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ふわふわ  作者: ゆーう
5/5

その5(FINAL)

「小野と安藤がどうなったか、見てみましょうか」

 私だけでなく、マリーナちゃんも、私たちよりも百年以上長く生きている先輩たちも揃って第三クラウドに集まって雲の下、人間の世界を覗き込み、私が一度ハートの矢を刺し、抜いた二人の姿が『あすなろ園』の庭に見える。

 告白をした時と同じシチュエーションだけれど、私たちの中ではたった一日、もしくは数時間前とも思える時間も、人間たちの中ではどれぐらい経っているのか私にはわからない。

「小野くん、大学サボっているそうね」

「……サボっているわけでは……。あ、それよりも今度どこかに遊びに行きませんか? 先日の部屋の掃除のお礼も兼ねて」

 小野が笑顔で安藤を誘っている姿が見える。

 周りには他の人がいないし、シチュエーション的には告白をしてキスをした時とすごく似ていて、いい雰囲気と言えるだろう。

「私たち、別れましょう」

「え……?」

「冗談でも嘘でもなく、私は小野くんを愛せない。いいえ、今の小野くんが嫌いよ」

 無関係な人間が誰かと交際するのも、誰かと別れるのを見ても、なにも気に留めない。それどころか先輩たちは楽しんでいる。

 でも、私にとって小野と安藤の二人は違う。

 私が運命を捻じ曲げてしまった。

「小野くんがいくらこれからがんばっても、もう私は小野くんを好きになれない」

 ハートの矢を抜かれた人間は、恋に冷めてしまい、その人への好意を失ってしまう。

「これから、またまじめに――」

「その言葉を信じられない!」

 安藤は怒鳴った。

 普段なら笑ったりして見ている先輩たちも、これが現実だと言わんばかりに黙って見守っている。

「もし、まじめに戻ったとしても、またいつ今みたいになるかわからない。小野くんは、願いや夢、目的を果たしたら、他を疎かにするってわかったのよ」

 もし公務員になったとしても、というやつだろう。

「もう小野くんとはやり直せない。ごめんなさい。やっぱり、家族なのよ、私たちは」

 これ以上はもう見ていられない。

 私は目を閉じ、耳を閉ざした。

「クラミニカさん、マリーナさん、二人は当然知っていると思うけれど、ハートの矢が勝手に抜け落ちる前に、空人の手で抜くとこういうことになるのは知っていたわね」

「はい」

 ハートの矢の存在を人間が知っていたら両思いの相手がわかることで便利と思う反面、そのリスクを人間が知ったら誰も喜ばないかもしれない。

 空人の存在も、ハートの矢の力も知らない人間たちが運命と片付ける、恋の行方――ハートの矢を刺して、抜かれたカップルは二度と復縁することはなく、破局を迎えて勝手に抜け落ちるのとは違い、もう二度と、私たちのハートの矢は刺さらない。

 一度、運命に見放された人間は、二度と運命の出会いも、恋も出来ず、自分だけの力で恋を成就させるしかないのだ。

「恋をすることで人間は進化も進歩もするけれど、失恋もまた人間を大きく成長させます。それを学べたのならば、これは良い結果と言えるでしょう」

「なぜですか?」

 私はまだ罪悪感で押し潰されそうだ。

「今、安藤が言ったじゃないですか。もし、クラミニカさんが刺さなかったとして、数年後小野が目標を達成して告白したら、二人は付き合えたでしょう。ですが、付き合った小野はどうなりましたか?」

「大学に通わず、遊び歩くようになった」

「小野はまだ若い学生だからいいかもしれません。私たちが言えたことではありませんが、安藤にとっても未来に失恋を約束されるよりも、少しでも若いうちに失恋をして、新しい恋に巡り合う機会を増やす方が合理的です」

「……もしかして、アンネロッテ先生には二人がうまくいかないってわかっていたんですか?」

「絶対、ということはありませんが、何百年も人間を見ていれば、恋をして自分を失う男というのは珍しくないのです。苦労して、やっと掴んだ難しい恋こそ、不幸になるのです。だから私はクラミニカさんを止めませんでしたよ。小野と安藤にとっては、今が最適だったと思っていますから」

 先輩たちも人間たちを見るのに満足したのか、体の筋や翼を大きく伸ばしたりして、一つの恋が終わったにも関わらず、特に意に介した様子もなく、散り散りに自分たちの世界へと戻っていった。

