第7話 召喚錬金術師、要注意危険人物になりました。心外です。
リオネール王国の中央錬金院は、王都の北端、宮廷区の高台にそびえていた。
白亜の塔と幾何学模様のガラスドームが空を映し、古代魔術と近代錬金術の融合を象徴するような、静謐な佇まいを見せている。
「……うん、やっぱり何度見ても、ここは迫力ありますね」
真奈は正門前で立ち止まり、軽く息を吐いた。二度目の訪問とはいえ、中央錬金院の荘厳な外観にはまだ圧倒される。
その隣では、いつものように銀鎧の騎士――レオンが腕を組んで彼女を待っていた。
「慣れたかと思ったけど、やっぱり緊張するか?」
「少しだけ。でも、レオンさんが一緒だと安心します。……今回も同行してくださって、ありがとうございます」
「当然だろ。危険物……いや、貴重な錬金術師の護衛だからな」
「ちょっと! 今、“危険物”って言いました!?」
「気のせいだ。……ほら、行こうぜ。今回も真面目な検査だ」
レオンが片手をひらりと振って先に歩き出す。真奈は半歩遅れてついていきながら、小さく深呼吸をした。
先日よりは、胸の高鳴りは抑えられている――はず。
けれど。
(やっぱり……アレクシスさんがいるって思うと、ちょっとだけ、息が詰まるかも)
前回は偶然だったとはいえ、媚薬の事故のあとに登場した銀青の魔術師――アレクシス。
ルシアの婚約者であり、公爵家の後継者。しかも、魔術の実力も確かで、王族関係者の中でも一目置かれている人物。
真奈にとっては、「王宮で最も格式高い人の一人」という印象が拭えない。
(きっと今日は、“きちんと見られる”んだろうな……)
正直なところ、気が重い。
だがそれでも、自分のステータスや能力を整理し、王宮と共有することは必要なことだと理解していた。
やがて、錬金院の第七棟へと続く扉の前にたどり着く。
「ここか」
レオンが軽くノックすると、すぐに内側から反応があった。
中央錬金院の内部は静かで、空気が少しひんやりしていた。床には滑らかな青銀の石が敷き詰められ、天井近くまで届く本棚と魔導具が所狭しと並んでいる。
案内された観測室の一室には、すでに見慣れた人物が待っていた。
「ようこそ、ふたりとも。時間ぴったりだね」
銀青の髪に黒のマント、品のある微笑み――アレクシス・ヴェル・リオネール。公爵家の後継者にして、王宮魔術師団の若き実力者。
「……あ、アレクシスさん。お久しぶりです」
「うん、先日は“なかなか印象深い”出会いだったね。君の薬のせいで、某騎士団副長の“記憶”が3日ほど空白になったとかならなかったとか」
「ちょっ……それはっ……!」
「気にしないで、冗談だから」
悪びれもなく微笑むアレクシスに、レオンが小さく咳払いをした。
「今日は、真奈の能力とステータスのすり合わせ、だよな?」
「そう。彼女自身が扱えるものを整理して、今後の方針を考える。もちろん、無理に聞き出すようなことはしないけど」
「……だ、大丈夫です。開示できる範囲で、お見せします」
真奈が静かに手をかざすと、空中に柔らかな光のスクリーンが浮かんだ。淡い水色の魔法陣が旋回し、簡易ステータスが投影される。
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《開示用ステータス》
■ 名前:真奈(Mana)
■ 職業:錬金術師(初級実務者)
■ レベル:10
■ 属性:風・水・光・生命(稀少)
■ 魔力量:275/300
■ 習得スキル:
・錬金術:基礎・応用
・錬金術:癒し(Lv5)
・錬金術:媚薬(Lv5)
・錬金術:生命(Lv1)
・属性感知/錬成視
■ 代表アイテム:
・癒しの雫(小・中)
・翠命の雫
・恋慕の蜜
・妖精の息吹
・夢香の霧
・魔性の花蜜(封印保管)
・真実の雫(王宮管理)
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「……なるほど。想像以上だな」
アレクシスが静かに目を細めると、スクリーンに指を向けた。
「真奈。もし許可してくれるなら、君の詳細ステータスも見せてくれる? より正確に把握しておきたいんだ」
真奈は少しだけ迷ったあと、こくりとうなずいた。
「……はい。大丈夫です」
