第8話
~ルカside~
「人間界、かぁ……」
俺は一人呟く。ロイは相変わらず何事も無い様にして俺の隣を平然と歩きながら口を開いた。
「怖いですか? 人間界に行く事が」
――――怖い? そうだよ、多分俺は怖くて怖くて仕方が無いんだ。
かと言ってロイにそんな事言う訳ないけど。
「……――っ」
唇を噛み締めながら俯く。
もし指定される場所が自分の故郷だったら――――と思うだけで胃がキリキリする。
「だって貴方のご家族は誰も貴方の事、覚えてませんもんね」
「……心読まないでよ」
「ガードが足りないんですよ、特に今のルカは」
……本当だ。今の俺はロイに心を読まれる程心のガードが足りない。
いつもはロイの心の読み位避けられて、読む事は俺の方が出来る。
なのに――――
……こんな気持ちじゃ駄目だ。これから人間界に行くってのに。
人間界に行くには緊褌一番でないといけない。
「さ、さっさと行こう」
俺は誤魔化す様に言い、歩こうとした。
でも目の前に『あるもの』のせいで行けなかった。
『あるもの』とは――――
「はよー☆ 元気かいな」
――――秋山翔。
「……あ……お久しぶりです。秋山様」
ロイは礼儀正しくそう言ったけれど俺は何も言えなくて。
俯いたまま立ち竦んでいた。……というより立ち竦む事しか出来なかった。
「なんや、ルカ。お前まだそんな表情しとるん。今度のヒメのお陰で元気になりよったと聞いたさかい攻めて来よったっちゅうのに」
「……止めてください、秋山様。元気ですよ俺は」
俺はニコッと笑いながら言う。その笑顔はいつもの意地悪と言われる笑顔でも無く、もちろん満面の笑みでも無く。
コイツのお陰と言ったらなんだけどコイツのせいで習慣づいてしまった作り笑顔――――
「ん、いい笑顔☆」
秋山はそう言い終えた後、俺の腹を思いっきり蹴った。
「……うっ……っ……ゴホッ」
思わず背中を丸め、よろめきながら咳をする。
そんな俺を見ても冷静な態度の秋山。……分かってる。
分かってた、筈だ。コイツはこんな奴だ。まるで心が無いロボット――――
「そう言われる思とった? んなん言う訳ないやろ。で、何処に行きよるん」
やっぱりレンは秋山に言ってなかったようだ。罰の事を。
ならもし、何しに行くのかとか聞かれたらどうしよう。罰と言ったらレンが秋山に言ってないのがバレてレンが何されるか分かんないし――――取り敢えず何処に行くかだけを教えて、何しに行くかはふせておくしかない。
「人間、界に行くんです」
秋山は俺のその言葉を聞き、妖艶に笑った後『何しに行くのか』を俺に聞こうとした。
でもその言葉はロイの言葉によって打ち消された。
「……なんで知らないんですか?」
――――え
「ロイ……っ!」
ロイも気づいたのだろう。ハッとした様な顔をして自分の口を塞いでる。
だって、そんな事を言ったら勘のいい秋山はその言葉をスルーする筈が無い。
「ソレ……どういう意味で言うてるん」
「や、秋山様には関係の無い――――」
慌てて弁解しようとする俺に秋山は胸倉を掴み、
「なんやソレって聞いてるんやけど」
と、睨みつけながら言う。そんな破りにくい雰囲気を破ったのは
「離せ、翔。俺が罰の事を翔に言わなかっただけだ」
……間違い無く、レンだった。
「……っなんで――」
「お前等はもう人間界へ行ってろ、ここは任せていいから」
そう言いながらレンは人間界へと続く道を指差す。
「でもっレン……」
そんな事したらどうなるか――――
「“様”をつけろと前から言ってるだろう? ――ルカ」
――――レンは……全部分かってる……
これから秋山にどうされるかも、全て……
……全て覚悟した上でやっている。
そう気づいた俺はレンに背を向けた。もう自分の覚悟が必要なんだ、と思ったから。
レンがここまでするって事はレンにとっても俺にとっても人間界に行く事は何かしら重要な事なんだ。
「……今までありがとう」
俺はそう一言呟き、ロイも背を向けた。
レンが今から何をされるかが分かってるから俺とロイは今すぐにでもこの雰囲気から抜け出したくて。
なのに、いつも近い距離がすごく遠く感じて。
結局俺達は無力なんだ、と気づかされたこの日
強くなりたいと心から願ったこの日
どうしても、どうしても
涙が止まらなかった……この日
絶対に忘れない、イヤ忘れる事なんて出来ないんだ
それぞれの哀しみの心を色付けながら俺達は人間界への道へと進んだ。
*
――――人間界。
金の事しか考えなく、金の事でもめる腐った世界。
詐欺師はゴロゴロと居てそれと同時にホームレスもゴロゴロ居る。
そんな世界に俺等はやって来た。
イヤやって来たというより俺にとっては戻ってきたというべき?
