墨俣一夜城(1)
「ようやく尾張も統一できたことだし、今度は美濃を奪い取るわよ、恒興」
「次は美濃に御座りますか」
「ええそうよ。だって、もともと美濃はあのマムシ親父が『もしもお前が尾張統一を果たせた暁には、この斎藤道三、美濃をお前にくれてやるわ』って言ってたんだからね。本来ならアタシが尾張を統一したんだから、すぐに美濃はアタシのものになるはずだったのよ」
「まぁでも、道三殿は息子の義龍に家督を譲るばかりか、最終的には討たれてしまいましたからね」
「ほんっと腹が立つわよね。しかも当の義龍はすぐに病気で死んじゃってさ。おかげで今じゃ、その息子の龍興が我が物顔で美濃に居座ってるからね。とんびに油揚げを攫われた気分だわ。絶対、アタシが美濃を攻め滅ぼしてやるんだからっ!」
「と申されましても、稲葉山城は強固な城ですよ。実際、加納口の戦いでは、今は亡き殿の父君の信秀様が稲葉山城を攻めて、返り討ちに遭ってますからね。もしも稲葉山城を攻めるのであれば、近くに付城を築かねばなりますまい」
「何よ、付城って。つけ麺と一緒に出てくるやつ?」
「そりゃ、つけ汁だろ。付城っていうのは、城攻めの足掛かりになるような出城の事ですよ」
「でじろ? テレビで空気砲の実験とかしてた人?」
「それは、でんじろう! 正確には米村でんじろう先生だから。って、いちいちボケないで下さいよ。話が進まないじゃないですか」
「うるさいわね。ところで、その出城ってどこに造ったらいいのかしら」
「そうですね、私が思うに、墨俣が最適かと思われます」
「す、素股ってアンタ、何でそんな事知ってるのよ。もしかして、アンタも風俗に通ってたりしないわよね。あのヌルヌル感が病みつきになってるんじゃないの?」
「素股じゃなくて、墨俣! さっきからどんな耳してんだ」
「冗談よ、冗談。じゃあサクッと墨俣に出城を造っちゃいましょうか」
「そうやってサクッと出城が造れたら苦労しませんよ。何しろ敵の城の目の前に城を造るんですからね。斎藤軍も黙って見てないで攻め込んできますよ」
「そんなの、攻められたら返り討ちにすればいいじゃないの。そうねー、それじゃ今回は佐久間信盛くんにお願いしちゃおうかしら」
「わ、私に御座りますか」
「そうよ。アンタの苗字は佐久間なんだから、その名の通りサクッと出城を造ってちょうだい」
「そんな語呂合わせみたいな理由で佐久間殿に城を造らせるんですか?」
「何よ、恒興。なんか文句あんの? アタシがダジャレ好きなのは、アンタが一番良く知ってるでしょうに」
「それはそうですが……」
「あ、そうだ。佐々成政にさっさと出城を造ってもらうってのもいいわね」
「あいや、殿! ご指名とあらばこの佐久間信盛、何としてでも墨俣に出城を造って参ります」
「よくぞ言ったわ! アンタが成功した暁には、サクマドロップをご褒美にあげちゃうわよ!」
「この時代にそんなもん無いっつーの」
………
「と、殿! 申し訳ございません。墨俣築城の件、失敗に終わりました!」
「やっぱり……」
「え? なんで失敗したの? っていうか、やっぱりってどういう事よ、恒興」
「そもそも築城している最中に敵に攻め込まれたら身動きが取れませんからね。かと言って、ずっと敵襲に備えていたら築城する人手が足りなくなりますし」
「そっかぁ。それもそうね。じゃあ今度は恐ろしい顔をした柴田勝家に築城を命じるわ。アンタがその顔で睨みを利かせていたら、敵もビビッてそう簡単には攻めて来ないはずよ」
「そうかなぁ……」
「恒興は黙ってなさい。それじゃ、勝家。よろしく頼むわね」
「ははっ!」
………
「も、申し訳ございません! 墨俣の築城、失敗に終わりまして御座ります!」
「えっ!? アンタも失敗したの?」
「誠に申し訳ございません。城の完成まであと少しというところまで漕ぎつけたのですが、そこで斎藤軍が攻撃してきまして……」
「あら、惜しかったわね」
「いや、これは斎藤軍の嫌がらせと見るべきでしょう」
「何でそう思うのよ、恒興」
「最初から攻め込むのではなく、城が完成しそうになった頃を見計らって攻め込み、それまでの苦労をすべて水の泡にしてしまう方が精神的に受けるダメージは大きくなりますからね。早々に失敗するよりも、さんざん期待させておいてから失敗する方がキツいですから」
「なるほど。可愛い女の娘が『本気でアナタのことが好き』っていう感じでしおらしい態度を見せてきて、『もしかしたら、ヤらせてくれんじゃね?』とかさんざん期待させておいて、貢がせるだけ貢がせたら突然連絡が取れなくなるようなものかしら。あれ、キツいわよね」
「いったい何の話をしてるんですか。まぁともかく、攻撃しようと思えばもっと早く攻撃できたところを、あえて完成間近のタイミングを狙って攻撃してきたと考えるのが妥当でしょうね」
「くそー。それを聞いたらますます腹が立ってきたわ。えーい、こうなったら誰でもいいわ。誰か墨俣に築城できる人は居ないの? 我こそはと思う者が居たら、手を挙げてちょーだい!」
「はっ! そのお役目、この木下藤吉郎がお引き受け致します!」
「猿! お主のような下っ端に築城など任せられるわけが無かろう! このたわけが!」
「黙りなさい、勝家。失敗したアンタにそんな事を言う権利は無いわ」
「くっ……」




