13 プリンって美味いよね
十分のハーフタイムが終わり、選手たちはまたぞろぞろとピッチ上に入っていく。
りな子は横を歩く彼方を見て、不安を覚えずにはいられなかった。緊張とは違う。でもどことなく心が落ち着かない。
彼方に、いつもの元気が見当たらないせいだ。
肩を落とし、下を向いたまま、口をへの字に引き結んでいる。どことなく顔が青ざめているようにも見えた。
こんな彼方を見たのは久しぶりのような気がする。前に見たのは……、そう、中学の頃。彼方がまだ空手をやっていた頃。全国大会の準決勝で敗れた時、彼方は今と同じような表情をしていた。
悔しいんだ。
りな子はそう直感した。空手で頂点を取れなかった時もそうだ。彼方は涙一つ見せることはなかったけれど、それでも彼方の心の中が悔しさで乱れていることが、りな子には分かった。
だから、今もそう。悔しくて、悔しくてどうしようもないんだ。
前半、まったくふるわなかった自分に対して、怒りを覚えているのだろう。
でもそれは仕方のないこと。なにしろ彼方は初心者なのだ。みんなだってそんな彼方にすべてを背負わせようとは思っていない。前半、あれだけ頑張ってくれただけで充分だ。
(だから、何にも気に病むことなんてないんだよ――)
りな子はそう言って、彼方の肩を叩いてやりたい気持ちになった。だが、そんな同情じみたことをされるのを彼方は嫌う。それも分かっていたから、りな子はあえて何も言わなかった。
そのことを、すぐに後悔することになるのだけれど。
審判がホイッスルを高らかに吹き鳴らす。後半のキックオフは峰女側だ。峰女はいったん蹴り出したボールを自陣深くまで戻し、それから細かいパスワークでつないでくる。
ボールが相手の左サイドに渡った。そのまま峰女の左サイドハーフがタッチラインに沿って駆け上がってくる。しかし蓬原の堅い守備がそれを許さない。蓬原の右サイドバックである村上とボランチの青木が敵の行く手をさえぎった。
二人に囲まれてままならなくなった峰女の左サイドハーフが苦し紛れにパスを出す。それをすかさず双海がインターセプトした。
そして双海は素早く前線へと大きく縦パスを出す。前線ではFWの杉田がゴール前へと走り出した。
だが、彼方が動かない。
「何だ、あの馬鹿!」
双海が舌打ちをした。
彼方は後方に体を向けたまま、微動だにしない。カカシのように突っ立っているだけだ。
「彼方ちゃん、どうして――?」
これでは上手くいく攻撃も上手くいかなくなる。案の定、彼方が動かないと見るや、峰女のディフェンス陣は杉田の方へと走っていく。杉田はゴール前に到達する前に三人もの相手ディフェンスに囲まれ、決定機は泡となって消えた。
「来るぞ!」
息を継ぐ暇もなく、峰女の攻撃だ。また左サイドにボールが行く。前半から峰女は左サイドに攻撃が集中している。青木と村上がまたチェックに行った。
「逆サイ、スペース空けるな! 久保木は八番に付け!」
双海が指示を出している。相手左サイドハーフは、大きく右へとボールを出した。それを待ち構えていたかのように、荻野がボールをカットした。そして荻野はりな子に、りな子は城野キャプテンにとパスをつなぎ、城野キャプテンが杉田へと大きくパスを出す。
杉田は左サイドを回りこむ形で走りこむ。だがやはり、彼方は動かない。
「織原! 走れ!」
後方から双海が怒鳴るが、それも耳に入っていないかのように立ち尽くしている。
結局、ボールは杉田のトラップミスでゴールラインを割っていった。
このままではいけない。前半はあれだけ彼方にボールを集めていたのだ。彼方が走れば、それだけで相手DFは彼方につられていくだろう。そうすれば自然と杉田へのチェックが甘くなる。
ハームタイムの時に、双海が彼方に「お前は走っていればいい」と言ったのは、そういう意味だ。彼方の足は、ボールを蹴らなくても、充分に脅威なのだ。
ひょっとしなくても、彼方はこのことを分かっていない。双海の言葉を誤解して、「自分は必要ない」とでも思ってしまっているのだろう。でなければ、あの棒立ちに意味を見出すことが出来ない。
りな子は彼方の元へと行って、そのことを説明してやりたかった。ただ走るだけでも、彼方の足は勝利を呼ぶことが出来るのだ、と。
しかし今は試合中、もう相手キーパーのゴールキックから試合が再開しようとしている。今りな子が前線の彼方の元まで行ってしまえば、中盤に大きなスペースを開けてしまうことになる。それは相手にチャンスを与えることと同義だ。
試合が再開する。またもや峰女の攻撃だが、峰女はそんなに強いチームではない。双海の指揮の下、鉄壁のディフェンスを展開する蓬原にとって、峰女の攻撃は恐るるに足りないのだ。
また馬鹿の一つ覚えのように左サイド攻撃。まあ、こちらも前半からずっとカウンターばかりを繰り返しているので、人のことは言えないのだが。
久保木がボールを奪う。それを双海に回し、前線の杉田へと送る。
「織原!」
「彼方ちゃん、走って!」
双海とりな子がほぼ同時に叫んだ。その声に突き動かされたのか、彼方はようやく動きを見せた。
持ち前のダッシュ力で瞬く間にトップスピードに乗り、風のように走る。
走った、のだが――
「アホー! どこに走ってんだ!」
双海が頭を抱えた。りな子も気持ちは分かる。
彼方は、よりにもよって、杉田がいる方向へと走ったのだ。
杉田をへのディフェンスを薄くするため。それが彼方の走る理由だ。だから、杉田がいない方向へ走らなければ意味がない。それが……。
さらに彼方は信じられない行動に出た。双海から杉田へと通る直前のボールを空中でインターセプトしたのだ。
「か、彼方ちゃん……。味方のボールを奪ってどうするの……」
りな子はがっくりと項垂れる。
「あの、脳みそプリンが……!」
双海の額には青筋が立っていた。
「ふはははは! ボールがこっちにこないなら、自分で取ればいいこと! 見てろ、必殺しゅうぅぅぅぅと!」
ホームラン!
そう言ってしまいたくなるほどに、ボールははるか彼方へと飛んでいった。彼方が蹴っただけに。