第2話
誰……
「……レン様」
……“レン様”?
黒い髪に黒い瞳。
「ヒメは」
「ヒメはこちらに……」
……え……何……?
漆黒の瞳が私を捕えて逸らす事が
できない。
「……大丈夫ですよヒメ、ちょっと変わった方ですけど」
ロイの腕を無意識に掴んでいた私の手を握って
ふふっと笑いながら小さく言う。
変わった方……?
怖がってる事を知ってるのか知らないでいるのか、レン様と呼ばれる人は平然と歩いてくる。
そしてコロっと表情が一変した。
「ヒメちゃーん!!!! 実物で見ると、さ・ら・に! 可愛いナ☆」
そう言って“レン様”とやらは私に両手を広げて跳びついてきた。
「……は……い……?」
「わっはっは! もー本当にこの子いいね! この初々しさとか☆ ありがとね~ルカ♪」
「まあな」
???
どういうこと?
私の頭は「離せ」と言う事も忘れて、?マークでいっぱいになる。
「顔はそこら辺じゃ見かけない位の美少女だろ?」
そうやって笑う銀色の髪が少し揺れる。
……って
「あぁ――――!!!!! アンタさっきの!」
「今頃気づいたんだ? ヒーメ♪」
そう、この人は私をこっちの世界に招いて
連れてくるだけ連れてきてどっか行った人。
「あはっごめんね?」
「ごめんねじゃない!」
上目遣いで言っても可愛くないし!
ロイなら可愛いけどッ!
「……でもなんでこの子を見つけれたの~? ルカ」
レン様と言う人がルカと呼ばれる男に尋ねる。
……それは私も興味ある。
私が選ばれた理由って事だよね?
そう思って深刻な話を聞く準備をしていたのに―――――
「まぁ、たまたまだよ」
……はぁ?
この言葉を聞いた時は頭の血管がブチ切れるかと思った。
いや、ブチ切れたのかも。
「……はは、ロイ? たまたまってどういう事かなぁ?」
そうロイに聞くとロイは言いにくそうに顔を顰める。
「……すみません。そのままの意味です」
「“そのまま”? やけにあっさりしてんだね……?」
「……“ルカが選んだ”からです」
……ありえない……
それだけで私の人生……
それだけで私の……すべてが……
「……ルカって言ったけ?」
「あ、俺ね俺。言い忘れてたルカだよ♪ 今更だけど宜しくね~」
「……けん……な」
「え? 何?」
「ふざけんじゃねえ――――!!!」
「え、あの? ふざけてませんけど」
本当はコイツもふざけてないかもしれない。
そうかも、だけど私にはふざけてる様にしか見えない。
……だってありえないよ……
「……ふっ……ふざけないで……っ……なんで私なのよ……」
「……」
顔を上げなくても分かる。
哀れんだ瞳で見てるんでしょ?
本当なんで私なの……
「たまたまって何よ……私にはお母さんがいる、友達がいる」
なのになんで―――
お母さんも沙希も……皆きっと心配するよ……
「心配はしません、だって―――」
「ロ、イ……また……心読んだんだ? ……本当なんなのこの世界……
変な生き物は居るし心読むし……もぉやだ……」
……帰りたい……
本気でそう思った。
「……すみません……でもここの世界に来た人間は元の世界の住人には
“居なかった存在”として覚えられるんです……」
……なにそれ
「どうゆうこと……」
「……つまり貴女は向こうの世界で、最初から生まれてきてない存在となってしまったんです。だから誰も貴女の存在を知りません」
……頭の整理がつかない。でも次第にその意味が分かってきて。
「……ははっ……そうゆうこと……」
おかしくなりそう。
……誰にも知られてないんだ
お母さんは私を生んだという事を忘れて、沙希は私と出会ってない事になっていて……
私には帰る場所なんて無くなったんだ。一人ぼっちに、なったんだ
「……っ……う……」
「ヒ……ッメ……!」
私は走った。零れる涙を抑えずに。
できれば遠くまで誰にも追いつかれない遠くまで。
*
~ロイside~
僕は間違っていたのだろうか
「……行っちゃったね」
遠くなっていくヒメを追いかける事なんてできなかった
「……貴方のせいでしょう」
「そうなのかなぁ?」
「そうです」
そうに、決まっている。
「でも俺、ロイの為に連れてきたのになぁ」
「……どういう事ですかルカ」
本当は分かってる。
ルカはまだ僕があの事を気にしているのに気付いているんだ。
だから
「―――ロイがあの事を引きずっているから」
だからなんだ。
「次は“永遠の生命”を手に入れさせるんだろ?
