18 決戦の日
そして日曜日。決戦の日である。
「うん、いい天気だね」
りな子はやけに機嫌が良さそうに空を見上げた。
「いい、天気?」
隣を歩く彼方もつられて上を見る。空は曇天。灰色の雲が重々しくのしかかってくるようで、鬱陶しい。
今、彼方とりな子は決戦の場となる運動公園へと向かっている最中だ。その運動公園は、広いグラウンドを有した市民の憩いの場所であり、今回の県大会予選も、多くの試合がここで行われていた。
「ドコがいい天気?」
「いい天気よ。暑すぎず寒すぎず。日がカンカンに照ってたら、サッカーをやるにはちょっとキツいもの。これぐらいが丁度いいの。まさにサッカー日和ってやつよ」
なるほど、サッカーをやるのにはいい天気というわけか。
とにもかくにも、蓬原の予選突破は今日の試合にかかっている。蓬原が自力で予選突破をするためには、今日の試合は何としても勝たなければならない。もし引き分け以下だった場合は、他会場の結果を待たなければならない。もちろん彼方は自力で予選突破する気マンマンである。この一週間行ってきた特訓の成果が、今日試されるのである。
「よし、やるぞーっ! 今日は勝つぞー! 白鳳がなんだー!」
曇天に向かって叫ぶ。言うだけならタダだ。もちろん、結果を残すつもりではあるが。
「あらヤダ、まだあんなこと言ってる」
背後から声がした。振り向くと、そこには白と黒のジャージを着た二人の女子。白鳳女子サッカー部だ。彼方はそのうちの一人に見覚えがあった。
ハットトリック宣言をした白鳳のストライカー片桐明日美である。
「ホラホラ先輩。こないだ話した蓬原のヤツ」
明日美は彼方を指差して、もう一人の白鳳メンバーへと話しかける。「先輩」と言うからには、そのもう一人の女子は二年か、三年か。まあどっちでもいい。彼方にとって白鳳のサッカー部は叩きのめす対象でしかない。何年だろうとねじ伏せるだけだ。
「ああ、アンタか。ウチから十点取るとかいう、面白いコト言ったのは」
「面白いコト?」
白鳳にとっては面白くないことのはずだ。十点取ると言っているのだから。しかし相手はまるっきり冗談としか思っていないのだろう。彼方は極めて真面目なのであるが。
「あのね、冗談は相手を見て言ったほうがいいよ。でないと恥をかくだけだから」
にっこりと微笑みながら、白鳳の女子は言う。そこに敵愾心は欠片も見られない。蓬原など相手ではないとでもいうのか。
「あたし、冗談を言ったつもりはないし。恥をかくのはアンタらだし」
睨み付けてやると、こともあろうに相手はプッと吹き出した。
「面白いね、アンタ。気に入ったな。まあせいぜい頑張って。ま、アタシから点を取れるとは思わない方がいいと思うけど」
そーだそーだ、と明日美がはやし立てるように続ける。二人は彼方とりな子の脇をすり抜けるように通り過ぎて行った。数歩進んだところで、振り返る。
「あ、そうそう、アタシは白鳳の三年でセンターバック、千ヶ崎亮子。まあ一応覚えておいて。決して乗り越えられない壁の名前だよ」
ひらひらと手を振りながら千ヶ崎は去っていった。おまけに明日美がアカンベーをしていく。憎らしいことこの上ない。
「ナニあいつら!」
「彼方ちゃん、試合、がんばろうね」
りな子も腹にすえかねるところがあったらしい。珍しく眉を吊り上げていた。
「絶対、十点取ってやるんだから!」
「……それはさすがに無理だと思うけど」
絶対に負けない。負けられない。
今日の試合に臨む者の中で、一番この気持ちが高い者は誰であろうか。
那智玲子――真に欲するものだけが手に入らない少女。
今日、男子の試合は別会場で行われている。でもそれが終わり次第、彼はこの会場へと駆けつけてくるであろう。
彼はどちらに声援を送るのだろうか。
自分に? 同じ学校の仲間だから?
それとも、彼女に?
双海司季――光に焦がれる少女。
少しでもその光が届く場所へと行きたい。彼が、彼女と歩いている、その光溢れる場所へ。
そのためには、決して避けて通れない関門。それが今日の試合だ。
必死で手を伸ばす。でないと、彼は彼女と遠い遠い所へ行ってしまう。
片桐明日美――常に先頭を走ってきた少女。
負けたことなどない。いつも自分は勝ち続け、そしてこれからも勝ち続けていく。
一年でありながら、名門校のレギュラーの座を射止めた。その自信は、一介の弱小校などに崩されるべきものではない。
負けるわけがない。
勝利、それが宿命だ。
織原彼方――スーパー初心者。
飛ぶ準備は出来ている。その素質もある。
ほんのごくわずかな者だけが到達できる場所へ飛ぶ準備が。
あとは翼を手に入れるだけ。
今日、壁を乗り越えることが出来たなら、きっと自分は翼を手にすることが出来る。
そんな予感がした。
「さあ、行こうか」
試合開始目前。蓬原イレブンは円陣を組む。
誰の顔にも笑みは見られない。これから始まる戦いに、笑んでいる暇など与えられない。相手は、全国チャンピオンなのだ。
けれど、負けてやるつもりなど微塵もなかった。その部分において、イレブンの気持ちは一つに固まっている。
「行くぞ!」
城野キャプテンが威勢良く声を上げる。
「オオッ!」
みんなが気合を入れる。
そして、ピッチ上に散っていく。
相手は白と黒のユニフォーム、白鳳学園。
白鳳のFW二人がセンターサークルの中に入る。
ピリピリとした緊張感が、ピッチ上に張り詰める。
今、主審の笛が鳴った。
キックオフ。