そして落とされた場所がココだった。勘づいている人は勘づいているだろう。
――俺の故郷。
「なんで……」
レンは此処に落として何をさせようとしたんだ?
少なくとも俺は家族には絶対に会いたくない。
「でも、……会うしかないんじゃないですか?」
「……ロイは黙ってて」
家族に会って? “俺”と気づいてもらえなくて? 哀れに帰るってのか?
はっ誰がそんな自ら馬鹿げた事するかよ。そんなこと――――
「おとうさーんっ!」
キャッキャッと草原で聞こえたのは小さい男の子の声。別に此処に親連れの子供が来る事は珍しい事ではない。草原のベンチに座ってギラギラと輝く太陽を見つめながら小さくため息をついた。
男の子は今からお父さんとボール遊びをする様だ。ころころと転がっていったボールを追う様にして俺等の近くへやって来た。
「お兄ちゃん達なにしてるの?」
無邪気な子供の声が胸に刺さる。
ナニシテルノ? ……本当に俺は何をしてるんだろう。
無表情で食い入る様な視線で男の子を見つめていると男の子は表情を曇らせた。
「おっ? 和也どうした、お兄ちゃん達に遊んでもらうのか?」
――――え、俺は自分の目を疑った。
でも見るからに父さんだった。紛れもない俺の父さん――――
分かる筈ないのに、俺は口をパクパクとさせていた。
父さんは目の前に居る俺ではなく、男の子を見ていたのだけど。次第に男の子は潤目になり、えーんと泣きだした。
「お兄ちゃん達、怖いよぅ」
え、俺達のこと? と思った時には父さんは俺等を見て
「……うちの子に何かしたんですか?」
と愛想が良い笑顔が近付いた。
他人を見ている様な笑顔。その笑顔に俺は何も言えなくなった。
「……すみません、なら僕達もう行くんで」
ロイが放心状態になっている俺の腕を『行きますよ』と言いながら掴む。
俺等はその場所を去った。
~ロイside~
「……ルカ、お気持ちは分かりますが――」
僕はこう言うしかなかった。本当は気持ちなんて分かりやしない。
けどルカから返ってきた言葉は予想外のものだった。
「なんのこと? ねぇついでに服かなんか見て行こうよ♪」
言葉だけを聞くと予想外だったけど表情を見れば分かる、心を見れば分かる。
哀しみに満ち溢れた感情が。
……誤魔化しているだけ。
仕方ない。合わせるか――――って
「……ヒメ?」
なんで此処にヒメが?
目の錯覚? 目を擦りながら見るとやっぱり居る。
「はぁ? 何言ってんのロイ。姫が居る訳――」
ルカはそう言いながら後ろを振り向いた。と同時に丸くなる瞳。
「姫!?」
ヒメは笑みを浮かべながら僕達を見た。
「姫、逢いたかったよ」
ルカが臭いセリフを吐きながらヒメの手の甲に口づけると
ヒメは少し目線を逸らしながら、
「何も言わずに行くなんてどういうこと?」
と言う。
その言葉に僕達は何も言えずにキョロキョロと目を泳がす。
バン! と壁を叩く音。思わずビクッとなりながら、怒られる事を覚悟する。
だけどヒメが見せたのはさっきまであった満面の笑みでも無く、覚悟していた怒り顔でも無く
――――ボロボロと流れた涙と俯いた顔だった。
「え、ちょ、姫? どうしたの」
ルカが、あたふたとしながら慰めようとする。
「……なんで何も言わずに……っその間に何があったと思って――」
そこまで言われた所で何を言われるかが僕もルカにも理解できた。
そうして僕達は虚ろになった瞳をヒメに向けた。
「……とにかく向こうの世界に戻りましょう」
唇を噛み締めながら言った言葉はとても、……とても小さな言葉だった。
~ロイside 終~
意味が分からないって人居たら遠慮せず感想で何処が分からないか、言って下さいね?(後から知る様に設定してある所はふせますがw)
評価、感想、お気に入り登録、レビュー等心よりお待ちしておりますm(__)m