弟・信勝の謀叛(稲生の戦い)(2)
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「相変わらず強烈な母君に御座りますな、殿」
「母上は癇癪持ちのヤンキー上がりだからねー。昔から怒らせたら手が付けらんない人だったわよ。ところで、どう思う? 恒興。アイツ、絶対反省なんかしてなかったわよね」
「信勝様に御座りますか? そうですね、どう見ても殿をバカにしてる顔でしたね、あれは」
「やっぱそうよね? 産まれつき優しい顔とか関係ないわよね」
「ええ、とても反省しているようには見えませんでした。また謀叛を起こさなければよいのですが……」
「殿! 柴田勝家様がお取次を願い出ておいでです」
「あら、何の用かしら。弟の命令で、さっそくアタシの首を取りに来たのかしら」
「いえ。折り入って殿にお話しがあるそうで……」
「そう。だったら今すぐここに通して頂戴」
「はっ」
「……殿におかれましては過日、切腹でもおかしくないところをお赦し下さり、感謝の言葉も御座りません。この柴田勝家、殿の懐の広さに感激致しました」
「何言ってんのよ。アタシの懐は寒いばっかりで広くなんか無いわよ」
「いいえ、殿は変人に見えて懐が広く、変態に見えてお優しきオカマ……じゃなかった、お方」
「どんな見え方してんのよ、アタシは」
「それに何と言ってもあの美少女、お市様の掛け替えのない大事な大事な兄上様に御座りますれば……」
「そんなこと言って、アンタ先陣切ってアタシを殺そうとしてなかったっけ?」
「あれは信勝様の命に従ったまでに御座ります」
「まぁいいわよ、済んだ話の事は。で、今日は何の用?」
「はい。信勝様の事に御座ります」
「またアイツかよ」
「そうです、またアイツです」
「そっかぁ、またアイツかー……って、おい。アンタが自分の大将にアイツって言ったらマズいでしょーよ」
「いえ、この柴田勝家、もはや信勝様には付いて行けませぬ。ゆえに大将とは見ておりません。信長様こそ、変人に見えて懐が深く、変態に見えて……」
「だからそこ、いちいちディスらなくていいから。『変人に見えて』とか『変態に見えて』とか余計なこと言わなくていいから。とりあえず何を伝えに来たのかを先に言ってくれる?」
「分かりました。では落ち着いて聞いて下さい。信勝様が再び信長様へ謀叛を企てております」
「え? ついこの間、赦してあげたばっかりなんだけど……。ほんっとバカにも程があるわよね。いったいアイツはどこまでバカなのよ」
「バカの血は争えませぬな」
「いま何か言った? 恒興」
「あ、いえ。何も」
「そう。ならいいけど。よーし、じゃあ恒興。すぐに戦の準備をしなさい。今度はこっちから仕掛けてやるわ」
「お待ちください、殿。みだりに兵を動かしてはなりません」
「また同じ事を言うわね、恒興。アンタは前回そう言って留守番してたじゃないの。もう右も左も無いわよ。アンタも今回は出陣しなさい」
「右や左ではありません。『みだりに』と言ったんです」
「なんでよ。戦は先手必勝なのに」
「たとえ勝ったとしても被害が出ます。他国に攻め込まれるような隙を与えてはなりません」
「そんなこと言ったって、グズグズしてたら向こうから攻め込まれちゃうじゃないの」
「ですから策を講じるのです。ここにいる柴田様のように、信勝様のお味方に付いている兵は、ただ信勝様の命令に従っているに過ぎません。彼らとて、身内同士の争いなどしたくはないのです。兄弟や親戚が敵味方に別れる事になる兵も少なくありませんから」
「確かにそうね。アタシだって、アイツから攻め込んでさえ来なければ戦う気は無いわ」
「早い話が、信勝様だけに死んでもらえばいいのです」
「そりゃそうだけどさ。そんなに都合良く死んでくれないでしょうよ」
「もちろん、こちらで手を下して死んで頂くのです。つまりは暗殺です」
「え? 暗殺? 暗殺って……。暗殺でしょ? 暗殺かぁ……」
「……?」
「ごめん。ボケが浮かばないわ」
「だから無理してボケなくていいですって」
「でも、いったいどうやって暗殺するのよ」
「殿が仮病を使って、信勝様をおびき寄せるのです」
「仮病? 壁にカレンダーとか留めるやつ?」
「そりゃ画鋲だろ。ともかく殿が仮病で寝込むのです。さすれば見舞いと称して、信勝様は必ず殿の様子を見に来ます」
「何でそう言い切れるのよ」
「仮に殿が放っておいても死にそうな様子なら、謀叛を起こさずに済むからです。その場合は、あえて謀叛など起こさずとも、ただ待っていれば当主の座は信勝様に転がり込んできますからね」
「……」
「信勝様だって、出来ることなら、自ら謀叛を起こすなんてリスクは犯したくないのです。今度失敗したら、自分が殺されるのは目に見えてますから……。ゆえに、挙兵して殿と一戦交えるべきか、このままじっと殿が病死するのを待つべきか、それを見極めに来るのです」
