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1 青春を謳歌せよ!

「ずっと……、好きだったんだ……」

 少年は、わずかに赤らめた顔をうつむけながらそう言った。

 聞き間違いではない。確かにそう言った。

 場所は校舎裏、人影はそう言った少年と、言われた少女の二人だけ。

 時間は放課後、少年の顔と同じように赤く染まった太陽が、だんだんと西の地面へ沈んでいこうとしている。

 それはもう、絵に描いたような告白シーンであった。

 ただ一つの例外といえば、言われた少女の反応であろう。

 突然の告白に目をこれ以上内くらいに見開き、アホの子みたいに口をパカッと開けて、少年を見ている。

「はい? 今、何と?」

 ようやく口から出てきた言葉がコレである。

 少女マンガのワンシーンならば、ここは少女も顔を赤らめ、胸をときめかせるところであろうが、少女はそういった演出に無頓着……というか、そこまでの余裕がなかった。

「だから、好き……なんだ」

 少年はますます下を向く。

 少女はすうっと右手を上げると、勢い良く自らの頬を平手で打つ。

(痛い……)

 と、いうことは夢ではないということ。

「ぃよっしゃあーーーー!」

 少女は天を仰ぎ、拳を握りながら力の限り叫んだ。だから、そういった反応がこの告白シーンにはふさわしくないんだというのに。

 しかし少女がそういった反応に出てしまうのも、彼女の今までの人生を振り返ってみればおのずと理解できるというものであろう。


 少女の名は織原(おりはら)彼方(かなた)

 ほんの一ヶ月ほど前に高校へ上がったばかりの十五歳である。中学生の頃は空手部に所属し、なんとなく全国ベスト4まで進んでしまった経験を持つが、高校では未だ帰宅部で通している。

 成績は中の下、いや下の上、といったところ。そのかわりと言ってはなんだが運動神経は人並みはずれて良い。そのため高校でも遍く運動部からオファーがきているのだが、彼方自身はどこの部にも属するつもりはない。


(高校ではカレシ作って、「せーしゅん」を謳歌するんだもんね!)


 それは彼方が高校へ入学するにあたって立てたスローガンであった。

 中学の頃は空手部に入っていたせいか、男子の間で「ゴリラーマン」などというあだ名をつけられ恐れられてしまっていた。

 彼方の名誉のために記しておくが、彼方は別に筋肉隆々というわけではないし、ゴリラに似ているわけでもない。むしろ黙って立っていたならば、美少女の範疇に入るであろう。

 それなのに「ゴリラーマン」。どうしてこんな不名誉なあだ名がついてしまったのか。

 彼方はその理由を、「空手部なんていう、女らしからぬ部に入っていたからだ」と考え、だからこそ高校では全国ベスト4の腕前を封印して空手から足を洗ったのである。空「手」なのに「足」を洗うというのも妙であるが。

 しかし空手をたしなんでいても女らしい人ならば、世界中にいくらでもいるだろう。「ゴリラーマン」の理由を空手に求めるのは、世界中の空手少女たちに対して失礼だというものだ。

 彼方に不本意なあだ名がついてしまったのは、ひとえに彼女の非常に好戦的で暴力的な性格のせいである。

 ちょっと面白い話をすると、「やぁ~だぁ~」と笑いながら相手の頭をゴスッと殴る。彼方にしてみれば、ちょっと頭を小突いただけのことなのだが、第三者から見るとそれは「小突いた」ではなく「殴った」ということになる。

 そう、彼方は人よりほんの少し力加減が出来ないだけだった。そして痛覚も鈍かった。

 そしてまた彼方の竹を割ったようなさっぱりした性格は、女子よりも男子に良く馴染んだ。つまり彼方は男子から「女子」ではなく「仲間」として見られていたわけだ。「ゴリラーマン」というあだ名も、意地悪からつけられてものではなく、むしろ親愛(と恐れ)の情をこめてつけられたものだった。彼方にしてみれば、ありがた迷惑というやつであったが。

 そんな彼方に恋愛感情を抱いていた男子もいないではなかった。しかし恋に恋焦がれている割には、彼方はそういった繊細な感情に疎かった。ちっとも気づかなかったのだ。

 そういったわけで、彼方は中学三年間を恋愛とは無縁に過ごしてきたのであった。


 高校ではカレシを作る。

 これは彼方の高校生活を送るに当たっての第一目標である。部屋には墨と筆で書かれたこの一文が貼られているくらいだ。

 けれどこの十五年間で培ってきた性格はそう簡単に変えられるはずもなく、また彼方自身が恋愛に縁がなかった理由が自分の性格にあるということを理解していなかったために、高校生活を始めて一ヶ月、まだカレシはいない。


 しかし、とうとう!