「これから、もっと勉強をしていきましょうね」

「はい!」

 私とマリーナちゃんは揃って返事をした。

「でも、クラミニカさんの人間に優しい点はこれから武器としていきましょうね」

 うまくいかはわからないけれど、人間たちの恋だってそうだ。

 告白をしてOKをもらえるか、不安で仕方ないだろう。

 それでも、その夢や願いを叶えたい、好きな人と一緒になりたいという一心で気持ちを伝える。

 そして告白がうまくいけば恋が成就し、それを重ねれば愛となる。


 小野と安藤のことをずっと引きずってはいられないと言っても、考えない日はなかったが、何度もこれでよかったんだと考えを改めなおした。

 第三クラウドにはたまにしか足を運ばずに、家でお母さんと一緒に過ごしている。

「はい、クラミニカの好きな、甘いピンクの雲をかけた青いふわふわの雲よ」

「いただきます」

「この数日、家に篭りっきりだけど、そろそろ外に働きに出てみる?」

「どうして?」

「そろそろ孫の顔が見たいなーって」

「お母さん!」

 私は気づいている。

 空人には男がいないのに、どうやって私たちが生まれたのか。

 そしてアンネロッテ先生が言った、人間が滅びれば私たちも滅びるということの意味。

「私たち空人って人間との間の子供なの?」

 空人は地上の食べ物を口にしたら空が飛べなくなるので、二日から三日しか滞在できないが、人間と子作りをして戻ってくる分なら時間は余裕だろう。

 マリーナちゃんは興味がないみたいだけれど、私は先輩たちがこっそり見ている、人間たちの性行為というのを見たことがあるし、その結果赤ん坊が生まれるのを知っている。

 空人と人間を結び合わせて考えるようになったのは、先のアンネロッテ先生の言葉が多いに関係している。

「大人の空人になったんだから、教えておくべきよね。アンネロッテ先生は教えてないみたいだから」

 いらっしゃい、とお母さんが言うので、大好きな雲を急いで食べて家の外へと出て、翼を大きく広げて、アンネロッテ先生の家がある第一クラウドへとやってきた。

 ちなみに私たちが住む小さな一軒家の雲はどこにも属しておらず、小さなまま大空をたゆたっている。

 第一クラウドにはアンネロッテ先生以外にも、一人暮らしをしている空人が何人か一軒家を建てて生活している。

「先生、こんにちは」

「はい、こんにちは」

 アンネロッテ先生は雲のじょうろを持って乾き始めている雲に余分に水を含んだ雲から絞った水をかけて、雲を保っている。

「今日はお母さんとどうしたの?」

「この子が子作りに興味を持ったので、教えてあげようと思いまして」

 人間の性行為が恥ずかしいことを知っている。私が恥らって言葉を濁していると、お母さんが井戸端会議でもするかのような軽い口調で言った。

「あら、ちょうどいいわ。マリーナさんもお母さんと来ていますよ」

「マリーナちゃんも?」

 なにがあるんだろう?

 第一クラウドの端に大きく盛り上がった、一見積乱雲のようにすら見える特徴的な雲があり、中をくり貫いたように空洞が出来ていた。

「マリーナちゃん」

 マリーナちゃんがお母さんに耳を引っ張られて、空洞の前に立たされている。

「あそこにあるのがあなたのものになるかもしれない赤ん坊よ」

「え?」

 私、まだ男の人と手を繋いだことしかないのに、もう赤ちゃん出来ちゃったの!?

 そう思ったけれど、人間はお腹に赤ん坊を宿すのだから、あそこと指差された先にいるわけがない。

 なにがあるのか興味に駆られて駆け寄ってみれば、そこには小さなふわふわした繭のような雲が、守られるように大事に眠っていた。

「これが、赤ちゃん?」

「そうよ。これはあなたたちががんばって人間たちの恋を成就させた分だけ成長して、いずれ赤ん坊が生まれるの。一番活躍した空人の功績に影響を受けて、その空人に似た子供が生まれるの」

「お母さんががんばったから、私がここから生まれたの?」

「そうよ。でも、私だけじゃなくて、みんなの努力の結晶でもあるの。次に生まれるのは百年先か二百年先かはわからないけれど、私たちはみんなで家族なのよ」

「そうなんだ……てっきり」

「てっきり、なに?」

 お母さんが笑っている。

 まるで心を読まれてしまったかのようだけれど、実際にそうなのだろう。

 私は人前で口にするには憚られる、恥ずかしいことを考えていた。

「この、ふわふわの雲の繭の中から生まれた私たちは、ふわふわの雲が好きなんだね!」

 慌てて、必死に取り繕う。

 ふわふわの繭から生まれ、ふわふわの雲を食べて、私たちは人間のふわふわと浮ついた心を落ち着かせる。

「私、がんばる!」

 私も大好きな自分の家族を作りたい。

 例え、人間のような恋をしなくても、私たちは人間を幸せにすることで幸せになれる。

 やっぱり私たちは天使なのかもしれないね。


                 (了)

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