その答えを受けて、アレクシスが軽く呪文を唱えると、光の層がもう一枚展開され、より詳細なステータスが現れた。
「……これは……」
「……うわ、マジか」
隣のレオンが、思わず眉間にしわを寄せる。
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《詳細ステータス(抜粋)》
・錬金術:媚薬(Lv5)……副作用:快楽作用、精神緩和、依存反応/一部アイテム要封印
・真実の雫:精神作用(高純度)/対象の本音誘導・混濁危険性あり
・恋慕の蜜「親愛感情」を強調・促進させる
・夢香の霧:催眠・幻覚作用/不安定/一部条件で強制誘導
・翠命の雫:蘇生補助/生命力付与/生命属性共鳴(未解析)
⸻
「ええと……その、どうでしょう……?」
真奈がおそるおそる尋ねると、レオンがわかりやすく頭を抱えた。
「どうって……これ、どこに出しても恥ずかしくない“危険物リスト”だろ……」
「褒めてる?」
「もちろん、最高に褒めてる」
アレクシスも腕を組み、やや真面目な表情になっていた。
「精神作用系がかなり多いのが気になるね。政治的に見れば、君の力は“交渉・扇動・懐柔”に使われる可能性がある。……正直、危うい」
「そ、それは……そんなつもりじゃ……!」
「わかってる。君が悪いわけじゃない。力を“どう使うか”を決めるのは、常に人間だ」
アレクシスの声は静かだったが、その視線には強い確信が宿っていた。
レオンは、頭を抱えていた手を下ろすと、ぼそっと呟いた。
「真奈、頼むから今後の調合、もっと落ち着いたやつにしてくれ……。“キケン”って札を首から下げて歩くことになりそうだ……」
「な、なんですかそれっ……!」
「まあ、でも……」
アレクシスが軽く笑って補足する。
「これだけ特殊な適性が揃ってるというのは、ある意味、“聖女適性”にも近い証拠だよ」
「っ……」
「光属性、生命属性、精神への働きかけ――十分すぎるほど条件は満たしている。ただ、だからこそ慎重にならなきゃいけない。君自身を守るためにね」
真奈は、じんわりと湧き上がる不安を抱えながらも、小さく頷いた。
「――では、次は《妖精の息吹》の検証だね」
アレクシスが目線でテーブルを示すと、真奈が小さく頷いた。
「はい……《妖精の息吹》は……見た目は透明な霧が入った小瓶です。作るたびに香りが変わるけど、どれも“心を緩める作用”が強くて、媚薬スキルの派生です。前回、偶発的に作ってしまったもので……」
「俺が持ってる」
レオンが腰のポーチから小瓶を取り出した。淡い金色の霧が揺れるそれを、アレクシスの前にそっと置く。
「香気が強く、精神に作用する。念のため、封は解かないほうがいい」
「大丈夫。魔術結界も張ってるし、空間操作も準備済み。……少しだけ、開けるよ」
「待っ――!」
「ちょ、まって、アレクシスさんっ!」
レオンと真奈の制止もむなしく、アレクシスはすでに封を僅かに緩めていた。
ふわり、と甘く、温かな空気が室内を包み込む。透明感のある花蜜のような香りが流れ、身体の力がふっと抜けていく。
「……これは、なるほど……」
レオンはサッと立ち上がって真奈を後ろにさがらせた。
「アレクシス、媚薬の効果だぞ、わかってるか?」
しかし、レオンの心配は他所にアレクシスの金の瞳がレオンに向けられる。
「……ふぅん。意外と、近くで見ると……いい顔してるね、レオン」
「……は?」
「背も高いし、鎧姿も様になる。口数は少ないけど、責任感もあるし……なんだか、心が軽くなって、落ちつくよ。」
「…………」
レオンの眉がぴくりと跳ねた。
「おい、アレクシス。……その顔、なんだ。まさか、」
「うーん、そうだね、僕が今、魅力を感じてるのは――君だ、レオン」
「はああああっ!?」
「ちょ、ちょっと!? な、なんでレオンさんにいくんですか!?!?」
「ふふ、これは検証だよ。香気の反応対象は“所持者が渡した相手”。つまり……」
アレクシスはくるりと瓶を回し、左手をそっと掲げた。
「今回の使用者は、レオン。僕は、レオンから瓶を受け取った“対象者”――だから、効果が僕に向いた。それだけさ」
「…………っ」
レオンの口が引きつり、肩が硬直する。
