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雑記(2)

だが、僕が合唱コンクールへの参加を了承したのは、ただ先生が可愛いからという理由だけではない。

僕は昔から歌を歌うことが好きだったのだ。


それに僕は、人前で歌う事にもまるで抵抗が無かった。

一つには、人前で歌う事に慣れていたからだ。


実は、僕は小学生の頃、地元の少年野球チーム(リトルリーグ)に入っていた。

そのチームでは、試合場所となる球場への行き帰りの車の中で、選手全員が一人ずつ、監督(兼ドライバー)の命令で歌を歌わされるのが通例になっていて、皆が否応なしに歌を歌わされていた。

歌うことに対する度胸は、このとき身に付いたと言っていい。


もう一つの理由は、僕が歌を歌うのが上手(うま)かったからだ。(自分で言うなw)

だってしょうがないじゃん、上手(うま)いんだから。

そもそも、歌が上手(うま)いと先生が認めてくれたからこそ、僕にこんな話が舞い込んできたのだ。


先生だって、誰彼問わず声を掛けて回った(わけ)ではなく、ちゃんと人を選んでいるのである。

ふだんの僕は校内の学年行事の合唱コンクールにも、音楽の授業にも真面目に取り組んでいた。

きっとそういう部分も含めて、認めてくれていたのであろう。


そうして合唱練習の初日に出会ったのが良知(らち)先輩だったのだ。

聞けば、女子だらけの合唱部にあって、男子はこの良知先輩一人だけだという。

「紅一点」という言葉があるが(中華料理店の名前ではない)、この場合はその逆を行く「黒一点」である。


こういう時にありがちなパターンとして、性同一性障害と思しき症状を抱えた男(平たく言えば、オカマやオネエ)が、女の中に紛れ込むというケースがあるが、先輩にはそういった要素は皆無であった。

雰囲気的にはオタサーの姫の逆パターンに近く、歌サーの王子とも言える状況だったが、チャラい感じはまったくしなかった。


この先輩の印象を一言で表現するなら、クールという表現がぴったりだ。

卑屈だとか女々しいという感じもしなかった。

口数は少ない方だったが、独特の雰囲気と存在感があった。

しかしそれも、決して近付き難いとか話しかけ難いというわけではなく、後輩の僕から声を掛けると、落ち着いた大人の雰囲気で穏やかに受け応えをしてくれる。


先輩面をしたり、威張ったりする事も無い。

もちろん、男子で一人だけ合唱部に所属しているだけあって、歌は当然上手い。


何より、僕とは声の質がまったく違う。

低くて澄んでいて、透明感のあるいい声だった。

飲み物で例えるなら、苦味が効いて後味のすっきりしたアイスコーヒーであろうか。(人の声を飲み物で例えるのも変な話だが、僕にはこの例えが一番しっくりくるのだ)


直接聞いたわけでは無いが、たぶん本気で歌の道(声楽)を目指していたんだと思う。

黒一点を狙って入部したのでは無いことは言わずもがなである。


最終的に集まった人数は、男子が5人、女子が15人ほどであった。

おそらく出場校の中では最小人数だったと思う。

もしかすると、エントリーの下限人数だったかも知れない。


一応、時代背景について補足しておくと、僕らが産まれた世代は第二次ベビーブームの後半にあたる世代だったので、当時、僕が通っていた中学の2年生のクラスは8クラスあり、各クラスは42名くらいだった。

今の中学校は一学年2クラスとか3クラスが平均で、各クラスも30名程度だろうから、ちょっと想像がつかない人数であろう。

(まぁ要するに、今ならこのくらいの人数でも普通だろうが、当時としては少なかったという感覚を伝えるための補足なのだ)


練習期間は、せいぜい2ヶ月程度だったと思う。

もちろんマジメに参加した。

最初から、結果は見えていたけれど。


このとき歌った歌は、未だに覚えている。

子供の頃に覚えた歌というのは、年を重ねてもずっと忘れないものだ。


一曲目は明るくて快活な歌だった。

これが課題曲。

言い忘れたが、合唱コンクールでは課題曲と自由曲の2曲を歌うのだ。


歌詞はこんなの。


何になろう 鳥になろう

何になろう 光になろう

鞄に変身の夢 詰め込んで

桜吹雪 駆け抜けてから

壊れ卵にマゴマゴしたり

解けない数学にガクガクしたり

……


歌詞は全部覚えているが、全部書くとザワつく人がいるので、このくらいで止めておく。


それにしても、何だこのセンスの無さ。

光になろうとか、意味分かんなさ過ぎ。

ダジャレも無理やり感がひどい。

こんなの、僕のダジャレよりひどいだろ。


あまりのセンスの無さに、こっちがガクガクしてしまう。

たぶん、出来上がった曲にやっつけで歌詞を付けたのであろう。


……二曲目は暗い歌。

これが自由曲。


歌詞はこんなの。


妹よ 妹よ 今夜は雨が降っていて

妹よ 妹よ お前の木琴が聴けない

お前はいつも毎日木琴を抱えて学校へ通ったね

暗い家の中でもお前は木琴と一緒に歌っていたね

(中略)

あんなに嫌がっていた戦争が

お前と木琴を焼いてしまった


……


こちらも歌詞は全部書けるが、さっきと同じ理由でこの辺で止めておく。


これは選曲が悪い。

一曲目とのコントラストを狙ったのだろうが、とにかく暗過ぎる。

こんなの、聴かされた方だってリアクションに困る。

ちなみに、歌詞として書いた場合は上記になるが、実際にはこう歌うのだ。


あんなに嫌がっていた戦争戦争戦争が

あんなに嫌がっていた戦争戦争戦争が

戦争が戦争が戦争が戦争が

お前と木琴を焼いてしまった


何だこれ。

戦争のトラウマを植え付けようとしてんのか。

ていうかこの状況だと、雨が降ってなくても妹の木琴は聴けないだろ。


もちろん、結果は予想した通り、何の賞も貰えなかった。

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