第1話 異世界召喚、いきなり媚薬できちゃった!?
「――えっ、えっ!? ここ、どこですかっ!?」
目を覚ました瞬間、私、日高真奈は、ふかふかの赤い絨毯の上で混乱していた。
白い大理石の柱、天井に描かれた美しい天使の壁画、まるでファンタジーゲームのお城の中みたいな広間。
「落ち着いてください、勇者様」
そう声をかけてきたのは、ティアラをつけた美しい女の子。
「ここはセフィア王国。わたしは王女ルシア・エルセリーナ・リオネールです。あなたは、神獣を癒す聖女である私を補助する勇者として異世界より召喚されました」
「……えっ? い、いせかい? わたし……召喚されちゃったんですか?」
「その通りです。あなたには、この世界に必要なスキルが与えられているはずです」
そう言って前に出てきたおじいさん――魔法使いっぽい長老が、杖を振った。
「スキル鑑定!」
ぽん、と空中に青白い光のウィンドウが浮かぶ。
真奈
[スキル付与:錬金術(癒)]
[ステータスウィンドウ:開放]
[レベル:1 経験値:0/50]
[スキル内容:回復薬・解毒薬などの生成/使用時魔力消費]
「えっ、錬金術? あの、回復薬とか作る系……?」
「ふむ、癒しに特化した錬金術か。これは……補助役じゃな」
その瞬間、広間に微妙な沈黙が流れる。
まるで“思ってたのと違った”っていう空気がひしひしと伝わってくる。
重苦しい沈黙が広間を包む。
視線の温度が下がったのを、私は肌で感じた。
だけど、それよりも私の中にあるのは――
「……あの、すみません。ここ、元の世界じゃないんですよね? だったら……私、戻りたいです」
国王や魔術師たちの目が一斉に私を見た。
「私はただの高校生で、特別なことなんて何もできないんです。家に帰って、いつもの生活に戻りたいんです……」
王女――ルシアは少し驚いたように目を瞬かせたあと、ゆっくりと口を開いた。
「あなたの気持ちは理解できます。でも、あなたが選ばれたのには理由があるの」
「……理由?」
「この国には、神獣がいて……それを癒すのが、聖女である私の役目。
けれど……私は限界なの。神獣の魔力にあてられて、身体も心も持たない」
ルシアの声は静かで、でもその奥にある痛みが伝わってくる。
「あなたの“癒しの錬金術”は、私の魔力負担を減らすことができるはず。
……あなたが、少しでも力を貸してくれるのなら……」
「……そうしたら、私……元の世界に戻れるんですか?」
その問いに、王様が厳かに頷いた。
「この世界では、召喚者が“自らの役目を果たし、力を極めたとき”、元の世界への扉が開かれる」
「……極める、って……?」
「癒しの錬金術を磨き、この国と神獣を救う。そのときこそ、元の世界に戻る道が見えてくるだろう」
私は息をのんだ。
そんな条件、重すぎる。でも――
(帰るためには、やるしかないのかも……)
「……わかりました。できるかどうか分かりませんけど……私、やります」
ルシアはほっとしたように笑った。その笑顔は、ほんの少しだけ、さっきより柔らかく見えた。
「真奈様には、補佐役をおつけしましょう。この者です」
王様がそう言うと、騎士たちの列の中からひとりの青年が歩み出る。
背が高くて、引き締まった体。黒髪に鋭い目つき。
まるでゲームに出てくるクール系騎士そのもの。
「レオン・ヴァルド。王国騎士団副団長。ルシア様直属の近衛を務めています」
「ひっ、副団長……!?(偉い人??) えっと、日高真奈です。よろしくお願いしますっ」
「……ああ。余計なことはしなくていい。迷惑をかけなければ、それでいい」
「っ……」
さっそく塩対応。
ええ、知ってますよ! 異世界召喚された女子高生が、チートスキルで無双する話が流行ってるって!
でも、現実(?)はこのザマですよ……!
