斎藤道三の死(長良川の戦い)(1)
「殿! 一大事に御座ります! ご嫡男の義龍様が殿を討つと称して、挙兵いたしましたぞ!」
「何じゃと?」
「既にこちらへ向かって進軍中! その数およそ17000!」
「して、我が方の兵数は?」
「およそ2500に御座ります」
「なんと。7倍近い兵数で攻めてきたと申すか。わははは。それほどの兵力を集めなければ安心して攻めて来れぬほど、ワシの倅はこの道三が怖いと見える。まったく、大きな身体に似合わぬ小心者よの。わははは」
「しかし殿。この兵力差では到底こちらに勝ち目は御座りませんぞ」
「今さら数など気にしても始まらん。ただ義龍相手に、このマムシが最後のひと暴れをしてみせるまでのこと。ワシが直々に戦の手ほどきをしてくれるわ」
「殿。このような事態となり、誠に無念に御座ります」
「なんの。今日までよくワシに仕えてくれたの。礼を申すぞ」
「うっ、殿。そのような、うっ、お言葉、うっうっ、勿体のう御座ります!」
「そのように泣くでない。さて、では一暴れしてから黄泉の国へ参るとするかの。そちもついて参れ」
「は。最後までお供致します」
「そうか。では共に参ろう。あちらの国でまた落ち合おうぞ。それーっ!」
「皆の者! 殿に続くのだ!」
………
………
「信長様、美濃の斎藤道三殿から早馬が参りました」
「あら珍しい。いったい何の用かしら? もしかして、お歳暮でも持ってきてくれたのかしら」
「そんなわけ無いでしょ。今は4月なのに、誰が早馬でお歳暮を送ってくるんですか」
「じゃあ、お中元?」
「お歳暮でもお中元でもありませんよ。わざわざ早馬が来るという事は、これは斎藤道三殿の身に何か火急の事態が起きたに違いありません」
「信長殿に申し上げますっ! 美濃にて義龍様が挙兵し、道三様と長良川付近にて合戦中! 義龍軍およそ17000! 道三軍およそ2500っ!」
「え? 斎藤義龍って言えば、マムシの長男じゃないの。それってアタシの嫁の帰蝶のお兄さんって事でしょ? つまり、アタシの義理の兄と義理の父が戦ってる事になるじゃないの」
「何を今さら気付いたみたいに、白々しく言ってるんですか。そんなの結婚した時から分かり切った事でしょ」
「うるさいわね。わざとに決まってるでしょ。こうやって登場人物にセリフを言わせる事で状況を説明してんのよ。こんなの、小説を書く上では初歩的なテクニックでしょーが」
「それにしたって、普通はもう少し自然なセリフの言い回しにするでしょ。って、それを登場人物に言わせてるのもどうかと思いますけどね。まぁいつもの事ですけど」
「ゴチャゴチャうるさいわね。それにしても、自分の父親を攻め滅ぼそうとするなんて、いったい何を考えてるのかしら。罰当たりにも程があるわよ」
「自分の父親の位牌に平気で抹香をぶちまける殿が言っても、説得力がありませんね」
「あれは突然ゴキブリが出てきて、たまたまそこにあった抹香を掴んで投げつけたら、たまたまそこに位牌があっただけでしょ。全部たまたまよ、たまたま」
「オカマの殿が『たまたま』って連発するの、止めてくれませんかね」
「ちょっとぉー、オカマを変態みたいに言わないで欲しいわね。アンタだって、アソコを常に大きくしてる変態の『つねおき』じゃないの」
「そんなとこ常に大きくしてませんよ。ていうか、『つねおき』は恒興って書くっつってんだろ。何回言わせるんですか」
「とにかく、アタシは自分の父親を攻め滅ぼすようなマネはしないわよ。そんなの金属バットで自分の父親を殴り殺すようなもんでしょ。そういえば昭和の時代って、男の子はみんな野球が好きだったから、玄関に金属バットがある家も珍しく無かったのよね」
「いつの話ですか、それ」
「何でもないわ、こっちの話よ。でもさー、マムシの道三も何で自分の子に『義龍』なんて強そうな名前を付けちゃったのかしらね。そんな強そうな名前を付けたりするから、子が勘違いしてつけ上がるのよ。どうせ名付けるなら、義鼠とか義蜥蜴とかにすれば良かったのに」
「そんな変な名前を付けたら、余計恨まれて攻め込まれちゃうでしょ」
「だったら最初から当たり障りの無い名前にしとけば良かったじゃないの。恒興とかさ」
「なんでそこで私の名前が出てくるんですか。悪かったですね、当たり障りの無い名前で。……っていうか、今はそんな話をしてる場合じゃないですよ。これからどうするかを決めなくては」
「あ、そういえば伝令くん。アンタたしか、義龍軍およそ17000、道三軍およそ2500って言ったわよね」
「仰せの通りに御座ります」
「聞いた? 恒興。そんなに兵力差があるんじゃ、いくら美濃のマムシと恐れられた道三殿でも、絶対勝てっこ無いわよね」
「そうですね、私もそう思います」
「だったらこんなの、助ける以外に無いじゃないの。すぐに助けに行くわよ、恒興」
「お言葉ですが、信長殿」
「何よ、伝令くん」
「それについては道三様から『これをマムシの最後の戦とするゆえ、加勢は無用』との伝言を承っております」
「え、そうなの?」
「はい。また道三様は、このようにも申されました。『正徳寺で信長殿と会った時に、美濃はくれてやると言ったが、こうして義龍の横槍が入った。美濃を欲しくば自ら攻め取るべし』と」
「えー? 何よそれー。アタシが尾張を統一したら美濃をくれるって約束したくせにー。 どうして約束を破るのよ。ウソつき! マムシのウソつき! このウソマムシっ!」
「その『ひつまぶし』みたいな言い方、やめてもらっていいですかね」
「何言ってんのよ、恒興。アタシは尾張の大うつけ、尾張といえば名古屋、名古屋と言えば『ひつまぶし』じゃないの」
「誰も名古屋の名物の話をしろなんて言ってませんよ。ていうか、自分で自分のことを『尾張の大うつけ』って言っちゃってるじゃないですか」
「うるさいわね。そんなことより恒興。今からさっそく出陣するわよ! マムシの道三を助けに行くのよ!」
「しかし道三殿は『加勢は無用』と申されているではありませんか」
「バカね、そんなの建前に決まってるじゃないの。たとえ表向きはそう言ってたとしても、裏は違うんだからね! 可愛い女の娘が、表側はオシャレでキレイなパンティを履いていても、裏を返せば黄色いシミや茶色いシミが付いてたりするのと同じだわ」
「全然違いますけどね」




