正徳寺の会見(5)
「これからはこの信長、ここにある黒光りした固くて長い棒を大量に買い集め、これを最大限に駆使して領土拡大を目指す所存に御座ります」
「鉄砲を駆使して領土拡大とな。これは異な事を申すの。鉄砲とは本来、守りの武器であったはず。弾込めに時間がかかる故、基本的には最初の一撃にしか使えず、乱戦の中では全く役に立たない代物ではないか。ましてや雨の中では一発も撃てぬ。それを駆使して領土の拡大など出来ぬであろう」
「現在の常識で言えばそうですが、舅殿。そのお考えはすぐに過去のものとなりましょう」
「なぜそう言えるのだ?」
「そもそも、雨の中で撃てぬのならば、そのような日を避けて攻め込めば良いだけのこと。こちらから攻め込む分には何の問題もありません。また、弾込めに時間がかかるのならば隊を分け、時間差をつけて交互に撃てばよいのです。例えば3人1組となり、入れ替わり立ち替わり交互に撃つようにすれば、弾込めの間も攻撃に隙は生まれません」
「しかしそれでは……」
「はい。一回毎の攻撃力は隊を分けただけ低下します。3人1組の場合は3分の1となります」
「隙が生まれなくなったとしても、1回の攻撃力が3分の1では、敵の突撃を防げないではないか」
「それは、まだまだ鉄砲の数が足りていないからに御座ります。50丁や100丁程度では話になりません。ですが、もしも鉄砲が3000丁揃っていたらどうでしょう」
「さ、3000丁とな!?」
「3000丁なら、3隊に分けても1000丁ずつとなります。これほどの数の鉄砲を間断なく撃ったとしたら……?」
「近付く敵は皆、返り討ちに遭うであろうの」
「いかにも。私が目指す戦闘とは、そのようなものに御座ります」
「圧倒的な火力で敵を寄せ付けぬ、と……」
「そうです。無論、今はまだそのような数の鉄砲を揃えることは現実的ではありません。これを実現するには莫大な資金が必要となります。ですから私は、すでに尾張を商業都市として大きく経済発展させる政策にも着手しております」
「すでに経済政策も打っている、とな」
「はい。これからは鉄砲の数が戦の勝敗を分ける時代になるのです。天下の趨勢は、いかに早く大量の鉄砲を揃えるか、そしてその大量の鉄砲を買えるだけの経済基盤をどれだけ早く築けるかにかかっているのです」
「うーむ、天下とは大きく出たの、信長よ。ハッハッハッ! ……面白い! 天下と言わず、もしもお前が尾張統一を果たせた暁には、この斎藤道三、美濃をお前にくれてやるわ。ワッハッハッ! まこと面白いヤツよの。せいぜい励むがよいぞ」
「これは有難きお言葉。ではいずれ尾張一国を統一し、美濃をもらい受けに参ります。それまでは私も、舅殿の身に何かあれば一目散に駆けつけますゆえ」
「これこれ、最後におかしなフラグを立てるでない。そのような言い方では、この先、ワシの身に何かが起きる展開になるではないか」
「ご心配には及びません。マムシと呼ばれて恐れられている舅殿が戦って敗れる相手など、そうそうおりますまい。敗れるとしたら相手は同じマムシか、マムシの子ぐらいなものでしょう」
「だからそれがフラグだと申しておるに。そういう余計な事はじゃな……」
「心配ご無用。舅殿が戦に敗れる事など万に一つも御座りませぬ。相手が伝説の生き物である『龍』でもない限りは」
「なるほどの。さすがにワシも弱気が過ぎたかの。まさか『龍』がワシの相手になるはずは無いからの。わっはっは」
「そうですとも。『龍』が相手になる事など、ありましょうや」
「それもそうじゃ。ちなみにワシの息子は義龍という名前じゃがの。いや、相分かった。ではいずれまた会おうぞ。今度はワシの方から帰蝶の様子を見に行くことにするかの」
「その時は城をあげて歓待させて頂きます。それでは舅殿、我らはこの辺で失礼致します」
「おう。ではワシらもこれにて。道中気をつけて帰られよ」
「は。舅殿もお達者で」
「……殿、殿」
「何よ、恒興」
「いや、殿も普通に話せるんだなぁと思いまして」
「アタシだって緊張してる時は普通に話すわよ」
「普段どんだけ弛んでるんですか、まったく……」