「いや、だからって……その目で俺を見るのをやめろ……」
「それにしても……君、予想外に魅力的なんだよね。こう……芯があって、真っ直ぐで……あれ? レオン? 顔赤いよ?この媚薬、気持ちがリラックスしてくるね、眠気もくる、かな?」
「うるさい!! 今すぐその魔法、解除しろ!」
「はいはい」
アレクシスが軽く指を弾くと、空中に魔法陣が浮かび、香気が風と共に一掃された。室内の空気が一気に澄み返る。
「……やれやれ、これは“意図しなくても”効果が発動する。つまり“悪用しやすい類のアイテム”だね」
アレクシスは表情を引き締め、改めて語った。
「この手のアイテムは、“所持者が渡すだけで効果を及ぼす”。使用意図とは無関係。だからこそ、慎重な管理が必要になる」
真奈ははっとして、翠命の雫のことを思い出す。
「……そういえば。私、あのとき……」
彼女の脳裏に蘇ったのは、神獣の傷を癒すため、ルシアに手渡した小瓶を、意識的に神獣に差し出した場面。
「あの時、私は……“ルシアさんを使用者”にして、神獣さんを“対象者”にして、翠命の雫を作った。……そうなるように、調整してた……」
「その通りだよ。君は“魔力の流れ”を理解し、意図的に“誰が使い、誰に効くか”を設計していた。だから、外部が“その雫を悪用できない”」
アレクシスの声音が静かに、けれど確信を込めて続く。
「つまり、君の錬金術は、精密で、強力だ。だが、そのぶん責任も伴う」
「……はい」
真奈は小さく頷く。
「だからこそ、ルールを決めよう」
アレクシスがレオンを見る。
「精神作用系アイテムが生成された場合、申告は必須。保管と管理は、君に一任する。……異論はないね?」
「もちろん。真奈の力が、変に使われないようにするのは、俺の役目だ」
「ありがとうございます、レオンさん……」
真奈の声が少し震えると、レオンはそっと彼女の背に手を置いた。
「気にすんな。お前はお前の得意を磨け。あとは俺が受け止める」
「……頼もしいね。君ってほんと、護衛騎士の鑑だ」
アレクシスが苦笑まじりにそう言ったとき――真奈がふと、不安そうに口を開いた。
「でも……私、本当に大丈夫なんでしょうか。こんなに“危ういもの”を、いっぱい持ってて……」
すると――
「よし、じゃあ今後は名札作っとこう。“高濃度危険物・真奈”。裏面には“香り注意”ってな」
「なんですかそれっ!? ひどいっ!」
「冗談だ。……でも、本気で誰かに渡す時は、ちゃんと俺に相談してくれよな」
「レオンってば、ほんと過保護~。あの顔で真奈命とか……ねえ、可愛くない?」
「誰が真奈命だ!!」
アレクシスの茶化しに、レオンが赤くなりながら叫び、真奈もその勢いに吹き出してしまった。
あたたかな風が、錬金院の窓を揺らし、心のわだかまりをさらっていくようだった。
【名前】真奈(Mana)
【職業】錬金術師〈召喚者〉
【レベル】10(初級実務者)
【年齢】17歳(異世界召喚者)
【魔力量】275/300(一般平均の約5倍)
【属性適性】風(中)、水(中)、光(低)、生命(稀少)
【習得スキル】
・錬金術:基礎・応用
・錬金術:癒し(Lv5)……治癒力・回復速度・安定性向上。中規模治癒薬・再生補助も可能。
・錬金術:媚薬(Lv5)……官能/精神作用系の調合精度が向上。効果制御が可能に。
・属性感知
・錬成視
【生成履歴】
・癒しの雫(小・中)……安定生成(成功率95%)
・翠命の雫(再生・蘇生補助)……成功安定
・恋慕の蜜「親愛感情」を強調・促進させる
・妖精の息吹(副生成)……心理緩和・空間緩和、副作用:眠気・甘え反応
・夢香の霧(副生成)……催眠・幻想作用(安全制御Lv5対応)
・魔性の花蜜(副生成)……魅了・官能作用(危険度高/保管制限あり)
・真実の雫(高純度)……精神作用・本音誘導、危険アイテム扱い
【注意事項】
・媚薬系スキル(Lv5):1日3回まで使用可能。強度・作用調整可能。
・副生成物の影響範囲が広いため、保管と使用は指導者管理下が望ましい。
【代表アイテム】
・癒しの雫(小・中)
・翠命の雫
・妖精の息吹(調合済・保管中)
・恋慕の蜜(管理下保管)
・夢香の霧(管理下保管)
・魔性の花蜜(封印保管)
・真実の雫(高純度・王宮監視下)