⸻
――異世界に来て数日。
自分の“スキル”は《錬金術:癒し》というもので、回復薬の調合が得意だとわかった。
だが、うまくいった試しはほとんどない。
(回復薬のつもりで作っても、色が違ったり、香りが変だったり……)
今日も、真奈は与えられた調合室の机に座り、素材をひとつずつ確認していた。
ガラス瓶に入った植物の葉、乾燥した花びら、きらめく鉱石の粉末。
(癒しの素材、癒しの素材……。この「月光草」って書いてあるのは、たしか回復系だったよね)
不慣れな手つきで素材をすり潰し、魔力をこめながら混ぜる。
そのとき――
《スキル:錬金術:癒し 適合素材を検出》
《追加提案:精神安定作用を加えますか?》
「え……? い、今の声……スキル……?」
目の前に、淡く輝くステータスウィンドウが浮かびあがっていた。
まるで自動翻訳機能つきのレシピのように、素材の相性を表示し、魔力の流れまで示してくる。
「えっと……こっちの“花蜜”と混ぜると、作用が……?」
《混合成功率:82% 効果傾向:回復・精神安定》
《副作用の可能性:低 ※ただし感情系に影響のある素材が含まれています》
「副作用……でも、まあ、いけるかも……」
慎重に材料を合わせ、魔力を流しこむ。
すると、魔法陣のような光が薬液の表面にふわりと浮かび上がる。
ぽたり、と雫が落ちる音。
完成した薬は、ほんのりピンクがかった透き通る液体だった。
香りは……甘く、花のようでいて、どこか誘われるような……不思議な香気をまとっている。
「……あれ、これって、ほんとに回復薬?」
不安に思っていると、再びウィンドウが現れた。
《調合成功》
《新スキル獲得:「媚薬生成」》
《生成物:恋慕の蜜(効果:親愛感情の増幅)》
《※1日3回まで生成可能/魔力消費:小》
「……え、え、ええええっ!? び、びやくっ!? これ、媚薬だったの!?」
慌てて机に置いた瓶がカランと転がる。
(まって、わたし、“癒し”のスキルだったはずで……どうしてこんな……!)
脳裏に浮かぶのは、ほんの少し前に表示された「精神安定作用」という文字。
確かに癒しの一種かもしれないけれど、
まさか“そういう方向”にスキルが進化するなんて、聞いてない。
パニックになりそうな思考をなんとか抑えて薬瓶をテーブルに置いた、そのとき――
「真奈。薬の確認をする。完成しているか?」
扉が開き、レオンさんが無表情で現れた。
「えっ!? レオンさん!? い、いまちょっと……っ!」
「初回調合薬は、騎士団員が試飲して効果を確かめる決まりだ。手順に従う」
「ま、待ってくださいっ、それは本当に――」
私の制止も聞かず、彼は迷いなく薬瓶を手に取り、
わずかに香りを確認しただけで、ためらいなく口に含んだ。
ごくり――。
その音が、妙に大きく感じられた。
「……っ!」
レオンさんが静かに眉をひそめた。
最初は平然としていた彼の表情に、微かな違和感が生まれる。
肩がわずかに揺れて、彼の視線がふらりと私に向いた。
「……なんだ、これ。身体が、熱い……」
「そ、それはっ! やっぱり! 違うんです、レオンさん! それ、回復薬じゃなくて……っ!」
私は必死で弁解しようとしたけど、レオンさんの反応は止まらなかった。
「……お前の声、こんなに……響いて聞こえるものだったか……?」
彼の視線が強くなる。射抜くような目つきだったのに、今は、まるでとろんとした熱を帯びている。
「香りも……甘い……。お前が、さっきより……ずっと綺麗に見える」
「ひ、ひゃっ……!? まっ、待ってください、レオンさん! それ、薬のせいですっ!」
私は思わず後ずさりした。レオンさんが一歩、近づいてくる。
動きはゆっくりなのに、どうしてだろう、すごく迫力がある。
顔も近い。距離感がおかしい。しかも、さっきより確実に――目が優しい。
(やばいやばいやばいやばい!!)
「……落ち着いてくださいっ、本当にすみません! たぶん、それ“恋慕の蜜”っていう……媚薬でっ……!」
言いながら、私は涙目になっていた。
「まさか、……媚薬とはな」
そうぼそりと呟いたレオンさんの顔が、さっきより少し赤くなっていて、
けれど、ふっと一歩後ろに下がると、少しずつ正気を取り戻したようだった。
「……大丈夫だ。軽いものだな。すぐに効き目は切れる」
「よ、よかったぁ……本当に、ごめんなさい……!」
私は深々と頭を下げた。
レオンさんは、ほんの少し、口元を緩めたような気がしたけれど……たぶん、気のせい。
「責任は……取ってもらうぞ」
「えっ……?」
「俺に妙な気を起こさせた責任だ。二度と変な薬は作るな」
「そ、そんなつもりじゃなかったんです……っ!!」
耳まで真っ赤になった私を、レオンさんは少しだけ面白そうに見ていた。
こうして、私の異世界ライフは――
まさかの「媚薬」から始まってしまったのだった。