線へと送る。ボールは城野キャプテンへと渡り、そこから大きく前線へ。

 来た!

 彼方が飛び出す。相手のディフェンスはスリーバック。その中央に千ヶ崎亮子がいる。千ヶ崎の横をすり抜けるようにして、一気にダッシュした。

 あれ?

 奇妙な違和感。彼方はなんの苦労もなく、千ヶ崎を抜いてゴール前に出る。

 そこで笛が鳴った。

「ナニ?」

「オフサイドだよ。ホラ、副審の旗が上がってる」

 近くにいた杉田が彼方の疑問に答えてくれた。

 見ると、タッチラインのすぐ外にいる副審が、地面と平行に旗を出していた。それはオフサイドの証。彼方は前に出すぎてしまったのだ。

 相手キーパーが大きくボールを蹴り出す。

 中盤でボランチのりな子と、相手の6番が競り合う。わずかにりな子が競り勝った。それを右サイドの村上がキープし、前線へ送る。

 今度こそ!

 彼方はまた走る。しかし先ほどと同じく笛が彼方の動きを止めた。

「また?」

 副審の旗が上がっていた。またもやオフサイドである。

「くっそぉ~」

 白鳳のスリーバックは別段激しい当たりがあるわけでもない。簡単に抜けるのだ。しかし、オフサイドという難解なルールが彼方の行く手を阻む。

 千ヶ崎と目が合う。白鳳のセンターバックは、笑っていた。


 ゲームが再開する。

 白鳳は変わらず中盤を支配している。素早いパスで蓬原を翻弄する。だがそんな白鳳も、蓬原自慢の最終ラインを突破することは叶わない。双海の指示によって的確に動くディフェンスは、白鳳相手にでも充分に通用する。

 双海がゴール前でボールを奪った。しばらくDFの間でパスを交わし、どう攻めるかを見定めている。双海から荻野へ、荻野からまた双海へ。

 唐突に双海が動いた。今まで頑ななほどにカウンターにこだわっていた蓬原だったが、ここで突然双海は中央に切れ込んでくる。速いドリブルでピッチを縦に割るように、前線へと走る。

「なっ!」

 初めて白鳳ディフェンス陣の表情が変わった。笑みを浮かべていた茅ヶ崎も、表情を引き締めている。蓬原がカウンター以外の攻撃をすることはあまりない。そのあまり見られない攻撃に対処するため、意識を集中させているのだ。

 相手ボランチが双海の前に立ちはだかる。だが双海はキレのあるターンでそれをかわす。続いて双海の前に立ったのは千ヶ崎だ。

 双海がわずかに体重を右にかける。それにつられるように千ヶ崎が動いた。しかしそれはフェイントだ。双海は素早く左へと体重移動し、茅ヶ崎の左側を抜こうとする。だが、

「させるか!」

 完全に逆にふられた千ヶ崎であったが、とっさに足を伸ばし、ボールを双海の足元から弾いた。勢いあまって、双海が転がる。蓬原の中央突破は潰された。

 双海が舌打ちをしながら立ち上がる。千ヶ崎が「センターバックがこんなところまで上がってくるなんて……」と呟いていた。

「おい、初心者!」

 後ろへと戻る前に、双海が彼方へと話しかけてきた。

「何?」

「気をつけな、向こうのDF、オフサイドトラップしかけてきてるぞ」

「お、おふさいどとらっぷ?」

「……杉田、説明してやってくれ」

 双海は盛大にため息をつくと、そのまま自陣ゴール前へと戻っていった。

「何? オフサイドトラップって」

 ツートップの片割れ、杉田に問う。

「あたしたちがオフサイドポジションにくるように、向こうのDFがわざとディフェンスラインを上げてくることよ」

「???」

「えーと、だからね、つまり、さっき織原ちゃんがオフサイド取られたじゃない?」

「うん」

「あのとき、向こうのゴールと織原ちゃんの間に、向こうのキーパーの他に向こうのDFが一人でもいればオフサイドにはならなかったワケ。でもね、キーパー以外のDFがわざと織原ちゃんの後ろにくるように移動したのよ、さっき。つまり、向こうはコッチがオフサイドになるように動いているってこと」