 彼方のカレシいない歴にピリオドを打つときがやってきた。

 目の前で頬を染めている少年は、彼方と同じクラスの小山拓司。

 ちょっとばかりヒョロっとした印象を受けるが、顔も悪くないし頭も良い。確か入学式のときに新入生代表で挨拶をしていた。新入生代表の挨拶は入試で一番の生徒に任されるのだという話を聞いたことがあるので、それは頭が良いってことなのだろう。

 少し頼りなさそうに見えなくもないが、初めてのカレシとしては悪くない。

「入学式の時からずっと……、たぶん、一目ぼれだったんだと思う……」

 小山はさらに嬉しい言葉を吐いてくる。そして一枚の紙切れを差し出してきた。映画のチケットだ。

「これ……、今度の日曜日……」

「ああ、みなまで言うな!」

 彼方は小山の眼前に広げた掌を向け、彼の言葉をさえぎった。

「分かってる。分かってるわ! もちろんオッケェよ! 断る理由なんて、あるわけないわ!」

 初デート。

 夢にまで見た初デエト。

 しかも二人で映画なんていう、一度は経験しておきたいお決まりのコース。暗がりの中、並んで座る二人。そっと彼の手が伸びて、彼方の手を包む。考えただけで心拍数が倍増だ。

 小山も嬉しそうな顔で、彼方の両手をつかんできた。

「ありがとう! そこまで快く引き受けてくれるなんて頼もしいよ! じゃあコレ、小泉さんに渡してもらえるんだね!」

「は?」

 彼方は凍りつく。今、小山はなんか理解できないことを言った。

「え~、あの~、ワタシ織原サン。小泉サンでなくて、織原サンなんだけど……」

「分かってるよ」

「え~と、じゃあそのコレは……」

「映画のチケット」

「そんなこたあ分かってる。そうじゃなくて!」

 小山はしばし視線を上空に向けて何かを考えたかと思うと、彼方から離れ、ポンと手を打った。

「ああ、ゴメン。もっと詳しく言うべきだったね。俺、小泉さんを映画に誘いたいんだ。だからコレ、小泉さんに渡してもらえるとありがたいんだけど……」

「へ?」

 彼方はまた口をパカーッと広げた。黙っていれば美少女なのに、これでは台無しである。

「何でまたあたしに?」

「だって、織原さんって小泉さんと仲良いじゃん」

「はあ、まあ、そうっすけど……」

 確かに彼の言う「小泉さん」……小泉りな子は彼方の親友である。小学生の時から始まった友人歴は、中学時代を経て、今現在まで続いていた。

「ちょっと待て。映画に誘いたいのは……」

「小泉さん」

「とゆうことは、入学式に一目ボレしたのは……?」

「小泉さん」

「ずっと好きだったってのも……?」

「小泉さんのことだけど……」

 ああ、膝から力が抜けていく。彼方はガクリとくず折れ、両手を地面について四つんばいのような格好になった。

 あー、あー、そうよねー。そんなウマイ話、あるわけないよねー。ほんの一分前は人生バラ色だったのに、今はズンドコよー。はっはっはー、こんなアタシを笑うがいいサー。

 彼方は今、錯乱していた。正気に戻るまで、しばしお待ち下さい。

「あの……、織原さん? どうかした? 具合でも悪いの?」

 小山はかがみこんで彼方の様子をうかがう。いや、元はと言えば、まぎらわしい言い方をした君が悪い。少年よ。

「いやー、なんでもないサー。へっちゃらサー。へっへっへー」

 だからその物言いがへっちゃらだというふうに聞こえないのだ。

「織原さん……。やっぱりダメかな? 映画のチケット……」

 小山が残念そうな口ぶりで言う。諦めたかのように、立ち上がった。

「待て」

 そんな小山の足を、彼方は項垂れたままがっしりとつかんだ。

「一度引き受けたんだ。りな子を誘うのはやってやる」

「本当?」

 ガクガクと彼方は首を縦に振った。相変わらず、四つんばいの格好のままで。

 確かに小山の告白が自分に対してのものでなかったことには気落ちしてしまうし、勘違いで有頂天になっていた自分が恥ずかしくもある。最初からきっちりとりな子の名前を出さなかった小山に対しての腹立たしい気持ちもあった。

 でも、りな子は自分の親友だ。

 その親友の恋路を応援するのもまた、「せーしゅん」の一つなのではないだろうか。

「そうよ!」

 彼方は跳ねるようにして立ち上がる。いきなり立ち直った彼方を見て、小山がたじろいでいるが、そんな小山の様子など彼方の目には入っていない。

「まーかせなさーい! 今度の日曜には、引っ張ってでもりな子を連れてってやるからさ! はっはっはー!」

 友達思いで切り替えが早く、ポジティブシンキングで立ち直りが早い。これらは彼方の美点であるが、度が過ぎるために美点だと思ってくれる人が少ない。それが彼方の悲しい性であった。

「織原さん……! ありがとう……!」

 小山も引き受けてもらったことには感謝感激の様子である。

「あー、そうそうー」

 しかし、彼方はそんな小山の肩をつかむと、

 ゴスッ!

 顔面をグーで殴り飛ばした。

 変な期待を抱かせた天罰である。

 小山は数メートルほど吹っ飛び、二、三度ピクピクと痙攣したあと動かなくなった。

「アレ? やりすぎたかな?」

 例によって、彼方は軽く殴ったつもりなのであったが、小山からすれば強烈な右ストレートであったに違いない。

 まあ、乙女の怒りは激しく痛いのだということを、良~く学べたことだろう。



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