雑記(2)
もうずいぶん昔の話だが、実は僕にも似たような経験がある。
あれは中学3年の修学旅行の帰りの新幹線の中での出来事だった。(ちなみにこの時の修学旅行の行き先は奈良と京都だった)
僕が何かの理由で席を立ち(トイレに行くか給水機へ水を飲みに行くかしたのだと思うが、覚えていない)、自分の座席へ戻ろうとしていた時、Fさんが乗降口のドアにもたれかかるようにして、一人で寂しそうに外を眺めているのを見かけた。
「どうしたの」と声をかけると、彼女は一瞬僕を見て、小さい声で「何でもない」と答え、また窓の外へと視線を移した。
話してみると、T君に自分の想いをアピールしたものの、何のリアクションも無くて落ち込んでいるらしかった。
これについては僕も大いに同感できるところがあった。
T君は僕の目から見てそれほどカッコいい男ではなく、むしろT君にとってFさんはもったいないくらいの相手であり、その好意をムダにしているT君の態度は僕にとっても納得のいかないものだったからだ。
ここで少し状況を補足しておこう。
突然T君とかFさんが登場してきて困惑しているに違いない。
T君は僕と同じクラスのクラスメイト。だが僕とは親友というほどの関係ではない。
Fさんは僕とT君とは違うクラスで、T君に想いを寄せている。FさんはT君とは親しくしているが、僕とは顔見知り程度でほとんど会話をしたことがない。
また、この場には登場しないがFさんの親友にBさんがいて、僕とT君とは同じクラス。彼女もT君とは仲が良く、Fさんと同様にT君に想いを寄せてるらしかった。
つまりT君、Fさん、Bさんの仲良し3人の間に僕が紛れ込んでいるような感じなのだ。
少々場違いではあるが、当時の僕は女子だけの輪に入っても物怖じすることが無いくらい、意味不明に自惚れていて自信満々であった。
当時、男2人女3人でボーリングに行く約束をして、男友達がドタキャンしても、女子3人と平気でボーリングに行って遊んでいたくらいだ。
ちなみに、ここに出てくるBさんは合唱部の部長で、僕はこの前年に助っ人として合唱部に入り、一緒に合唱コンクールに出場した経緯がある。
(この時の合唱コンクールの顛末については、本作品の「斎藤道三の死(長良川の戦い)」の「雑記1」と「雑記2」で触れている)
また、話は前後するが、この修学旅行の少し前に、僕はT君とBさんに誘われてFさんの家に遊びに行ったことがある。
当時はチェッカーズが人気で、Fさんも彼らのファンであり、彼女が映画「チェッカーズ・イン・タンタンたぬき」の話をしていたことがなぜか印象に残っている。(何といっても昭和だからね)
あと覚えている事といえば、T君がBさんとFさんの胸の大きさを見比べて、Bさんの方がデカい、と言っていた事だ。
無邪気といえば無邪気なのだが、T君にはそういったデリカシーに欠けるところがあって、そういう点でも僕はT君を男として高く評価していなかった。
……
話を新幹線の中へ戻そう。
僕は彼女の話に大いに同情し、T君の態度は自分も理解できないということを話した。FさんはT君にはもったいないということも。
そしてその流れで、「俺だったら喜んでFさんと付き合うけどなぁ」と付け加えた。
もちろん、これは紛れもない僕の本心であり、彼女を慰めるためのお世辞や気遣いなどではなかった。
自分から告白するつもりは無いけれど、もしもFさんから告白されたら僕は喜んで付き合ったに違いない。
僕らはその時までずっと窓の外を見ながら話をしていたのだが、そこで初めて彼女はこちらを向いて、少し潤んだ目で僕を見つめてきた。
そのFさんの表情に僕の気持ちは大きく動かされた。
そこで僕は思わず、「僕はFさんが好きだ、だからそんなに落ち込むな」という話をした。
具体的なセリフは覚えていない。
他にも余計な事を話していたかも知れない。
そしてその後、何を話したかも覚えていない。
とにかくT君のせいで彼女が落ち込んでいるのは見るに耐えなかった。
最終的に、彼女は「分かった」と僕に言った。
少し明るくなった彼女の表情を見て、僕は満足してその場を離れた。
やがて自分の席に戻った僕は、少し困惑していた。
……あれ?
当初、僕は彼女を励ますつもりだったのだが、よくよく思い返してみると、これって僕が彼女に告白した事になってるんじゃないか?
彼女は僕の言葉をどう受け取ったのだろう。
家に帰り着くまで、僕はそんな事ばかり考えていた。
その後、家に着いた僕はその日のうちに彼女の家へ行き、改めて告白をした。(なんと場所は彼女の家の玄関先である)
あのままでは、告白したようなしていないような中途半端な状態となっていたため、自分の中で気持ちがモヤモヤしていたからだ。
もはや乗り掛かった船だ、ここまで来たら腹を括って告白してしまえ、と思った。
付き合って欲しいと伝えたところ、嬉しいことに彼女からOKの返事をもらうことができた。
それから2回くらいは一緒に歩いて学校から帰ったりしたが(彼女の家は僕の家からダッシュで15秒ほどで行けるくらいの近さだから、帰る方向が同じなのである)、一週間もしないうちに「やっぱりT君のことを諦められない」と言われて、そこで関係は終わってしまった。
僕が話の成り行きで彼女に告白してしまったように、彼女もまた成り行き、あるいは雰囲気に流されて僕と付き合うことにOKしてしまったのだと思う。
結果的に僕と彼女は一週間も経たずに別れることになった。これではとても彼女と付き合っていたとは言えず、僕の中では彼女に告白した事も一週間後に別れた事もすっかり無かったことになっている。
中学時代の懐かしい思い出である。
あの時の僕はふだんの僕ではなく、あの時の彼女はふだんの彼女ではなかった。
僕らはただ、しばらくして正気に戻っただけだ。
……また話が逸れてしまった。
話を本能寺の変に戻そう。
もしも信長がわずかな手勢だけを従えて本能寺に宿泊してさえいなければ、明智光秀が変な気を起こすことは無かったに違いない。
信長の不用意な行動が誘い水になったのである。
僕だって、彼女が一人で寂しそうに窓の外を眺めてさえいなければ、彼女に告白することは無かったのだ。
そんな事もあって、僕には本能寺の変を起こした明智光秀の気持ちがちょっとだけ分かるような気がしてしまうのである。
無論、信長と出会ったばかりの光秀は、後に自分がそのような事を起こすなんて、思ってもみなかったであろう。
僕が、後に彼女に告白するなんて思ってもみなかったように……。
なお、つい先走って書いてしまったが、本能寺の変については本作品の最後で取り上げる予定となっている。
もっとも、そこまで書き続けられたら、の話だが。




