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猿と呼ばれた男

「お会計は35000円になります」


「ええっー!? ちょっとぉー。なんでそんな金額になるのよー。何かの間違いじゃないの?」


「いえ、何も間違ってはおりません」


「何でよー。90分で24000円って書いてあったはずよ」


「それは基本プレイのみの料金でして……。他に新規入会費1000円、指名料3000円、目隠しプレイ2000円、顔面騎乗2000円……」


「ちょ、アンタ、こんな所でアタシの性癖を(さら)すような発言はしないでくれる? 昔、レンタルビデオのアダルトコーナーでエッチなビデオを借りる時、後ろにも並んでる客がいるのに、いちいちタイトルを読み上げながらバーコードをスキャンする店員がいて、戦慄を覚えた記憶が(よみがえ)って来ちゃったじゃないの」


「知りませんよ、そんな事。それより、さっさと代金を払ってくれませんかね? 警察呼びますよ?」


「くそー、アコギな商売しやがって。だったら『オプションは含みません』って、最初から明記しとけっつーの。二度と来るかよ、こんな店。あーあ、予定外の出費で早くも今月ピンチだわ。また、帰りに駅前のアコムに寄ってかなくちゃ……。それにしても今日は随分と冷え込んでるわね。アタシが寒いギャグを言い過ぎたせいかしら。あら? よく見たら雪が降ってるじゃないの。スッカラカンの懐が余計に冷えるわね……」


「お疲れ様です、上様!」


「わっ! 急に大声を出さないでよ。ビックリするじゃないの」


「これは失礼(つかまつ)りました。私の大声はいつもの事でして……」


「それに、何なのよ。上様ってのは。上様なんて言い方、領収書をもらう時しか聞いたこと無いわよ。恒興はアタシを若様とか若君って呼んでたからさー、そうやって聞き慣れない言葉で呼ばれると、なんだか落ち着かないっていうか、むず(がゆ)い感じがするのよね。例えるなら、足の裏を蚊に刺されたような感じって言えばいいかしら。あれ、本当にやっかいよね。蚊だって、他に柔らかい所はいくらでもあるんだから、わざわざ皮膚の硬い足の裏なんか刺さなくたっていいと思わない? マジで。あ、そういえば昔、足の裏みたいな顔って言われたジャニタレが居たわね。ACIDMANの曲をパクッてNICIDMANとも言われてたっけ。誰とは言わないけどさ……ていうか、アンタ誰?」


「はい。私は今日から上様……いや、我が君の付き人になりました、木下藤吉郎と申します。どうかお見知りおきを。どんな雑用も致しますゆえ、何でもお申し付け下さい」


「どうりで初めて見る顔だわね。それにしても随分と殊勝な心掛けね。そんなこと言って、あとで後悔しても知らないわよ?」


「後悔なんて、とんでもない。この藤吉郎、全身全霊で我が君にお仕え致します」


「あら、そう。まぁとにかく頑張ってちょうだいね」


「ははっ!」


「ところで、アタシの履き物がどこにあるか知らない? ここに脱ぎ捨てといたはずなんだけど……。さっきから、どこにも見あたらないのよね。ひょっとして、恒興が隠したのかしら。下駄箱の上履きを隠してイタズラする中学生かっつーの。そんな事して何が楽しいのかしらね。いちいち、やる事が幼稚で困っちゃうわよ」


「あ、いえ。実は私が(ふところ)に入れておいたのです。ささ、どうぞお履き下さい」


「げっ。なんで懐なんかに入れてるのよ。アンタもしかして履き物フェチ? それとも足の裏の匂いフェチかしら」


「はぁ……」


「あ、えーと……、まぁそんな話はどうでもいいわよね。でもアンタ、ずいぶんマニアックな趣味してるわね。まさか、アタシの履き物の匂いを嗅いで興奮してたとか? さすがに引くわー。ドン引きだわー」


「いえ、そうでは御座りません。私はただ、履き物を温めていただけに御座ります。ずいぶん冷え込んで参りましたゆえ、そのままでは足が冷たかろうと思いまして」


「ちょっとぉー、温めたら余計に匂いがキツくなるじゃないのー。こんなの、ネットで買った女子高生の使用済みパンティを電子レンジで20秒温めてから匂いを嗅ぐようなもんでしょ。この変態!」


「どうしてそういう発想になるんですか。そのような事、私には思いもよりません」


「あ、いや、何でもないわ。ちょっと前世を思い出しただけよ」


「前世? 我が君の前世は変態だったので?」


「違うわよ、失礼ね。まぁでも正直、アタシも前世でブルセラが流行した時は、ちょっと興味があったんだけどさ。『さすがにこれは大人としてマズいだろ』と思って何とか踏み留まったのよ。偉くない? アタシ偉くない?」


「いえ、全然」


「ところでアンタ、よく見たら猿みたいな顔してるわね。もしかして、主食はバナナ?」


「そんな(わけ)ないでしょ」


「ちょっとぉー。全然お約束が分かってないじゃないの。そこは『そんなバナナ』って返すのが常識でしょーが」


「知りませんよ、そんな常識」


「そっかぁー。いわゆるジェネレーションギャップってやつね。きっと今の子はマジカルバナナも知らないのよね。嫌よねぇ、歳を取るって」


「はぁ……」


「よし、決めた。アタシは今日から、アンタを猿って呼ぶ事にするわ。今日からアンタは猿、職業はプロゴルファーよ!」


「よーし、今日からワイは猿や。プロゴルファー猿やっ! ……っておい。ネタが古いんですよ。しかもこのネタ、たしか別の作品でも使ってますよね」


「しーっ。本当にアンタ、いちいち声がデカいわね。別にいいのよ、アタシはこのネタが気に入ってるんだから。それに、どうせアタシの作品なんて読まれてないんだから、同じネタを使い回したって誰も気付きゃしないわよ」


「その自虐も、もはやお約束ですね」


「まぁいいわ。それより、こんな所で立ち話してる場合じゃないわ。……よいしょっと。あら、確かに履き物がいい感じに温まってるわね。これはいいわ。最近は履き物を履く時に、足が冷えて困ってたのよ」


「ははっ」


「よーし、分かったわ。猿っ! 今日からアンタの職業は、プロゴルファーから『はきものがかり』に変更よっ! 」


「就職した日に転職ですか。ビズリーチもびっくりですね」


「今から頑張れば、レコード大賞だって夢じゃないわ!」


「それは『いきものがかり』では……?」


「あら、なかなかいいツッコミね。って、なんでアンタがそんなこと知ってんのよ」


「そ、それは……」


「ん?」


「あ、いえ。何でも御座りません。それより我が君、このようなところで立ち話をしていてはお身体に(さわ)ります。それでは、私は馬を()いて参りますゆえ、しばしお待ちを」


「あら、そそくさと(うまや)の方へ行っちゃったわ……。それにしてもあの猿、絶対何か隠し事をしてるでしょ。アタシから問い詰められる前に、上手くゴマかしてこの場から去るなんて、さすがは猿に似てるだけあって、猿芝居が上手いわね……」

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