第12話
~ルカside~
"この命にかえても絶対に"そう言った俺の決意は固かった。
護りたいものを護る、相手の幸せを考えて手放す。そう考えたのはただの気まぐれなんかじゃなくて、ちゃんと悩んで悩んで……ようやく辿り着いた結論。本当は帰したくないのかもしれない、イヤ返したくなんかないんだ。姫を手放すことなんてしたくない。俺のものにしたい……ずっと傍に居て俺と居ることをいつしか"幸せ"と感じさせてやりたい。
……けれど。
姫は俺と居ることをきっと望んでなんて居ないんだろう。それどころか……泣かせてばかりじゃないか。姫にとって家族の元に帰る事が"一番の幸せ"だとしたら、俺はもう迷わず姫を、どんなに自分が辛い状況におかれたとしても護りたい……そう決めたんだ――――
「……カ」
鳥の、声が聴こえる。
チュンチュン……
「ルカー」
これは、誰のこえ……? ……そんなこと考える前にすぐ分かってしまう。まだ眠くて重い目をうっすらとあけて、微笑む。俺の大好きな……愛しい人の声……。
「……姫……大好きだよ」
姫は一瞬目を見開いたかと思うと顔を真っ赤にして
「な、何いってんの!!」
と叫ぶ。俺は心から素直に、姫を可愛いと思った。それを言うと姫はもっと顔を赤くして枕を投げつける……この、ほんわかした空気が俺にはたまらなく居心地が良かった(姫は相当焦って疲れた様子だったけど)。この空気が、この姫の香りが、姫一つひとつの言葉が、行動が……ずっと続けばいいのにと願ってしまった。小さいからだで強がってる姫の事を"傍"で護りたいとも思った。
けれど、もうこの気持ちは忘れなければならない。
そう思うと途端に切なく、苦しくなる――――
「さて……っと、そろそろ起きますかぁ~!」
その想いから逃げるようにして、隣で照れる姫をよそに、いつもの元気な大きな声でスクッと起き上がった。
「姫? そろそろ行こうか♪」
と、いつもの調子で手を差し出す。姫は一つ深呼吸をし、言った。
「……ルカのエスコートなんかいりませんっ!」
……今日は、レンに話をしてみようと思っている。なんのことか、と聞かれると"姫を人間界へ戻す"という話。この国には必ず"ヒメ"が必要だ。だけどソレは斉藤柚姫、姫に限ったことじゃない。なら、姫の代わりに人間界からひとり連れ出す……? そうしたら次のヒメを犠牲にすることになるのかな……それは……。
「ぁ……」
深く考え込んでいたら後ろからついてきていた姫が小さく声を漏らした。その声に反応して姫を見つめる。姫は瞳いっぱいに涙を溜めながら口をポカーンとあけている。それと同時に不意に目を泳がす。その反応に、誰かがいるのかと悟り、俺は姫ではなく、姫が見た先を見る。
「……あ」
もしかして姫の……。
「……おとう、さん……」
――――やっぱり。予想は的中した。この人は紛れもなく姫の父親だ。この裏の世界に来ていたことを姫は初めて知ったはず。そりゃ困惑するのも当然……。けど次の言葉で"初めてこの世界で会った"のではないと気づかされる。
「……昨日は眠れたかい?」
え?
「眠れるわけない、じゃない……おとうさん」
まるで最近会ったかのような会話に一瞬自分の耳を疑う。
「そうか……」
二人のしんみりした空気に似合わず自分だけが慌てて、状況を把握しようと必死になる。
「お父さん、私――――お父さんに……」
姫がそういった瞬間、いつもの明るいトーンでドコか人懐っこいような大阪弁が響き渡る。と、同時に満面の笑みが俺の瞳にうつる。
「こないなトコでなんしよるーん?」
――――そう、秋山だった。
「まさか、親子の復縁……だったりっ?」
鼻で嘲笑うかのようにして秋山は冷たく笑う。
許せない
なんだか一瞬だった。そう、たった一瞬。"許せない"と思った瞬間反射的に動いてしまった身体。俺は秋山を殴っていた。気づいたときには秋山が長い睫毛を伏せ、指で口の横に垂れた血を拭っている時だった。秋山はクッと喉を鳴らすようにして笑い、俺を見る。髪をつかまれ、途端に縮む距離――――
「……ざけんじゃねぇぞ……? そんなに殺されたいか?」
背筋が、ゾッとする。冷たい瞳も、つかまれている髪も、その笑顔も……全てが恐怖のように思えた。だけど俺は……俺は、もしお前が姫の邪魔になるようなことをするっていうなら……。
「……秋山、お前を絶対ゆるさねぇ」
護りたいものがあるんだ
それは決して譲れないもの
そして必ず
手放さなければならないもの。
もう無くなってしまうかも
しれない。
だけど、お願い
最後ぐらい護らせて――――
~ルカside 終~