平手政秀の自害
「殿! 殿! 大変ですぞ!」
「どうしたのよ、恒興。そんなに興奮して。四暗刻でもツモったの?」
「マージャンの話では御座いません。平手政秀様が自害なさりましたぞ!」
「ええっ!? 何で爺が自害するのよ。ついこの間も爺から説教をされたばっかりなのに。爺が何かやらかしたの?」
「やらかしたのは殿に御座りますぞ」
「アタシが何をしたって言うのよ」
「平手様の説教を聞かなかったでしょう。あれだけ熱心に、殿に教えようとしていたというのに」
「だって爺の話は退屈なんだもん。しかも口からドブみたいなニオイがするし。そんなに言うんなら、アタシの代わりにアンタが聞いてあげればよかったじゃないの」
「私が平手様の説教を聞いても意味が無いでしょ。そもそも何のための説教だったと思ってるんですか。殿が『うつけ』だから説教したんですよ」
「アタシはオカマだけど、『うつけ』じゃないわよ」
「そうやって、自分が『うつけ』だと気付いていないところが『うつけ』だって言ってるんですよ」
「それはおかしくない? 仮にアタシが自分は『うつけ』だと気付いていたとしても、『うつけ』は『うつけ』でしょ。自覚がある『うつけ』か、自覚が無い『うつけ』かの違いでしかないじゃないの。太ったブスが痩せたって痩せたブスが出来上がるだけで、ブスはブスなのと一緒だわ。体重65kgのブスが55kgに痩せたからって、一体それが何なのよ。反応に困るっつーの。ブスが痩せても痩せたブスよ。はい、リピートアフターミー。ブスが痩せても痩せたブス! ブスが痩せても痩せたブス!」
「そうやって女性に喧嘩を売るようなセリフを大声で連呼しないで下さいよ。何が『リピートアフターミー』ですか、英会話じゃないんですから。『ブスが痩せても痩せたブス!』じゃないですよ。誰が言いますか、そんなこと。それに、太ったブスより痩せたブスの方がいいじゃないですか」
「あら、アンタってブス専だったの? アタシはどっちも嫌だわ。可愛い娘がいいわよ」
「人をブス専呼ばわりしないで下さいよ。そりゃ可愛い娘の方がいいに決まってるじゃないですか。そうじゃなくて、私は『太ったブスと痩せたブスを比べたら、痩せたブスの方がマシだ』って言ってるだけですよ」
「だからさぁ、なんでブスとブスを比べなきゃいけないわけ? そんな低レベルの比較をする事に何の意味があんの? 捕まえたゴキブリ同士を比べてるようなもんだわ。ブスはブスで、ゴキブリはゴキブリよ。そっから先の区別なんて必要無いのよ」
「さすがにブスとゴキブリを一緒にしちゃマズいんじゃないですか? 自分がブスだと自覚している女性が黙っていませんよ」
「そうそう、ブスな女に限って噛みついてくるのよね。フレッド・ブラッシーか、っての」
「また昭和のネタをぶっ込んできましたね。たとえプロレスファンだって、今どきそんな人、誰も知りませんよ」
「うるさいわね。とにかくアタシは、そんな無駄な比較をしたって意味が無いって言ってんの! すぐに噛みついてくるブスなんか相手にせずに、もっと理想を高く持って上を見なさいよ。恒興はまだ若いんだからさ。その手に夢を掴もうぜ。分かった?」
「あ、はい。分かりました。……って、なるかーっ! なんで私が説教されてるんですか。『その手に夢を掴もうぜ』じゃないですよ。なんですかその、少年アニメの主人公が言いそうなクサいフレーズは。そうじゃなくて、今は殿の話をしてるんですっ! もともと私は、殿が『うつけ』だってことが言いたかっただけですよ」
「だから何でアタシが『うつけ』なのよ。さっきも言ったけど、アタシはオカマだけど『うつけ』じゃないわよ」
「じゃあ言わせてもらいますけど、先日の信秀様の葬儀で抹香を位牌に投げつけましたよね? どうせ殿のことだから、もしかして抹香をふりかけと間違えてたんじゃないですか?」
「えっ? あれってふりかけじゃないの?」
「ほらーっ! そういうところが『うつけ』だって言ってんの!」
「だって、位牌の近くに箸の突き刺さった山盛りごはんがあったわよ? こんなの、状況的に絶対ふりかけでしょ」
「状況的にふりかけでも、常識的には抹香なんですよ。だいたい何ですか、その変な格好は。中身だけじゃなくて、見た目も『うつけ』そのものじゃないですか」
「しつこいわね。さっきからアタシは『うつけ』じゃないって言ってるでしょ。それに、仮にアタシが『うつけ』だったとして、どうして爺が自害するのよ」
「仮に、じゃなくて正真正銘の『うつけ』でしょ。そんなんだから自害したんですよ。平手様は殿の教育係でしたからね。必死になって教えた結果がこれじゃ、誰だって死にたくなりますよ」
「それならそうと、最初からアタシに言ってくれれば良かったじゃないの。そしたらアタシだって、ちゃんと説教を聞いたわよ。ねぇ爺、どうして言ってくれなかったの? どうして何も言わずに自害なんてしちゃったのよ!」
「平手様は、殿がどんなに言葉で言っても聞く耳を持たないから、自分の命と引き換えに、殿をお諫めしようとしたので御座りましょう」
「アタシを諫めようとするんだったら、アタシを叩けば良かったじゃない! ちょっとくらいの体罰なら黙って受けたわよ。爺の苗字は平手なんでしょ? だったらアタシを平手打ちしてくれれば良かったのに!」
「そんな語呂合わせみたいな理由で、家臣が殿に手を上げられるわけないですよ。信秀様亡き今、当主は殿なんですから。家臣が殿に平手打ちなんてしたら、それこそ打ち首ものですよ」
「だからって、爺……、どうして死んじゃったのよ、爺……グスッ、グスッ……」
「殿。いくら泣いても嘆いても、平手様は生き返りませんぞ。本当に後悔しているのなら、過去を反省してキッチリ心を入れ替えて下さい。そうでなければ、平手様は死んでも死にきれませんぞ」
「分かったわ。アタシ、今日から心を入れ替える! もうこんなポニーテールみたいな髪型なんてしないし、ミニスカートを履いたような変な格好もしないって誓うわ。そうじゃなきゃ、爺が浮かばれないからね」
「そうです、そうです。それでこそ織田家の当主、織田信長様に御座りますぞ。やっと目が覚めたのですね?」
「ええ。爺と恒興のおかげで、アタシは完全に目が覚めたわ。これからのアタシは、絶対にそんな格好はしないわよ。これからは髪型をツインテールにして、ロングスカートを履いちゃうんだからーっ!」
「やっぱこの人、ちっとも分かってねー!」