あの時実羽にできなかった吸血を―――」
――――『実羽』
「――っ……黙って下さい!!!」
そんなこと……
……周りには瞳を見開いた人々。
普段驚きもしないルカまでもが驚いていて、ガヤガヤとしていた城内が一瞬で冷たい雰囲気に包まれる。
「……失礼します」
――バタン――
どうして思い出させるんだ。
どうしてこんなにも苦しく――――させるんだ。
「……実羽」
『……ねぇ実羽』
『なぁにー?』
『どうして実羽は“永遠の生命”を欲しがらないの?』
『……ロイ? 私はね人間に生まれてきた事を後悔してないの。神様がお母さんに授けてくれた命が私。永遠の生命は運命に逆らう事になるでしょう? 私は人間である以上限られた時間を精一杯生きたい、そう思っているの』
『そうなんだ。凄いよ実羽は。きっと誰よりも立派な“人間”だね!』
『ふふ、でしょ?』
そう言いながらはにかむ彼女の、優しい笑顔が大好きだった。
でもあの時、吸血をしてれば。
あの時、実羽の言葉を無視してでも“永遠の生命”を手に入れさせていたら。
実羽は死なずにすんだのに
「実……羽」
もう一度逢いたいのに
もう一度声を聴かせて欲しいのに
もう一度、あの笑顔が見たいだけなのに。
「……はね……実羽――――!!」
誰よりも……愛していたのに
どうして僕の隣に君は居ない?
「み、はね……」
戻ってきてよ 僕の処に
今度は絶対に離さないから
「逢いたい実羽……」
~ロイside 終~
*
「……っは……ぁ……っ」
どれくらい走ったのかな
もう辺りが真っ暗―――
バサッ……
「……!?」
カーカー……
……カラスか……
……こんなに逃げなくても追いかけてくれる人なんて居ないのに
馬鹿だなぁ私……
「はね――――!!」
……何……今の……ロイの声……?
私は声のする方へ足を向けた。
すると、
見た事も無い様子の彼がそこには居た。
声をしゃくり上げて愛おしそうに、でもどこか苦しそうに
『実羽』
そう呼んでいた。
ロイは私を見た瞬間、大きく目を見開いたかと思うと私の方に駆け寄ってきて。
「……っみは……ね……戻ってきた……っ 実羽が戻って―――」
実羽……? 私が……?
……どういうこと……
「実羽……!」
そう言ってロイは私の膝にすがりつくようにして離さない。
「ロ、イ……? 私は実羽さんなんかじゃ―――」
「ねえ実羽? 僕、戻って来てくれるって信じてたよ
……そして今度は絶対に“永遠の生命”を手に入れさせてみせるって決めてた、だから―――」
そこまで言ってロイは私を草の上に押し倒し首に近づいてきた。
「……え? ロイ……? なにす―――」
途端に体じゅうで走る電流。
ロイは私の首筋に舌を這わせていた。
「!? ……っやぁ……ロイッ……やめっ」
「……やめないよ、これでやっと手に入るんだから―――」
そう言ってロイは牙を出した。
「ロ 、イ……? ……ロイッ……!」
何度呼んでも聞いてくれなんかしない、手足もロイの綺麗な手で縛られていてビクともしない。こんな顔していても男なんだ。力が……すごい……
もう駄目―――
そう思った時だった。
「ロイ」
この男が再び現れたのは。
――――ルカ
「……ルカ邪魔しないで」
そう言ってまた近づいてくる牙。
怖い
「……けて…… 助けてルカぁ……っ」
やっとの思いで掠れて出た言葉。
「……――ッやめろ! ロイ、目ー覚ませ……!」
ロイの腕をルカが思いっきり私の手足から弾き飛ばす。
取れたと同時に後から感じる鈍い手足の痛み。
「……っ……いた……っ」
顔を歪ませて言うとルカが心配そうに顔を覗き込んだ。
「大丈夫? ヒメ」
「だ、だいじょうぶ……」
ロイがしたという事が――――信じられなくて。
私にとっては予想もしていなかった事で、ありえなくて。
このズクンズクンと痛む手首と足首から現実を思い知らされる。
「……ロイ……目ー覚ましたか?」
目を見開きながら泣きそうな表情をして見るロイ。
「……っ……僕は何を――――?」
「……ロイ。この跡はロイがつけたものだ」
ルカはそう言って私の手足を見せる。
「……――――す、すみません……僕もう……戻ります……」
瞳に涙をいっぱいためて、でも絶対落とすことはないようにと気をつけながら
私達を一瞬見、ロイは城の中の自室へと戻っていった。
「……ははっ……なんか……なんなんだろね……」
何もしてあげられなかった事が苦しくて。
でも勘違いされた事が悲しくて。
「……私、実羽さんなんかじゃないのに―――ね」
――――なのにもうあんなロイの表情なんて見たくなくて。
……意味分かんなくて……
怖かった、ロイじゃないみたいだった。
「――――――っ」
何があったの?