「なるほどねー。それにしても恒興、よくそこまで信勝の心理が分かるわね」
「そりゃあ私も時々は謀叛を起こそうかと思ったりしますからね」
「そっかー、だからかぁ……って、おい。アンタ恐ろしい事を考えてるわね」
「まぁそれはともかく、あとは寝込んだフリをした信長様が、枕の下に忍ばせた短刀で近寄ってきた信勝様を一突きすればそれで終わりです。名付けて『オペレーション赤ずきん』」
「ダサっ! 何なのよ、そのネーミングは」
「おお、なるほど、そういえばそのような童話がありましたな。この勝家も小さい頃に読んだ記憶がありますぞ。見舞いに来た赤ずきんを、おばあさんに扮したオオカミが食べるとかっていう……」
「そうそう、それです」
「それにしたって、センス無さ過ぎでしょ。もっと他に言いようがあるでしょーよ。つか、何がオペレーションよ。完全にアタシ一人のワンオペじゃないの。深夜のすき家かっつーの」
「すき家? いったい殿は何の話をされているのです?」
「べ、別に何でも無いわよ。あーもう、分かったわ。アタシが仮病を使えばいいんでしょ? それじゃ、さっそく今夜、実行に移すわよっ!」
………
………
「兄上。お身体の具合はいかがです? 突然の重い病と聞いて、この信勝、驚いて飛んで参りました」
「この通り、一人で起き上がる事もできないわ」
「そんなに重い病気なのですか」
「ええ。もう長くはないでしょうね」
「そうですか……(ニヤッ)」
「あ、悪いけど水を持って来てくれない? 喉が渇いたわ」
「分かりました。……はい、兄上。ここへ持って参りました」
「身体を起こすから、手で背中を支えてくれないかしら」
「……これでいいでしょうか」
「はぁ、ようやく起きれたわ。じゃあ今度は水を飲ませてくれる?」
「はい。……では兄上、口を開けて下さい」
「あ、ありがとね。これでやっと水が飲め……グサッ!」
「な……兄上……ど、どうして……ぶほっ!」
「一度は許してあげたのに、バカな弟ね。アタシがもう長くはないって言った時、アンタ喜んでたでしょ。昔からアンタは感情がすぐ顔に出るからね」
「は、謀ったな、兄上。……がはっ……」
「アンタがそのまま心を入れ替えてくれていたら……アンタにはアタシの片腕になってもらうつもりだったのに。こんな事になって、心の底から残念だわ」
「ぶっ……ぐほっ!」
「どのくらい残念かって言うとね、同じ学校に通ってはいるけど学年が違うから普段はあまり見かけない、とにかく可愛い後輩の女子から、『あの……先輩に大事な話があります。放課後、体育館の裏で待っていて下さい。それで、えっと……必ず一人で来て下さいね♡』なぁんて言われて、『おいおい、先輩のこの俺に告白か? 参ったな。同じクラスの女子に前から狙ってる娘がいるんだよな。でも、いい線行ってるとは思うけどまだ告白はしてないし、告白したところで俺と付き合ってくれる保証は無いしなぁ。それならこの可愛い後輩からの告白にOKしちゃえば、すぐに明日からでも手は繋ぎ放題、キスもし放題、あんな所やこんな所も触り放題揉み放題、これを逃す手は無いだろ』なんて思いながら放課後の体育館裏に行ってみたら、その可愛い後輩の隣にちんちくりんな別の後輩がいて、『この娘が先輩の事を好きだって言うから連れてきちゃいました。良かったら付き合ってあげて貰えませんか?』とか言われちゃって、思わず『俺には一人で来いって言ったくせに、そっちは二人で来るんかーい。しかも用があったのは、お前じゃないんかーい!』とか、心の中でツッコミを入れちゃうくらい残念だわ。しかも、いざ付き合い始めてやっといい雰囲気になったところで彼女のシャツのボタンを外してブラジャーを捲りあげてみたら乳首が真っ黒で、一瞬目の前が真っ暗になって『見た目は幼い感じなのに、こっちの方は熟練の黒帯ですか。さぞかし寝技の修練に明け暮れたんでしょうなぁ。黒帯だけに、こりゃまた見事に一本取られたましたな』なんつって……」
「殿! 何をブツブツと呟いておられるのです。信勝様はとっくに息絶えておられますぞ」
「あれ? 恒興? ……って、きゃーっ! 何よこれーっ! 信勝が死んでるじゃないのーっ!」
「自分で短刀をぶっ刺しといて、よくそんな事が言えますね」
「きゃーっ! アタシがCMに釣られて買ったニトリの布団が血だらけで真っ赤になってるじゃないのーっ!」
「だからアンタが殺ったんだろ。つか、この時代にニトリとか無いから」
「アタシの布団がこんなに血で赤くなっちゃうなんて……」
「そういえば殿のお気に入りの布団でしたね。まぁでも、そんなにお気になさらなくても、すぐに替えを用意させ……」
「……こ、これじゃあ『オペレーション赤ずきん』じゃなくて『オペレーション赤布団』じゃないのーっ!」
「気にしてるの、そっちかーい!」