 わざと。

「そっか……」

 さっき千ヶ崎は笑っていた。そして思いのほか簡単に千ヶ崎を抜くことが出来た。

 あれは、わざとなのだ。わざと抜かせて、オフサイドを取っていたのだ。

「おのれ、こしゃくな真似を!」

 相手はオフサイドトラップをしかけてくる。それさえわかれば怖くはない。オフサイドポジションに気をつければいいだけの話だ。

 と、彼方は思った。

 だがそう簡単な話でもなかったのだ。

 この間の試合で分かっていたつもりだった。サッカーというのは、ボール、相手、味方、あらゆるものの動きに気を払わなければいけないスポーツだと。

 つまり、彼方はオフサイドばかりに気をとられるわけにはいかなかったのだ。気をつけているつもりでも、相手は巧妙に動いてくる。しかもオフサイドの判定が下されるのは、味方から彼方へとボールが出された瞬間。彼方にとっては、ボールに意識がもっとも向いている時なのである。初心者の彼方はボールの動きを追うだけで精一杯なのだ。その上相手DFにまで気をつけろというのは、酷な話だと思うのだ。

「織原! もっと下がれ!」

 何度目かのオフサイドをとられたあと、はるか後方から双海がそう怒鳴ってきた。

「下がれって言ったって……」

 文句を言いつつも、一メートルほど下がる。

「もっとだ。もっと!」

 さらに下がれと双海は叫ぶ。

 いいのだろうか。下がれば下がるほど、ゴールは遠くなっていく。彼方は疑問に思いながら、もう二メートルほど下がった。

「彼方ちゃん」

 りな子がハーフウェーラインのあたりから彼方を呼んでいる。彼方はりな子のそばへと寄っていった。

「何? りな子」

「あのね、双海先輩から伝言。センターサークルのあたりまで下がってて、だって」

「下がれって、まさかそんなところまで下がれって言ってんの?」

「そう。オフサイドトラップ防止。相手もそんなところまでラインを上げるわけにはいかないだろうって」

 納得いくような、いかないような理由だ。とにかく彼方は言われたとおりに、センターサークルの縁あたりに陣取った。

 試合が再開し、また白鳳の攻撃だ。

 白鳳の攻撃は速い。あっという間に、ゴール前へとボールが運ばれていく。しかし蓬原の壁を突破することは出来ない。ハットトリックを取ると豪語していた明日美は、ゴール前での動きが思うように取れないのだろう、だいぶ苛立っているようだった。

 それはコッチも同じか。

 彼方はハットトリックどころか、十点取ると言ってしまったのだ。誰も本気にしてはいなかったようだが、彼方自身は真剣だ。

 またもや味方から大きくボールが出された。だがそのボールはだいぶ大きく飛び、味方が誰もいない相手ゴール前へと飛んでいった。

「ボール大きく出しすぎだっつーの!」

 あれでは彼方にも杉田にもボールは渡らない。だが、

「織原、走れっ!」

 背後から双海の怒鳴り声。彼方はついその声につられて走り出してしまう。

「もっと走れ! お前なら追いつく!」

 冗談! あんなに遠くに飛んだボールに追いつけっての?

 むちゃなことを簡単に言ってくれる。でも確かにこれならば、彼方と相手DFとの間に距離があるから、オフサイドトラップは仕掛けられない。あとは、彼方の足しだいだ。

 ボールがピッチへと落ちていく。その落下地点では千ヶ崎がボールを取ろうと待ち構えている。

「見てろよ!」

 彼方は素早く千ヶ崎の前に出る。そして落ちてくるボールに向かって跳んだ。とにかくあのボールをヘディングで落とす。すぐそばには杉田がいる。ボールを杉田のもとへ落とせば、後は杉田がなんとかしてくれるに違いない。

「させるか!」

 千ヶ崎もまたジャンプしてくる。彼方の肩に手をかけて、彼方より高く跳ぼうとしてくる。

 だがもう彼方の意識はすべてボールに奪われていた。彼方を押しのけようとする千ヶ崎の存在すら、もう彼方には見えていなかった。

 ボールを頭に当てる。そして振る。杉田は左サイドにいたはずだ。そちらへボールが飛んでいくように。

 だが次の瞬間。

 凄まじい衝撃と、耐え難い痛みが、彼方の頭を同時に襲い――

 そして、すべてが真っ白になった。



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