そんな言葉聞く事なんてできなかった。
目頭がジーンと熱くなる。
辛い
「……俺の前でも無理してんじゃねーよ」
そう言ってルカは私を自分の胸に引き寄せた。
その胸の中は、あたたかくて
――――“泣いていいんだよ”
まるでそう言われたような気持ちになった。
「……も……っ……ルカのばか」
「なんで?」
なんで、なんて分かってる癖に。
「……こんな奴に私が甘えるなん……てありえない……」
そう有り得ない事なの、本当は。
だけど――――
「現に今、甘えてるでしょ?」
――――今だけは甘えさせて
ニヤっと悪戯な笑みを浮かべたルカは、私の涙を拭い見つめた。
……この瞳、なんか好きだなあ……
優しいようであたたかいピンクの色。
「……あり がと……」
私は小さな声でルカに言った。
すると彼は一瞬吃驚した様に瞳を見開いたかと思うと
「……えー? なんて言った? 聞こえなかったや。もう一回言って?」
また意地悪な口調で私に言葉をかえしてきた。
でも口ではそう言いながらも頬は赤らんでいて。
「……ばか」
分かってるよ
照れがくしだってこと。ありがとうねルカ……
――――――
――――
「……っていうかせっかく逃げたのに結局みつかっちゃったね?」
少し時間が経った後ルカが口にした言葉はこの一言。
「……うるさいよ」
本当は見つかって良かったかも
一人じゃ心細かったから……こんなことルカには絶対に言わないんだけどね
「ヒメ」
「なーにー?」
「ヒメの本名教えてよ」
……え……?
「い、今なんて……」
「だーかーらーヒメの本名教えてっていってんの!向こうの世界の時の」
……!
「言ってもいいの!?」
「もちろん。俺から聞いてるんだしさ」
……どうしよう嬉しい……
この世界に来て名前を聞いてくれるのなんて初めてだ……!
「……さ、斎藤柚姫!“ゆず”は食べ物の柚でね!“き”は、お姫様の姫!! あ ついでに言うと“さいとう”は――」
ここまで言った所で
「もういいって!」
とルカにクスクス笑われながら、遮られる。
「柚姫か……なら姫って呼ぶね?」
「――――何が違うの? 今までと一緒じゃん」
ちょっと膨れながらルカに言う。
「一緒じゃないよ。カタカナの“ヒメ”の発音と漢字の“姫”の発音すこーし違うでしょ?」
“ヒメ”と“姫”――――
「……ぜんっぜん変わらない!!」
「まあ今度から“姫”って呼ぶから♪」
変わらなくてもやっぱり嬉しい。
“私”を呼んでくれてるって気持ちが――――
「……っす、好きにすれば」
そう言うとルカはふっと笑って表情を柔らかくする。
「あ、今俺に見とれてたでしょ」
「は!!!!? 馬鹿じゃないの!? 自意識過剰にも程がある! アンタなんかに見とれる訳ないじゃん!」
怒りながらそういうと、ルカは笑いながら私を見る。
……余裕たっぷりってかんじの瞳。
あぁ゛~!!!! ムカツク!
「わっ、私もう帰る!」
「どこに?」
……どこに。
……そういえばどこに?
部屋準備してもらってないよね……
「じゃ一晩俺の部屋においでよ」
「……嫌だ!!」
私は懸命に否定する、――――が
「寝る場所無いからしょーがないっしょ。それにほら……ロイの話も聞きたくないの?
俺の部屋来ないなら、教えないよ?」
ロイの話。聞きたい……。
実羽さんと言う人と何があったのか。
「――――! ……ひ、卑怯!!」
「知らなーい♪」
私は渋々ルカの部屋に泊まる事にした。
文字数が少ないので三話を一話にまとめましたm(__)m
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